僕の忘れられない夏

碧島 唯

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 希望の光――3

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 有名な賛美歌──Amazing Graceだ。
 以前はこのパイプオルガンの伴奏でこうして歌っていたのだろう。
 目を閉じて口ずさむアリスに降り注ぐ、ステンドグラスの虹色の光、まるで……。
「天使みたいだ……」
 思わず口に出してしまって、アリスに聞こえてやしないかとどきまぎしてしまう。
「何か言った?」
 振り向くアリスが光の中に居て、笑っているのが眩しくて、手で窓からの陽を防ごうと上にやる。
 何かが陽の中で動いたような気がして、次の瞬間、ステンドガラスが割れて虹色の光を撒き散らしながら黒い塊と共に落ちて来る。
「アリスっ!」
 降り注ぐガラスの中のアリスに手を伸ばそうとして駆け寄りながら名前を叫ぶ。
 あと少しでアリスに触れて、引き寄せられるはずだった。
 この手はもうちょっとで届くはずだった──のに。
 一枚の大きなガラスが僕に手を伸ばそうとしたアリスの姿を隠し、割れた音と共に四散して、床に赤い色を広げていく。
「──アリスっ!」
 アリスの身体に割れたガラスが飛び散って刺さり、胸元からガラスの破片がいくつも生えているように見えた。
 身体中にガラスが刺さって崩れ落ちそうなアリス。
  ステンドガラスと共に降ってきた黒い塊も鈍い音をさせて床に落ち、アリスに近づいていく。
 Zが上から降ってきた、と気付くのに数瞬かかった。
 Zから逃げて屋根辺りで隠れていた人がZになってしまった末の出来事なのかも知れない、それが、なんで……。
 よりにもよって、何で今なんだよぉっ!
 ゆっくりと膝をつくアリスににじり寄るZ、大量の出血に気を失いかけているアリスの手をZが取った時、我に帰ったアリスがZにショットガンを向けて発射する。
 Zは倒れたが、近くで撃った衝撃にアリスも吹っ飛ばされて床に落ちる。
「アリス!
 アリス、しっかりして!」
 傷の具合を側に行って確かめる。
 ガラスの傷、特に胸元の傷が酷くて血が止まらない。
「シュー……まずったな……。
 手、やられちゃった……」
 さっきのZに手首を咬まれたらしい。
 犬歯で切り裂かれたような痕が皮手袋にあり、血が溢れていた。
 何か、止血するものを。
 慌ててTシャツの裾を切り裂いてアリスの手首に巻くと、あっという間に白いシャツが血に染まっていった。
 アリスの胸元の傷も血が止まる気配がなく、アリスの顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
「……私……天国に行けるかな……」
 血塗れの手が、僕ではなく空に向かって伸ばされる。
「……シュー、顔が見えない……もっと側に来て……」
 ごふっと咳き込んだアリスの口元から血が溢れ出して、喉へと伝って白かったシャツが赤く染められていく。
「アリ……ス……」
 こんなに側に居るのに、アリスにはもう僕が見えなくなっていて、思わず強く手を握る。
 ぬるりとした感触でアリスの手も血で真っ赤に染まっていて、僕の手も赤く染めていく。
「……シュー……、もうダメみたいだ……」
 アリスの口から言葉が出る度に傷から血が溢れて、どんどんシャツの染みを広げていく。
血が、止まらない。
「何だか……身体が重いや……」
「アリス、アリスっ!」
「……シュー……と、行きたかったな……」
 嫌な音がして、大量の血がアリスの口元を汚す。
「もう、しゃべらないで、アリス!」
「……シュー……好きだよ…。
……ごめん……、一緒に行けなくて……。
……ごめ……ん……」
 「嫌だ、嫌だ!
 アリス、逝かないで、お願いだから!」
 僕を、置いて逝かないで!
 アリスの、もう何も見えないらしい瞳が僕を見た、気がした。
 血で汚れていても、綺麗な顔で微笑むアリス。
 握ったアリスの手から力が抜けて、するりと僕の手から抜け落ちていく。
「アリス…」
 布で血を拭うと前のままの、生きてた頃と何も変わらない、綺麗なアリスの顔がそこにあったが、もう口を開くことも、目を開けることもなかった。
「僕も……君が好きだ……」
 ぽたりと落ちた涙がアリスの頬を濡らしていく。

さよならの代わりにその顔にキスをする。
 アリスとの最後のキスは、血の味がした。

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