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来訪者との出会い
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その日は夏日だとテレビで言っていた上に、雲一つない快晴でとても暑い日だった。
そんな真夏にはまだ早いという五月のある日、学校から帰宅したら知らない男がリビングに居た、というか寝ていた。
しかも、この暑いのに黒ずくめの上下で、きっと街中であったらカッコつけてバカみたいとか思ったかも知れない。
けれど、うなされて青ざめていても綺麗な顔立ちをしてるというのは近づいて見なくても、キラキラしたオーラみたいな空気がしてるのでなんとなくだけどわかった。
「えっと……誰?」
「あ、姉ちゃんお帰りー」
洗面器と濡らしたタオルを持ってソファの前、つまり男の前で床に座った弟が、いつものようににっこり笑って振り向いてお帰りを言ってくれた。
「あ……篤、ただいま……じゃなくてーっ! これ誰? 誰っ、何か変なコトとかされたりしてないよねっ?」
「……うわー、姉ちゃんそれはすごーくこの人に失礼……。
うちの前で行き倒れてたから、取りあえず看病してるだけ。
急に暑くなったから日射病かと思って冷やしてるとこ」
「じゃあ救急車とか警察でいいじゃ……」
「姉ちゃん、ちょっと静かに」
煩いなとばかりに溜息をついて、男の頭のタオルと手に持ってた濡れタオルを取り替えると立ち上がって近づいて来た。
まだ小学生なのに、大人びたというか子供らしくないという、よくお姉さんよりしっかりしているわねとか近所の人に言われる弟の顔は、病人の側で騒ぐなと言うように人差し指を口元に当てていた。
「……ごめん、でも知らない人とか家に入れて不用心じゃない」
「この人、ばぁちゃんの知り合いみたい。
魘されながらばぁちゃんの名前呼んでたから、近所の目もあるし、取りあえず休んでもらおうと入ってもらった。
ああ、隣の高木さんのおばさんに運ぶの手伝ってもらったから姉ちゃんからも今度お礼言っといて」
「ばぁちゃんの、へぇ……ばぁちゃんにこんな若い知り合い居たんだ」
ばぁちゃんはここには居ない。今は海の側でのんびり暮らしたいと田舎暮らしを満喫している。
「しっかし……この人綺麗な顔してるなぁ……。
外国人……かな、髪の色は黒だけど、背は高そうだし……」
ソファに近づいて顔を覗きこんで見る。
黒い髪に一房銀色の髪が混ざっていて、思わず若いのに白髪かぁとか思ってしまったが、ひょっとしたらかっこいいと思ってメッシュを入れてるのかも知れないなと思い直す。
じっと眺めていると、前髪が目にかかっていて直してあげようと手を伸ばす。
頬に指先が触れると、冷たい。すごく冷たくてびっくりして手を離す。
「何、この人冷たい……まさか死んじゃないわよね……?」
息をしているかどうか、確認しようとすると微かに呼吸音が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……ちゃんと息してる……」
ていうか、日射病(多分)なのに、何でこんなに冷たいんだろう。
元々体温が低いだけなんだろう、と安心したら力が抜けて男の胸に頭をつけるようにして床に座り込んでしまう。
「うん、ちゃんと心臓の音が……ん? んー……?
