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懐かしい味と、ゴスロリ美少女
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父さんが帰宅する頃には夕飯は出来上がっていた。ほかほかと湯気を立てる美味しそうなホワイトシチューと、ローストビーフと温野菜がテーブルに用意されていた。
「わぁ……ローストビーフだぁ」
「今日は肉の日とかで塊の肉が安かったんですよ、デザートは明のリクエスト通りチーズケーキにしましたよ」
「ね、これ何っ、これ、この丸いの」
篤がテオに皿に乗った丸いものを聞いている。
何だろう、皮向いて揚げてあるのかな、皮ごと茹でてあるのかな、よく分かんないや。
「これはですね、付け合わせのペコロスという玉ねぎの小さいのと、小さい新じゃがいもですよ」
「玉ねぎとペコロスって違うの?」
指でペコロスだか新じゃがを突こうとしながら篤がテオに聞く。
「違いますね、種類がまず違います。それよりお行儀が悪いですよ」
ぺしっと音がして、料理を突こうとした篤の手が叩かれていた。
「それよりお腹すいた……お腹鳴りそう……」
父さんが着替えて来るのを待ってる間にテーブルに料理が並べられたが、今はお預けをくらった犬の気持ちがとてもよく分かる。
「明は帰ってからお菓子を食べてたでしょう」
呆れたような声でテオが肩を竦める。
「そんな事いったってー、空いたものは空いたんだってば」
「はは、明は食いしん坊だからなぁ」
父さんがゆったりとした長袖トレーナーとズボン、いわゆるスウェットになって椅子に座った。
「おお、これは上手そうだ……久しぶりだなぁ……こんな夕食」
ローストビーフは中がほんのり赤くて、切り分けられると肉汁が溢れだす。それを温野菜の乗った皿に乗せられて何かのソースが掛けられる。
「最後にクレソンを」
肉の上に緑色の葉がいくつも付いた枝になっている野菜が乗せられた。
シチューは白いシチューで肉よりも野菜が多く入っているみたいだった。
「わ、美味しい……これ……ワサビ?」
「クレソンという西洋ワサビですよ、すこしクセはあるけど肉によく合うでしょう。
クリームシチューにはマッシュルームと鶏肉、ブロッコリーと人参とじゃがいもをたっぷり入れましたから」
「うん、美味しいなぁ。テオ君はすごいねぇ、もともと料理は得意だったのかい?」
「いえ、これは本の通りに作っただけですから」
「本?」
父さんに応える言葉に首を傾げる。
料理本は確かに何冊かあったけど、こんな凝った料理の本あったかなぁ。
「キッチンの棚に何冊かの本とノートがありました。いけませんでしたか?」
「あ……この味って……」
シチューを口に入れると懐かしい味がした。
「母さんのシチューだ……」
「本当だ……」
「……ああ、すまんちょっと……電話がかかってくるんだった……」
ゆっくり席を立って顔を俯かせる父さん、私たちに顔を見せないように洗面所に行く後姿は肩が震えていた。
「……身体があったまるね、目から汗が……」
まだ夏なのに、あったまるも無いんだけど、そう口にしていた。
私の涙腺も壊れそうになっていて、目の前のシチュー皿とスプーンが歪んで見える。
篤はもう顔を上げなかった、俯いた顔から時折シチューの中に水滴が落ちる。
「ご、ごめん冷めちゃうよね」
懐かしい味のはずなのに、味が分からなくなって、ぽたぽたとテーブルに水滴が落ちる。
「やだなぁ、もう……汗がこんなに……」
篤も黙って肩を震わせていて、しゃべっているのは私だけだった。
そんな私たちの前に、テオは黙って氷水のグラスを置いてくれた。
「……母さん……」
目を閉じると瞼が熱くて涙がぽろぽろと零れた。
「すまない……」
テオの低い声がして、頭を撫でられたと思ったら、引き寄せられてテオの服に涙とか鼻水を付けてしまっていた。
ひとしきり泣いて、料理が冷めてから食事を再開したが、母さんのシチューも、ローストビーフも、とても美味しかった。
それから、顔を洗って眠りについた。
そして――夕方からテオがせっかく作ってくれたデザートのチーズケーキは食べ損ねてしまった。
朝起きたら目が少し腫れていて、ダイニングキッチンには朝食と一緒にチーズケーキが冷たいおしぼりと一緒に並べられていた。
