僕の忘れられない夏

碧島 唯

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第三章 希望の光

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 服も、武器も、食料も十分調達した。
「これからどこに?」
 ニューヨークには詳しくない上に、こんな状態だから、行き先はアリスに尋ねる他ない。
「気の向くまま風の吹くまま──とは行かないしな。
 なぁ、シュー、どこに行きたい?」
 どこにでも行けて、どこにも行く場所がない、そんな気分にさせられる。
「人の──生きてる誰かの居る場所、に行けたらいいな」
「そう──だな、行けるといいな」
 自分たちだけじゃない、と信じたい。
 触れたアリスの手を握る。
 握り返してくれるアリスの手は、手袋を通してでも、──気分的な物かも知れないけど──温かく思えた。
 信じていたいから、本当にそう思った。
「シュー、あれ!」
 アリスの指差す方向はニューヨーク市の、多分都心部。
 数分間、ビルの上に灯りが見えて消えた。
「あそこは……」
 地図を広げ、方向と現在地とを確認するアリス、しばらく地図とにらめっこしていたが、やがて顔を上げる。
「ミッドタウンの方……かな。
 多分……近くまで行かないとはっきり分からないけど」
 どうする、と言う顔でアリスが僕を見る。
「行こう、あれはきっとここに居るって合図だと思う」
「そうだな……じゃあ行こうか」
 車もさっきのがあるし、ガソリンもたっぷり入ってた。
「そういえば、ミニチュアボトルの火炎瓶はどうする?」
 ホテルで作った火炎瓶、気休めくらいにはなるだろうとアリスが作っていたのを思い出して聞いてみた。
「ああ……、あれは置いて来た。
代わりにもっといいものが手に入ったし」
にやりと笑んだ顔に、何を手に入れたのか聞くと、スピリタスという酒の瓶を見せてくれた。
「アルコール度数が100近くあってさ、これならきっとよく燃えると思う」
 カバンの中に数本あるのを見て、相変わらず準備がいいと僕も笑った。
「運転、今度は僕がしてみようか」
 アリスには面倒みてもらいっぱなしだし、と提案したが首を傾げたアリスにあっさり却下された。
「シューは道が分かるのか?」
 はい、そうでした。
 道どころか、ここがどこかも分かりません。
 本当の事を言うと、運転もしたことなくて、自信ありません。
 アリスがショットガンで見張りをしている間に、手に入れた色々な物を詰め込んだカバンを数個手早く車に積み込んで、車に乗り込むと、来た時とは違ってご機嫌な様子でハンドルを握るアリス。
 希望に向かって走っているような気がする。
数十分ばかり走っただろうか、道にZが溢れている場所が見えた。
ひょっとして、あの真ん中の建物が目的地だろうか…。
「まずいなぁ……、あれじゃあ近づけない。
 違う道を行こう」
 どうやら違ったらしい。
 ほっとしたが、まだあれだけたくさんのZがいるんだと思うと気が重くなった。
「シュー、もし……もしも──いや、やっぱりいい」
 言葉切れ悪そうにアリスが僕を見る。
 いつも僕よりもしっかりしたアリスが迷っている?
 僕が足手まといになるからムリだとか──そうは思いたくはないけど、それも事実で、アリスから置いていくと言われないか、心配になってしまう。
 二人で行きたいけど、アリスにとって僕はお荷物でしか無いのだと、はっきりと知らされた気がする。
「シュー、どこかで車を止めよう。
道を確認したい」
 アリスはZが少なくなり一匹も見えなくなった場所でスピードを緩め、地図を広げる。
○や△の印もこの辺りにあるらしく、地図から目を話すと車のスピードを上げていく。
細い路地の側に車が止まり、無言でアリスが出るように促す。
分かったと頷いて、音を立てずにドアを開ける。
アリスも同様にドアをゆっくりと開け、僕の手を掴んで路地へと走り出す。
Zの姿は見えない、がこんな所で囲まれる危険は冒したくはない。
ドアが見え、その上にレンガか何かで斜めに線が引かれているのを見つけるとアリスはポケットから鍵束を取り出して、その一つを鍵穴に挿す。
カチリと音がしてドアが開けられて、僕も手を引っ張られる。
中に入ったと同時に鍵がまたかけ直される。
「シュー、こっちへ」
 暗闇の中で掴まれた手を引かれて、どうやら隣にある部屋に移るようだ。
窓のない、というか一面を木材で覆われ、外に光を漏らさないようになった倉庫のような部屋。
この部屋もアリスがそうしたんだろうか?
一人で木材を打ちつけて、隙間に布を押し込めたんだろうかと思うと、やるせなくなった。
「ここらはまだ古い建物だからこういう裏口のある部屋もあって助かるよ。
 あの灯りの見えた場所だけど、多分……エンパイアかトップ・オプ・ザ・ロックか……シティグループ・センターじゃないかと思う。
 ニューヨークで一番高いビルの三つじゃないかと……灯りがあったのがかなり上だったからな。
 そのどれがってのはまだ分からないけど……」
 名前を挙げられても、まだ行ったことがなかったビルなのでさっぱり検討が付かない、せいぜいガイドブックで見て行って見たいと思ったビルが二つで、口を出さずに聞くだけにしておく。
 何せ、アリスは地元民で地理や店も知ってるんだろうけど、僕はといえば旅行者で、それもほとんど観光らしいこともしてないからさっぱりだ。
「夜になるとあいつらに気付かれやすいから、今日はここで休もう。
明日、明るくなってから移動だ」
 あいつらの目がいいのか悪いのかは分からないが、真っ暗な中で灯りがあると気付いて集まってくる。
 だから、建物の中でも極力灯りをつけずにじっとしているしかない。
「ここは窓がないけど、一応用心して蝋燭だけにしておこう」
 頷くと、アリスは蝋燭に灯りをつけ、缶詰を選び始めた。
「シュー、コンビーフとチリビーンズ&ポーク、どっちにする?」
 ……食料を調達しても火が使えないので冷たい缶詰を食べるしかない。
 冷たいといっても夏なので常温の冷たさだけど。
「チリビーンズ&ポークで」
 やっぱりちょっと肉っぽいものが食べたい。
 固い田舎パンを取り出すと、ナイフで二つに切る。
「ラッキー、中はまだ柔らかいよ」
 半分をアリスに渡して、これだったらコンビーフでもよかったかなとちらりと考える。
「これでチーズとかあればご馳走だな」
 何気なく茶化すように言うと、アリスが意味深に笑う。
「あるよ、ほら」
 拳大のチーズを見せられて、驚いてしまう。
 アリスのカバンにはいったい何がどれだけ入ってるんだろう。
「ほら、リンゴもあった」
「……アリス、すごいなご馳走じゃないか」
「ここ、貯蔵庫だったみたいで、そこの木箱に色々入ってたんだ。
 まぁ、じゃがいもとかは使えないのが残念だけどね」
 ああ、これで火が使えたら!
 もしくはIHの調理器!
「だから、今日調達した分で、食べるのはシューのパンだけ。
 あとはここに置いてあった物。
 もちろん、私が置いておいたものもあるけどね」
 僕の驚いた顔を見て、反応を楽しんでるようなアリス。
 ……まぁ、アリスが笑ってくれるんなら、どうでもいいや。

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