ああ、してる」
安心していると首にひたりと冷たいものが当たり、びくっと身体が跳ねる。
「ひゃうっ、な、何っ?」
男の指が首に触れていて、冷たくて肩を竦める。
「……甘い……匂いがする……」
寝ぼけているような、ぼうっとしているような男の声が耳に届く。
テノールというのだろうか、綺麗なというか、やたらと気持ちいい――そんな低い声。
このままずっと聞いていたい――甘い、心を蕩かすような、男の声。
首に触れる冷たい指がやたらと気持ちいい。
「……の……血……匂い……」
「え、何か言った?」
ぐったりとソファに倒れ込んでいた男のどこにこんな力があったのか、顔を引き寄せられて吐息が触れる。
冷たい指に反して温かな息が触れてぞくりと身体が震える。
柔らかな何かが触れ、ちくりと何かに刺されたような感じがした。
「痛っ……」
「おえぇぇぇぇぇっ!」
嘔吐するような声がして、はっとする。
パタパタとスリッパの音が近づいてくる。
「姉ちゃん、何っ、今のっ?」
ガバッと男を押しのけて起き上がると、篤が何があったのかと心配そうな顔をしていた。
「姉ちゃん……」
「あ、いや……その……何でもないっ」
「あの、ここは……」
男が今気が付いたように声を出す。
「あっ、おにーさん気がついたんだね」
「確か……君は……そうだ、百合子さんの身内の人」
百合子さん、とばぁちゃんの名前を口にした時、すごく嬉しそうな顔で笑った。その顔が本当に嬉しそうで、胸が痛くなるほどきゅんっとときめいてしまった。
「はいっ、僕はばぁちゃんの孫の篤(あつし)です。こっちは僕の姉ちゃん、明(あかり)」
「……孫……、そうか……百合子さんの孫……。
もう、そんなに経っていたんだな……」
懐かしむような顔は少し寂し気で、何だか胸が切なくなってしまう。
「私はテオドール・フォン・ブランデンブルグ、テオ、でいい。
初めまして、百合子さんの孫の篤に明」
「あ、よ……ろしく……テオ……さん?」
「テオ、でいい明」
笑う顔が男にしては綺麗すぎて、見つめられるとどきどきして顔が赤くなってるんじゃないかと心配になる。
黒い髪に銀色にも見える灰色の瞳、差し出される手はさっきの冷たさが思い出されて躊躇しつつも手を指しのばす。
「あ、姉ちゃんズルイー、僕のが先だろ。
テオは僕が最初に見つけたんだから」
「ん、ああ……ごめん」
一度伸ばした手をひっこめると、篤が手を伸ばしてぶんぶんとテオの手を振っている。
そして私も握手をして、ソファに座りなおしていると、テオが何だかうがいをしたいというように口をゆがませる。
「どうしたの、テオ?」
「ああ、いや何だか口の中が……」
「僕お茶持ってくるねー、テオは紅茶がいい? それともコーヒー?」
パタパタとスリッパの音をさせてキッチンに向かう篤。
「篤、紅茶を頼む。出来れば薄めで」
「じゃあ私はミルクティー、砂糖は三つで甘くしてね」
隣のテオが何だか身体を強張らせた、そんな気がして目を向ける。
「どうかした?」
「明……君だったのか、この誘うような甘く芳しい匂いは」
テオの伸ばした指が首に触れる、さっきと同じ冷たい指先にぞくりとする。
「あ、そういやさっき痛かったんだっけ……」
どうなってるのか自分の右手で首に触れると、指先に赤いものが付いていた。
「何、これ……引っ掻いたかな?」
まじまじと指先を見ていると、テオが変な顔をしている。
「あれは、君の血だったのか、あの甘ったるくてクソ不味い血はっ!」
口を手で押さえて、わなわなと肩を震わせるテオ、何その失礼なものの言い方は。
ていうか、何だその“クソ”不味いって言葉使いはっ、さっきまで私とか上品だったくせにー!
「テオ、女の子に向かって“クソ”はないでしょう、“クソ”は」
「姉ちゃん、何言ってんの?」
「香りは極上の処女血なのに、この、鉄は足りない、濃さも足りない、やたらと甘いだけの、まるで砂糖そのもののような血、君はちゃんと食事をしているのか?」
「へ?」
「せっかくの極上の血だというのに、この非常に残念な、いや凶悪ですらある味は食生活の乱れというやつなのか? なげかわしい……。」
「えーとテオも、何言ってんの?」
機関銃のようなテオの文句にあっけに取られて黙っていたが、ついプチンとキレた。
「イケメンが処女血とか言うなーっ!」
ボコォッ!
「あ……つい」
キレたのは食生活うんぬんでなく、イケメンが処女とか口にするのが許せなくて手が出てしまった。
しかも、さっきまで倒れていたというのに、グーで殴ってしまっていた。
「姉ちゃん、相変わらず手が早いんだから」
会話になってない、と諦めたように呟く篤。
お茶を入れたカップがトレイに三つ乗っている。
「はい、姉ちゃんの甘いミルクティー。テオには薄い紅茶、僕はまぁ、紅茶を普通に。レモンは聞いてないから切ってないよ」
テーブルに置かれたカップは薄―い紅というよりは赤茶の薄い色の紅茶と、普通に紅褐色の紅茶、赤に牛乳を混ぜたようなミルクティーが入っていた。
「うん、これこれ」
一口飲めばほんわかとした気分になれる甘いミルクティーにイケメンのクソ及び処女発言に荒んだ気分が治ってくる。
「よくそんな甘いものが平気で飲めるもんだな……」
しみじみと口にされたことに手が無意識の内にグーの形になる。
「姉ちゃんは甘党だから」
慣れたもので篤はテオにさらっとそう言った。
「で、さっき言ってた“処女血”って何?」
篤――っ、小学生がそんな言葉使っちゃだめぇぇぇっ!