テオの姿はなかった。
もそもそと朝食を食べて、今日は学校が休みでよかった、とつくづく思う。
それにしても、テオはどこに行ったんだろう。寝てるんだろうか。
「おはよう……姉ちゃん……」
「おはよう、篤」
篤の目も腫れて赤くなっていた。
「テオは?」
わかんない、と首を横に振る。
どこかに行ってしまったんだろうか、と溜息をつくと階段を降りる音がした。
「ああ、おはよう二人とも」
「テオ、よかった。どっかに行っちゃったかと思って……」
篤がうるうるとまた泣きそうな顔をしていて、鼻の奥がツンとするような感じに、私もか、と苦笑する。
「洗濯物を干していただけだ、今日の朝食はポーチドエッグにしてみたが、どうだった?」
「僕まだ食べてない」
「せ、洗濯物って……」
「ああ、朝の内に洗濯機を回してさっき干し終わったとこだ。……何か不味かったか?」
「何かって、ああ……しまったぁ、忘れてたっ!」
「洗濯籠にあったものは全て洗ったが……洗ってはいけなかったか?」
「ぎゃー、私の下着―っ!」
「ああ、それなら洗濯用のネットというものに入れて洗っておいたぞ」
「なっ、なっ……信じられないっ、女子高生の下着を平気で洗うなんてっ!」
「何をわけの分からないことを……」
本気でわからんと首を傾げているテオを見ていると思わず右手を握りしめてグーを作っていた。
「いやーぁぁぁ!」
気が付けばテオの頬を殴っていた。
しかも二発。グーで。
「痛いなぁ、明」
「信っじらんないっ、このっ、デリカシーのなさっ。変態っ!」
うっかりしていた、洗濯は今まで自分がやってたからそのままだと思っていた。
料理以外にも家の事をテオに任せるって言っていた父さんの言葉が頭をぐるぐるとまわっている。
「わぁあっ、テオのばかーっ!」
思わず駆け出して外に出ていた。
「……何なんだ……」
ぼそりと呟いたテオに篤が気の毒そうな目を向けていた。
取るものも取りあえず外に出て来たが、どうしよう。
服は着てるが、靴は突っかけサンダルだし、財布はない。
ついでに家の鍵もない。
「はぁ――」
頭を冷やせば決してテオのせいではないのは分かっている。わかっているが感情が付いてこない。
「困ったなぁ……」
謝るべきなんだろうか、謝るべきだよなぁ、と公園のブランコに座って本日何度目かの溜息をつく。
「あの……グーテン……いえ、こんにちは?」
顔を上げると、見たことのない美少女がそこに立っていた。
銀の髪が毛先でくるんとカールをしてて、フリルのついた黒いワンピースを着ている。ゴスロリ、というのだろうか黒いフリルのたくさんついた服は裾がふわりとしていて、黒いレースの付いた日傘がとてもよく似合う。
声は、鈴を鳴らすような声というのはこういう声だろうか、と思わず見惚れてしまった。
「あの……?」
見つめ過ぎただろうかと小首を傾げる姿に気づいて、にっこり笑い返す。
上手く笑い返せたかどうかはこの際問題ではない。
「今の時間ならおはよう、かな。可愛いお嬢さん」
いや、本当に可愛いんだ。お人形のようなつぶらな瞳は赤っぽい茶で、銀の髪には黒髪が一房メッシュのように混ざっていた。
持っている日傘も黒のレースで、本当にアンティーク人形のように可愛かった。
そんな彼女がくん、と私の匂いを嗅いでにっこりと笑う。
「兄さまを知っていますね? 私の名はフローラ・フォン・ブランデンブルグと申します」
「あ……ブランデン……ああっ、テオの妹さん?」
美形の妹はやっぱり美形なのかーと嬉しくなった。
「貴方は……?」
「私は梶木明、テオなら家で……」
言いかけた言葉が途切れる。
風が吹いたようにゆらりとフローラの髪が揺れて、私の手に彼女の小さくて白い手が重なる。
その小さな手はとても冷たくて、身に覚えのある冷たさに身体がぞくりとする。
「テオ兄さまを愛称で呼んでいいのは私だけですわ」
「え、あーそう言われても……」
テオって呼ぶように言われて家族全員がテオ呼ばわりですが。
「……テオ兄さま……なぜ……」
いや、何故って言われてもなーと思いながら立ち上がって、妹なんだし連れてくかと置かれていた手を握って促そうとする。
「テオなら家にいるから……」
一緒に来ない、という言葉が途切れた。
冷たい、冷たい、冷たいってば――!
