「ハーブティーはいかがですか?」聖痕が利き腕に現れなかった聖女は、役立たずと言われながらも世界を救う。

魔茶来

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ムーシカ

家族

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 一人策を練るクリシェ……

「強い母と言う仮面ペルソナを被る女、仮面の下は涙が枯れるまで泣いたという
 でもそれは勘違いだ、だって涙は枯れ果てることは無い」

「譜面を彼女に渡すのはまだ早い、その仮面ペルソナを剥いだ後でなければならない
 仮面ペルソナを剥ぐことは彼女にとっては厳しいことだろう」

   ◆       ◆

 ロンダ伯爵がお茶会に招かれて数日したころ王城より書簡が届いた。

 ロンダ伯爵夫人アミールはその書簡に怒りを隠せなかった。
「馬鹿にして、なんですか、これは……」

 ロンダ伯爵は書簡を読んで無理も無いと思った。
「なになに、『婚礼の儀に”浜辺の天女”を演奏致します
 つきましては奏者としてアミール様にぜひお願いしたい』か……」

「なるほど、これはダメだな……」

「酷いわ……、私はもう……」

「仕方が無いな、誰も知らないんだよ
 君がもう演奏できないなんて
 だが無理だな、この要請は断ることにしよう」

「あの第二王女の件で恨んでいるのよ……
 だからこんな嫌がらせをするのよ」

「そんなことは無いさ
 不敬罪にも問わず、ちゃんと王は印鑑まで押してくれたんだ
 そんな事はしないよ、あの王家は」

 クレンが婚儀の準備から戻って来て要請の理由が分かった。
「結婚の儀は3日続きます
 『挙式の儀』に続く『披露のうたげ』の来賓達に喜んでもらえる余興を考えていたんだ」

「実はね、来賓からの問い合わせが物凄く多かったことがあってね
 それは、他国の王族も含め多くの来賓の中には、昔の母上様を知るの者も多いらしく
 新郎の母である、アミール様の演奏を再び聞きたいということでした」

「昔の母を知る人がこんなに多く、そして今でも母の演奏を聞きたいという要望がこんなにあるなんて
 僕は感激しました、母上様も喜ぶと思ったのですが……
 ブランクも長いと思いますが、出来る範囲で良いのです演奏をお願いしたかったのです」