あまりのショックに言葉が出ない。
「ああ、言葉通りで処女の生血の事だが」
イケメンと小学生が処女発言とか、変態――もとい痛すぎる。
連れて歩けばすごく自慢出来そうなイケメンなのになぁ。
「生血の中でも極上の最高級品……」
最後まで言い終わらない内に、テオをグーで殴っていた。
「姉ちゃん!」
私の腕を止めようとしている篤に、こんな変態にも優しいのな、うちの弟……とほろりとなった。
「顔はやめたげてよ、これで顔面破壊されたらテオがただの変態になっちゃうよ」
「……篤」
「誰が変態だ……」
「「テオが」」
二人同時に名前を口にした。
「私の唯一の栄養源が……変態、だというのか?」
「「へ?」」
「唯一のって、それしか食べられないって意味?」
「そうだ、こういった紅茶とかパンとかは食べたり飲んだりは出来ない事は無いが、どれだけ飲んでも食べても、餓えを満たすことはない」
えーと、何? 理解出来ない。何を言ってるんだろう。
私ってそんなに頭悪かったかなぁ……。これでも学年で上位とは言わなくても百番以内にはいるんだけど。
「私は吸血鬼だから、仕方がない」
「「ええぇ――っ!」」
そういえば、ばぁちゃんの知り合いって言ってたっけ……、じゃあばぁちゃんも?
テオって十代後半くらいに見えたけど……実はばぁちゃんと同い年くらいとか?
「……テオって何歳?」
「数えるのも面倒になったので数えてないけど、多分君らよりもずっと年上だよ。
ああ、見かけは十代くらいで止まってるかも知れないけど」
「なんで?」
「それは私が死んだのが十八歳だったからだよ」
にっこり笑ってそう言い放つ、そのキラキラした笑顔に嘘はないみたいで本当にそうなのかもとこくこく頷いているだけの篤と私。
「吸……血……鬼……て、あのドラ○ュラとか○スフェラトゥとか○ラド公爵とか、ドラ○ュラ都に行くとか、嘘、そんなの現実に居るわけない……あれは映画で」
「姉ちゃん、○ラド公爵はモデルで映画じゃ……あ、映画あったっけ」
信じられ位と内心おろおろしつつ言う私に、篤が突っ込みを入れる。
「私も国に帰ればお城あるよ、行ってみる?」
「わぁ、お城すごいなー……って、そうじゃなくてっ!」
「ああ! だから昼間で行き倒れてたんだ」
篤が納得した、というように両手をポンと鳴らした。
「昼間動けないわけじゃないけど、日本は暑いね、苦しくて息は出来なくなるし、もうダメかと思ったよ」
……まぁ、それは否定出来ない。夏場じゃなくても三十度超えたり、日射病とかで倒れる人も居るわけだし。
「身体中の血が沸騰するんじゃないかって暑さだね、いやー話には聞いてたけど、本当に日本の夏って怖いね」
――でも、その聞いてたはずの暑い日本に黒ずくめのコートと長袖で来るからだろうって突っ込みたくなった。
「そうだ、お土産あるよ、百合子さんの息子……娘はいつ帰って来るの? 早く会いたいなぁ」
「テオ、ばぁちゃんに娘は居ないよ、息子で僕らの父さんなら夜になったら帰って来るよ」
「百合子さんに似てる? 楽しみだなぁ、早く帰って来ないかな」
「よっぽどばぁちゃんに会いたかったんだ?」
……さっきまでのは冗談だったんだろうか、黒いカバンからいそいそと箱を出してテーブルに置いていくのを見ていると、もうどうでもいいかって気になってきた。
見てるだけならすごく眼の保養だし、詳しい話は父さんが帰ってからでもういいや。
