僕の忘れられない夏

碧島 唯

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 希望の光――2

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 食べ終わると、どちらともなく、床に並んで、寄り添って座っていた。
 夏とはいえ、夜は少し冷える。
 冷える、というのは口実で、人の体温に触れたかったのかも知れない。
「毛布はこれしかないんだ。
 シュー、一緒に寝る?」
 一緒に、と言われて昨夜の事を思い出してしまって言葉が出なかった。
 昨日、自家発電のあるホテルの部屋で見てしまったアリスの白い肌とか、吐息とか、柔らかい胸とか、そんなものを思い出してしまって、顔を背けてしまう。
「何もしないから、一緒に寝よ?」
 ちょ、何もしないって…立場が逆じゃないか!
 ふわりと毛布が背中からかけられて、肩にアリスの頭が乗せられた。
「肩だけ…貸して」
 アリスの息が肩にかかる。
 髪が首に触れてくすぐったい。
 ふわりと髪から甘い香りがしたような気がして、どきどきする。
「うん……おやすみ……アリス」
 漸くそれだけ言うと僕は目を閉じた。
「おやすみ、シュー」
 アリスの体温と甘い香りにどきどきしたままで、眠れるんだろうか。

 いつの間にか眠ってたらしく、目が覚めたら蝋燭が消えていた。
 毛布をアリスにかけなおし、肩を抱くようにしてもう一度目を閉じる。
 
 翌朝、パンと缶詰と缶コーヒーを朝食にし、身支度を整えると音を立てないようにしてドアを開ける。
 ドアに鍵を掛けて、細い路地を小走りに進み、昨日乗り捨てた車にと急ぐ。
 朝早いせいなのか、道路にはZの姿も見えず、運がいいと車のドアに手をかけ、中に積み込んだ荷物以外、入り込んだZとかの姿が無いのをざっと確認すると中に乗り込む。
 差しっぱなしのキーでエンジンをかけるとそのまま車を走らせる。
 ほっと息を吐いて窓の外を見るとエンジンの音に釣られてかZが一匹ビルから道路に出て来るのが見えたが、あっと言う間に遥か後方になり見えなくなった。
 ひょっとしたら車で移動して走っている限り、追いつかれることはないのかも知れない。 
 しかしずっと走り続けていられるわけもなく、ガソリンが切れたら、その安全性もなくなってしまうと、車でどこまでも逃げられるかもなんて甘い考えは捨てることにした。
 横を見るとアリスの口が小さく動いていて、小さな声で歌っているのに気付いた。

どこに行こう
どこにでも行ける
太陽の輝く、あの青い空の下で
風の声に耳を澄ませ
あの丘の向こうまで
歩いて行こう
どこまでも、いつまでも

 何の歌なのかは知らないけど、アリスの声が心地よくて、本当にあの丘の向こうに二人で歩いて行けたらいいのに、と思ったら少し胸が痛くて、鼻の奥がツーンとしてしまった。
 僕は泣きそうなのを気付かれないように、そっと窓の外へと顔を向けた。
「アリス、あれ、あの向こうに!」
 道路の向こうにきらりと光る金色の──。
 二つの影が追われて逃げるように走っている、それを見た時に思わず声が出ていた。
 まだここにも生きてる人がいる──そう思うと、助けたいと胸が熱くなった。
「生きてる、まだ──」
 アリスもその影を見て、車の速度を上げる。
 多分先回りの道なのだろう、横道に入り出て来るZを跳ね飛ばしながらどんどん速度を上げていく。
 Zに追いかけられていた母子のすぐ前で車のドアを開けて大急ぎで乗り込むように叫ぶ」
「早く、乗って!」
 転がり込むようにして母親が子供を車に押し込んで、その間に追いついたZに手を掴まれてしまい、引っ張られてドアから遠ざけられる。
「ママ! ママ!」
 母親の手が伸ばされて、その子に何か言おうとしたその時、アリスがドアから出て母親に手を伸ばす。
「手を、早く!」
 僕は、照準がぶれないように車の窓を支えにして母親に襲い掛かろうとしていたZをハンドガンで狙い、弾を数発撃ち込んだ。
 その間に母親はアリスの手を掴んで、アリスに運転席に押し込まれていく。
「シュー、あいつらもっと来るぞ、援護を」
 ショットガンを手に車の外でZを撃つアリス、弾薬の入ったリュックを手に僕も車から降りる。
 それを見たアリスがバカだなという顔をして苦笑しながらドアの中、母親に叫ぶ。
「早く行って!
 今の内に逃げろ!」
 一瞬躊躇った母親に、アリスは頭を振ると、車のドアを閉めて、逃げるように促す。
 走り去る車を背に、ちょっと安心したような顔をして、僕の背中に背をつけるようにしてお互いを守るような形でZに対峙する。
「ばかだな、シュー。
 お前まで降りなくてもよかったのに」
 背中越しにアリスの声が聞こえる。
「アリスだけをここに置いてなんて出来るわけないだろ」
 Zを狙って撃ちながら応える。
「それに、ショットガンだけじゃ弾だって尽きるだろ」
「……そう、だな……、でも……お前が一緒でよかった。
 ありがとう」
 そう言いながらもZを何匹も撃ち倒していくアリス。
 慣れないながらも、僕も何匹かを撃ち、倒していく。
「シュー、次の奴倒したら走るぞ」
 走りながら、アリスは器用にリュックから取り出した弾倉をショットガンに装填し、僕も走るのに邪魔にならないように背中にリュックを背負いなおした。
 走りながら、背の高いビルがいくつも見えて、どうやらマンハッタンの辺りまで来ていた事が標識で分かった。
「シュー、こっちへ早く」
 アリスが何かを見つけたのか走る方向を変える。
遅れないようにしながらアリスの側を走り、追って来ているZの数も減っているのに気付いた。
細長い三角に見える形をした建物の前でアリスが止まり、静かにと僕に合図をする。
Zが入り込んでいない建物のようだと、ほっとして足を止めて近づく。
ドアをゆっくり開けるアリス、物音のしないのを確認して中に身体を滑り込ませる。
僕も続いて中に入り、ドアを閉める。
「漸く、一息つけるね……」
 走り続けていた足もそろそろ限界だったと思いながらドアから離れると、窓から陽が差し込んで虹色の光を撒き散らす。
 空から降り注ぐ虹色の光が、まるで希望を形にしたみたいに思えて、その綺麗な光に見惚れてしまう。
「綺麗だ……これ……ステンドグラス?
 アリス、ここって……?」
「教会だよ、シュー」
 虹色の光の中でアリスが立っていて、僕に笑いかけていた。
「……昔はよく日曜には教会に来て、パイプオルガンの音に合わせて賛美歌を歌ったりしたな……」
 懐かしそうに奥のパイプオルガンを眺めるアリス。
 まるで虹のスポットライトの中にいるようなアリスをただ呆然と見つめて、改めて綺麗だと思った。
 小さな声でアリスが口ずさんでいる。
 ああ、この歌は──僕でも知ってる。
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