 アミールはその話を聞いて母の言葉を思い出した。
『貴方の演奏を待っている人たちが居るから演奏を続けて……』

 だがアミールはクレンに微笑みながらも……
「無理だわ……無理なのよ……ごめんなさい……」

 そう言うとアミール顔を背けて自分の部屋に走って行った。

   ◆       ◆

 部屋でピアールを持つアミール。
 ピアールを吹いてみた、当たり前だが音が出た。

 その後何度か音を出した後に、曲を演奏しようとした。

 最初はなんとか曲らしく演奏出来たが、少し演奏すると止まり気味になり演奏できなくなった。

 しばらくの沈黙が続いた後

「うゎ~っ」
 大きな声が響いたと思うと何か物を窓に投げつけたのかガラスが割れる音がした。

「どうした!!」
 ロンダ伯爵が部屋に入るとアミールがベッドに伏せって泣いていた。

 どうやらピアールを窓から投げ捨てた様だった。

 その様子を見てクレンはロンダ伯爵に呟くように言った、
「父上様、やはり無理のようですね、明日王城へ行って断ってきます」

   ◆       ◆

 翌日憔悴しきったようなアミールは部屋で休んでいた。

 侍従が来客を知らせた。
「伯爵夫人様、洋服屋のジゼルが来ました」

 ジゼルは伯爵夫人の隊長が悪いことを聞くと
「奥様お体の具合が悪いのであれば、別の日にお持ちいたしましょうか?」

「構いません
 それは婚礼に来ていく服です、こちらに持って来てください」
 そうアミールは声を掛けた。

 ジゼルは洋服を持って来た。
「申し訳ございません、今日は夕方から店を閉めようと思っていたので朝一番にお持ちしてしまいました」

「珍しいわね、夕方に店を閉めるなんて」

「お聞きになりましたか?
 数日前に御霊浜に天女が現れたという話を……」

 前回シェリル達の起こした大騒ぎ……浜辺で開いた演奏会は『天女が現れた』という話になり噂になっていた。

「昨晩また現れたらしいんです……
 前回も2日連続して現れるという事でしたから、今日も現れる可能性が高いのですよ
 私もこの目で天女を見たいんです」

 アミールは前回の噂話を聞いていて音の広がりから『幻奏』をイメージしていた。

「もし『幻奏』であれば、未だに行方が分からない先生の手がかりが得られるかも……」
 そう思うと夕方を待たずに御霊浜に向かっていた。

   ◆       ◆

 結局夕方になるまで何も起こらなかった。

「夕方近くになっても人も集まらない……、場所を間違えたのかしら?」

 しばらくすると夕焼けの浜辺の砂浜に少女が現れた。
 その少女は砂浜の上を舞い始めた。

 そして舞いながら、持っていたピアールを演奏し始めた。

 聞き覚えのあるメロディー
「間違いない『浜辺の天女』だわ、それもオリジナル……」

 だがしばらく聞いていたアミールは驚いた。
「違うオリジナルじゃない、新しいオリジナルの編曲版だわ
 譜面に追加されたものでは無い、全く新しい譜面ね……」

 耳から聞こえる曲を必死に頭の中で譜面にするアミール。
「ピアールが有れば……」

 あっても演奏できるかどうか分からないのだが演奏すれば完全な演奏でなくとも
 体が曲を覚えるだろう……

 あるはずの無い服のポケットを手で押さえた時、何かが手に当たった。

「えっ?ピアール?」
 入れた覚えのないピアール。

「だって、あの時窓から投げ捨てた筈・・・・」
 だが取り出して見ると、あの時窓から放り投げたピアールだった。

 そして、よく見るとカスタマイズされており、そのカスタマイズの仕方には見覚えがあった……

「まさか……先生……」
 少し吹いてみた、カスタマイズの仕方は間違いなく自分に合わせたカスタマイズであった。
 本人を目の前にしなくても自分様にカスタマイズできるのは先生以外には居ないだろうと考えた……

「どうなっているの夢でも見ているの?」

 最初の部分であるスローパートの演奏は少し遅れつつ音を小さくして一緒に演奏した。
 しかし浜辺で舞う少女の演奏がサビの部分の達した時やはり限界が来た。

「追いつけない……、やっぱり演奏できないのね……」

 アミールの演奏が止まると、それを待っていたかのようにバイラカの伴奏が始まった。

 音のする方向を見るアミール。
「あなた……」

 ロンダ伯爵がバイラカを持って伴奏していた。
「そうさ、アンサンブルさ、今日はクレンも来てくれた」
 横を見るとクレンまでもバイラカを演奏していた。

 二人に後押しされるように再度演奏をするアミール。

 だが、現実はそんなに甘くなかった、追いつけないのだ。
 浜辺で演奏する少女の音色に比べ自分の音色が寂しく思えた。

 アミールは演奏しながら悲しい思いが広がる中考えていた……
(先生が仰っていたように『幻奏』が効果を発揮すれば、私の悲しい心が悲しい音色を作ってしまうわね)

 気のせいだろうか?別のピアールの音が聞こえていることに気がついた。

 その音はアミールの音を補完するかのように、少女の演奏に間に合う時は伴奏として聞こえ
 演奏に間に合わなくて音を飛ばしたときはその音を補完していた。

 アミールはその補完してくれる伴奏に頼ることにした、抜けた音は伴奏に任せたのだ。

 そして演奏を続け第一章のさびの部分はなんとか演奏することができた。
 その後スローパートになればバイラカに後押しされて自分だけで演奏を続けられた。

 さて、浜辺で舞うのはシェリルだったが……
 実はクリシェに『幻奏』を最大限に顕現させることは禁止されていたため、相当余裕を持って演奏していた。

 それでも『幻奏』は曲にエコーやビブラートのような特殊効果を与えていた。

 シェリルは不安であったが、演奏を続けた。
(これで大丈夫なのかな?)

 最終章のサビを演奏後、スローパートに入った。
 スローパートの譜面は昔のままだった。

 アミールは昔の高揚感を感じていた、そしてこのパートはソロ演奏のようだった。

 最後の音符を演奏すると、昔やっていたようにピアールを口から放し、居る筈の無い観客に頭を下げて挨拶をした。

 そして演奏会は終演した。

 大きなどよめきと拍手が聞こえた。
 いつの間にか浜辺には大勢の人が溢れ、アミールに惜しみない拍手を送っていた。

 そのときは既に浜辺には少女はいなかった。
 代わりに黒いカバー?本?のようなものが落ちていた。

 拾い上げるアミール。
 
「これは……楽譜……」

 懐かしい譜面がそこにはあった。

「この譜面は……少し違うが、覚えがある
 一度目の行方不明になった先生を探したとき、先生はお金が無かったのでその辺りの紙に書いていたわ
 あのときと同じ書き方だわ」

「この譜面をいつ書いたかは分からないけど
 でもこの譜面を書いたときにも、音階線(五線)が付いたノートすら買えなかったと言うことなんだろう」
 アミールは譜面を苦労して書く先生のことを考え涙ぐんだ。

 譜面を見るアミールの目に飛び込んできたのは記載されたアレンジ名……

 そのアレンジ名は『家族』だった。
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