父さんにテオの事を丸投げにしてしまうような気もしたが、にこやかに笑っているイケメンの顔を見ていたらどうでもよくなってしまった。
篤はお土産に興味が向いてしまっているし。
行き倒れを拾ったら、ばぁちゃんの知り合いで吸血鬼だった――って誰が信じてくれるだろうか。
そんな真夏にはまだ早いという五月のある日、学校から帰宅したら知らない男がリビングに居た、というか寝ていた。
しかも、この暑いのに黒ずくめの上下で、きっと街中であったらカッコつけてバカみたいとか思ったかも知れない。
けれど、うなされて青ざめていても綺麗な顔立ちをしてるというのは近づいて見なくても、キラキラしたオーラみたいな空気がしてるのでなんとなくだけどわかった。
「えっと……誰?」
「あ、姉ちゃんお帰りー」
洗面器と濡らしたタオルを持ってソファの前、つまり男の前で床に座った弟が、いつものようににっこり笑って振り向いてお帰りを言ってくれた。
「あ……篤、ただいま……じゃなくてーっ! これ誰? 誰っ、何か変なコトとかされたりしてないよねっ?」
「……うわー、姉ちゃんそれはすごーくこの人に失礼……。
うちの前で行き倒れてたから、取りあえず看病してるだけ。
急に暑くなったから日射病かと思って冷やしてるとこ」
「じゃあ救急車とか警察でいいじゃ……」
「姉ちゃん、ちょっと静かに」
煩いなとばかりに溜息をついて、男の頭のタオルと手に持ってた濡れタオルを取り替えると立ち上がって近づいて来た。
まだ小学生なのに、大人びたというか子供らしくないという、よくお姉さんよりしっかりしているわねとか近所の人に言われる弟の顔は、病人の側で騒ぐなと言うように人差し指を口元に当てていた。
「……ごめん、でも知らない人とか家に入れて不用心じゃない」
「この人、ばぁちゃんの知り合いみたい。
魘されながらばぁちゃんの名前呼んでたから、近所の目もあるし、取りあえず休んでもらおうと入ってもらった。
ああ、隣の高木さんのおばさんに運ぶの手伝ってもらったから姉ちゃんからも今度お礼言っといて」
「ばぁちゃんの、へぇ……ばぁちゃんにこんな若い知り合い居たんだ」
ばぁちゃんはここには居ない。今は海の側でのんびり暮らしたいと田舎暮らしを満喫している。
「しっかし……この人綺麗な顔してるなぁ……。
外国人……かな、髪の色は黒だけど、背は高そうだし……」
ソファに近づいて顔を覗きこんで見る。
黒い髪に一房銀色の髪が混ざっていて、思わず若いのに白髪かぁとか思ってしまったが、ひょっとしたらかっこいいと思ってメッシュを入れてるのかも知れないなと思い直す。
じっと眺めていると、前髪が目にかかっていて直してあげようと手を伸ばす。
頬に指先が触れると、冷たい。すごく冷たくてびっくりして手を離す。
「何、この人冷たい……まさか死んじゃないわよね……?」
息をしているかどうか、確認しようとすると微かに呼吸音が聞こえて、ほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……ちゃんと息してる……」
ていうか、日射病(多分)なのに、何でこんなに冷たいんだろう。
元々体温が低いだけなんだろう、と安心したら力が抜けて男の胸に頭をつけるようにして床に座り込んでしまう。
「うん、ちゃんと心臓の音が……ん? んー……?