「え、と手、離してもいいかな? ちょっと冷たくて……」
美少女の手は握るのとか隣を歩くのは嬉しいけど、それ以上に冷たい、冷える。
「姉ちゃーん」
手を離したいなと思っていたら、篤の声がした。
ご飯の途中だったから呼びに来たのかも知れない。
「姉ちゃん、何してんだよ……その子は?」
視線は私じゃなく、フローラにくぎ付けで、こいつも可愛い女の子には弱いなと見て取れる。
「フローラちゃん、テオの妹さん」
「こ、こんにちはっ、僕篤ですっ」
緊張しまくった声がして、わが弟ながら可愛い、と思う。
「フローラ・フォン・ブランデンブルグ……」
歳も近そうだからか、私に向けた瞳より、篤に向けた瞳のが柔らかく見えるような気がする。
「え、と……もうすぐもっと日が高くなるし……そのよかったら家に……テオも居るし」
ああ、そっか。テオの妹ってことはこの子も吸血鬼なんだ……よね?
篤に頷いた彼女に手を差し出して家に案内する篤を見て、春が来たかなとにやりと笑う。
「まぁ、先は難しいかもしんないけど、がんばれ弟よ」
そういう自分の春もまだまだなんだけどな。
家に帰ると先についていた篤が居て、フローラちゃんはテオにべったりくっついている。
振られたのか、篤……?
「お帰り、明。公園でフローラに会ったんだって、私の妹なんだ、ありがとう」
いえ、どういたしまして。ちょっと手が冷たくて怖かったりしたけど、無事に会えてよかったです。
「うん、よかったね」
そのままだった朝食の続きをと私はダイニングキッチンのテーブルについて、すっかり冷えたポーチドエッグを口に運ぶ。冷えていてもとろりとした黄身が美味しい。
朝食をすっかり片づけて、自分のと篤とテオとフローラちゃんに紅茶を淹れる。
確かテオは薄いの、フローラちゃんは……テオと同じでいいか。
とりあえずはカップ四つに紅茶を淹れて持っていくことにした。
「えーと、話は進んだりしてる……のかな?」
「いや、何も言わないんだ」
兄さんに、つまりテオに会いたかったんじゃなかったのかな?
会話が弾むどころかしーんと静まり返っていて、篤も肩をしょんぼりと落としている。
こういうのは苦手だ。
このまま私たちが一緒にいてもいいんだろうか、でもここ私の家だしなぁ。
困った、思わず腕を組んで溜息をついてしまう。
父さんは今日は休みじゃないから居ないし。
「フローラ、少し離れて……」
テオがくっついて離れないフローラちゃんの手を叩いて頼んでいるが、フローラちゃんは嫌々をするように頭を振って、テオから離れようとしない。
いやぁ、美形の兄妹の仲睦まじい図って、癒されるよねぇ、本当に目の保養になる。
テオには銀の、フローラちゃんには黒の、色は逆だけどメッシュが一筋入ってる髪も本当に光に当たるとキラキラして綺麗だなぁ。
テオは黒髪がベースで銀メッシュ、フローラちゃんは銀髪がベースで黒メッシュ、この正反対の色をしてるっていうのもいいかも知んない。
「あ、お茶入れたし、飲んで落ち着いたらどうかな?」
こくん、と可愛く頷いてフローラちゃんがティーカップを手に取った。
いやぁ、美少女ってお茶飲むのも絵になるなぁ。……まぁ、お茶はティーパックの安物なんだけど、それしか見当たらないし、しょうがないよね。
「……缶入りの茶葉が棚にあったと思うんだが……」
紅茶を一口飲んだ後、テオがぼそりと口にした。
「え、そんなのあったかなぁ?」
「賞味期限は過ぎていたが、未開封のままの茶缶があった。金色のやつだ」
賞味期限の過ぎた……もらいものかな、しかしよく知ってるなぁと思いながらも、そんな缶の茶葉があったとしても、上手く入れられる自信なんかない。
「茶葉で入れる紅茶なんて私知らないよ」
そうテオに言ってみる。
「……紅茶も淹れられないのか、……すまなかった」
呆れたように謝る言葉に心がこもってないとカチンとしたが、ここは素直に頷いて置こう。妹ちゃんもいるし。
「そんな風におっしゃるなら、テオ兄さまが淹れて下さったら良かったのに。私もテオ兄さまの紅茶が久しぶりに飲みたいですわ」