ああ、してる」
安心していると首にひたりと冷たいものが当たり、びくっと身体が跳ねる。
「ひゃうっ、な、何っ?」
男の指が首に触れていて、冷たくて肩を竦める。
「……甘い……匂いがする……」
寝ぼけているような、ぼうっとしているような男の声が耳に届く。
テノールというのだろうか、綺麗なというか、やたらと気持ちいい――そんな低い声。
このままずっと聞いていたい――甘い、心を蕩かすような、男の声。
首に触れる冷たい指がやたらと気持ちいい。
「……の……血……匂い……」
「え、何か言った?」
ぐったりとソファに倒れ込んでいた男のどこにこんな力があったのか、顔を引き寄せられて吐息が触れる。
冷たい指に反して温かな息が触れてぞくりと身体が震える。
柔らかな何かが触れ、ちくりと何かに刺されたような感じがした。
「痛っ……」
「おえぇぇぇぇぇっ!」
嘔吐するような声がして、はっとする。
パタパタとスリッパの音が近づいてくる。
「姉ちゃん、何っ、今のっ?」
ガバッと男を押しのけて起き上がると、篤が何があったのかと心配そうな顔をしていた。
「姉ちゃん……」
「あ、いや……その……何でもないっ」
「あの、ここは……」
男が今気が付いたように声を出す。
「あっ、おにーさん気がついたんだね」
「確か……君は……そうだ、百合子さんの身内の人」
百合子さん、とばぁちゃんの名前を口にした時、すごく嬉しそうな顔で笑った。その顔が本当に嬉しそうで、胸が痛くなるほどきゅんっとときめいてしまった。
「はいっ、僕はばぁちゃんの孫の篤(あつし)です。こっちは僕の姉ちゃん、明(あかり)」
「……孫……、そうか……百合子さんの孫……。
もう、そんなに経っていたんだな……」
懐かしむような顔は少し寂し気で、何だか胸が切なくなってしまう。
「私はテオドール・フォン・ブランデンブルグ、テオ、でいい。
初めまして、百合子さんの孫の篤に明」
「あ、よ……ろしく……テオ……さん?」
「テオ、でいい明」
笑う顔が男にしては綺麗すぎて、見つめられるとどきどきして顔が赤くなってるんじゃないかと心配になる。
黒い髪に銀色にも見える灰色の瞳、差し出される手はさっきの冷たさが思い出されて躊躇しつつも手を指しのばす。
「あ、姉ちゃんズルイー、僕のが先だろ。
テオは僕が最初に見つけたんだから」
「ん、ああ……ごめん」
一度伸ばした手をひっこめると、篤が手を伸ばしてぶんぶんとテオの手を振っている。
そして私も握手をして、ソファに座りなおしていると、テオが何だかうがいをしたいというように口をゆがませる。
「どうしたの、テオ?」
「ああ、いや何だか口の中が……」
「僕お茶持ってくるねー、テオは紅茶がいい? それともコーヒー?」
パタパタとスリッパの音をさせてキッチンに向かう篤。
「篤、紅茶を頼む。出来れば薄めで」
「じゃあ私はミルクティー、砂糖は三つで甘くしてね」
隣のテオが何だか身体を強張らせた、そんな気がして目を向ける。
「どうかした?」
「明……君だったのか、この誘うような甘く芳しい匂いは」
テオの伸ばした指が首に触れる、さっきと同じ冷たい指先にぞくりとする。
「あ、そういやさっき痛かったんだっけ……」
どうなってるのか自分の右手で首に触れると、指先に赤いものが付いていた。
「何、これ……引っ掻いたかな?」
まじまじと指先を見ていると、テオが変な顔をしている。
「あれは、君の血だったのか、あの甘ったるくてクソ不味い血はっ!」
口を手で押さえて、わなわなと肩を震わせるテオ、何その失礼なものの言い方は。
ていうか、何だその“クソ”不味いって言葉使いはっ、さっきまで私とか上品だったくせにー!
「テオ、女の子に向かって“クソ”はないでしょう、“クソ”は」
「姉ちゃん、何言ってんの?」
「香りは極上の処女血なのに、この、鉄は足りない、濃さも足りない、やたらと甘いだけの、まるで砂糖そのもののような血、君はちゃんと食事をしているのか?」
「へ?」
「せっかくの極上の血だというのに、この非常に残念な、いや凶悪ですらある味は食生活の乱れというやつなのか? なげかわしい……。」
「えーとテオも、何言ってんの?」
機関銃のようなテオの文句にあっけに取られて黙っていたが、ついプチンとキレた。
「イケメンが処女血とか言うなーっ!」
ボコォッ!
「あ……つい」
キレたのは食生活うんぬんでなく、イケメンが処女とか口にするのが許せなくて手が出てしまった。
しかも、さっきまで倒れていたというのに、グーで殴ってしまっていた。
「姉ちゃん、相変わらず手が早いんだから」
会話になってない、と諦めたように呟く篤。
お茶を入れたカップがトレイに三つ乗っている。
「はい、姉ちゃんの甘いミルクティー。テオには薄い紅茶、僕はまぁ、紅茶を普通に。レモンは聞いてないから切ってないよ」
テーブルに置かれたカップは薄―い紅というよりは赤茶の薄い色の紅茶と、普通に紅褐色の紅茶、赤に牛乳を混ぜたようなミルクティーが入っていた。
「うん、これこれ」
一口飲めばほんわかとした気分になれる甘いミルクティーにイケメンのクソ及び処女発言に荒んだ気分が治ってくる。
「よくそんな甘いものが平気で飲めるもんだな……」
しみじみと口にされたことに手が無意識の内にグーの形になる。
「姉ちゃんは甘党だから」
慣れたもので篤はテオにさらっとそう言った。
「で、さっき言ってた“処女血”って何?」
篤――っ、小学生がそんな言葉使っちゃだめぇぇぇっ!
あまりのショックに言葉が出ない。
「ああ、言葉通りで処女の生血の事だが」
イケメンと小学生が処女発言とか、変態――もとい痛すぎる。
連れて歩けばすごく自慢出来そうなイケメンなのになぁ。
「生血の中でも極上の最高級品……」
最後まで言い終わらない内に、テオをグーで殴っていた。
「姉ちゃん!」
私の腕を止めようとしている篤に、こんな変態にも優しいのな、うちの弟……とほろりとなった。
「顔はやめたげてよ、これで顔面破壊されたらテオがただの変態になっちゃうよ」
「……篤」
「誰が変態だ……」
「「テオが」」
二人同時に名前を口にした。
「私の唯一の栄養源が……変態、だというのか?」
「「へ?」」
「唯一のって、それしか食べられないって意味?」
「そうだ、こういった紅茶とかパンとかは食べたり飲んだりは出来ない事は無いが、どれだけ飲んでも食べても、餓えを満たすことはない」
えーと、何? 理解出来ない。何を言ってるんだろう。
私ってそんなに頭悪かったかなぁ……。これでも学年で上位とは言わなくても百番以内にはいるんだけど。
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「「ええぇ――っ!」」
そういえば、ばぁちゃんの知り合いって言ってたっけ……、じゃあばぁちゃんも?
テオって十代後半くらいに見えたけど……実はばぁちゃんと同い年くらいとか?
「……テオって何歳?」
「数えるのも面倒になったので数えてないけど、多分君らよりもずっと年上だよ。
ああ、見かけは十代くらいで止まってるかも知れないけど」
「なんで?」
「それは私が死んだのが十八歳だったからだよ」
にっこり笑ってそう言い放つ、そのキラキラした笑顔に嘘はないみたいで本当にそうなのかもとこくこく頷いているだけの篤と私。
「吸……血……鬼……て、あのドラ○ュラとか○スフェラトゥとか○ラド公爵とか、ドラ○ュラ都に行くとか、嘘、そんなの現実に居るわけない……あれは映画で」
「姉ちゃん、○ラド公爵はモデルで映画じゃ……あ、映画あったっけ」
信じられ位と内心おろおろしつつ言う私に、篤が突っ込みを入れる。
「私も国に帰ればお城あるよ、行ってみる?」
「わぁ、お城すごいなー……って、そうじゃなくてっ!」
「ああ! だから昼間で行き倒れてたんだ」
篤が納得した、というように両手をポンと鳴らした。
「昼間動けないわけじゃないけど、日本は暑いね、苦しくて息は出来なくなるし、もうダメかと思ったよ」
……まぁ、それは否定出来ない。夏場じゃなくても三十度超えたり、日射病とかで倒れる人も居るわけだし。
「身体中の血が沸騰するんじゃないかって暑さだね、いやー話には聞いてたけど、本当に日本の夏って怖いね」
――でも、その聞いてたはずの暑い日本に黒ずくめのコートと長袖で来るからだろうって突っ込みたくなった。
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「テオ、ばぁちゃんに娘は居ないよ、息子で僕らの父さんなら夜になったら帰って来るよ」
「百合子さんに似てる? 楽しみだなぁ、早く帰って来ないかな」
「よっぽどばぁちゃんに会いたかったんだ?」
……さっきまでのは冗談だったんだろうか、黒いカバンからいそいそと箱を出してテーブルに置いていくのを見ていると、もうどうでもいいかって気になってきた。
見てるだけならすごく眼の保養だし、詳しい話は父さんが帰ってからでもういいや。
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行き倒れを拾ったら、ばぁちゃんの知り合いで吸血鬼だった――って誰が信じてくれるだろうか。
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