「……分かった、淹れなおしてくる。……淹れてくるから手を離してくれないか?」
「私も飲みたいっ、ミルクと砂糖いっぱいの紅茶」
「ぼ、僕もっ」
二人を見ながらも箸を動かして朝食を食べていた篤と私が同時に言っていた。
「……わかった」
結局人数分の紅茶を淹れに行くテオ、湯を沸かすのに少し時間がかかるかな、とこっそりフローラちゃんに話しかけることにした。
「あのね、フローラちゃんはお兄さんと【同じ】なの?」
日傘をさして黒ずくめなので彼女も吸血鬼なのかと聞いてみる。何も言わないが篤もそこには興味があるみたいだ。
「同じ、とは……人種のことでしたらそうですが、他に?」
お兄さん以外にはちょっとばかりツンツンしててこれが世に言うツンデレなのかとドキドキする。
ツンデレの銀髪美少女かぁ、なんかいいなぁ。髪ちょっと弄らせてくれないかなぁ。
クルクルした巻き毛をツインテールにとかしてみたいかも。
「わぁ……ローストビーフだぁ」
「今日は肉の日とかで塊の肉が安かったんですよ、デザートは明のリクエスト通りチーズケーキにしましたよ」
「ね、これ何っ、これ、この丸いの」
篤がテオに皿に乗った丸いものを聞いている。
何だろう、皮向いて揚げてあるのかな、皮ごと茹でてあるのかな、よく分かんないや。
「これはですね、付け合わせのペコロスという玉ねぎの小さいのと、小さい新じゃがいもですよ」
「玉ねぎとペコロスって違うの?」
指でペコロスだか新じゃがを突こうとしながら篤がテオに聞く。
「違いますね、種類がまず違います。それよりお行儀が悪いですよ」
ぺしっと音がして、料理を突こうとした篤の手が叩かれていた。
「それよりお腹すいた……お腹鳴りそう……」
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「明は帰ってからお菓子を食べてたでしょう」
呆れたような声でテオが肩を竦める。
「そんな事いったってー、空いたものは空いたんだってば」
「はは、明は食いしん坊だからなぁ」
父さんがゆったりとした長袖トレーナーとズボン、いわゆるスウェットになって椅子に座った。
「おお、これは上手そうだ……久しぶりだなぁ……こんな夕食」
ローストビーフは中がほんのり赤くて、切り分けられると肉汁が溢れだす。それを温野菜の乗った皿に乗せられて何かのソースが掛けられる。
「最後にクレソンを」
肉の上に緑色の葉がいくつも付いた枝になっている野菜が乗せられた。
シチューは白いシチューで肉よりも野菜が多く入っているみたいだった。
「わ、美味しい……これ……ワサビ?」
「クレソンという西洋ワサビですよ、すこしクセはあるけど肉によく合うでしょう。
クリームシチューにはマッシュルームと鶏肉、ブロッコリーと人参とじゃがいもをたっぷり入れましたから」
「うん、美味しいなぁ。テオ君はすごいねぇ、もともと料理は得意だったのかい?」
「いえ、これは本の通りに作っただけですから」
「本?」
父さんに応える言葉に首を傾げる。
料理本は確かに何冊かあったけど、こんな凝った料理の本あったかなぁ。
「キッチンの棚に何冊かの本とノートがありました。いけませんでしたか?」
「あ……この味って……」
シチューを口に入れると懐かしい味がした。
「母さんのシチューだ……」
「本当だ……」
「……ああ、すまんちょっと……電話がかかってくるんだった……」
ゆっくり席を立って顔を俯かせる父さん、私たちに顔を見せないように洗面所に行く後姿は肩が震えていた。
「……身体があったまるね、目から汗が……」
まだ夏なのに、あったまるも無いんだけど、そう口にしていた。
私の涙腺も壊れそうになっていて、目の前のシチュー皿とスプーンが歪んで見える。
篤はもう顔を上げなかった、俯いた顔から時折シチューの中に水滴が落ちる。
「ご、ごめん冷めちゃうよね」
懐かしい味のはずなのに、味が分からなくなって、ぽたぽたとテーブルに水滴が落ちる。
「やだなぁ、もう……汗がこんなに……」
篤も黙って肩を震わせていて、しゃべっているのは私だけだった。
そんな私たちの前に、テオは黙って氷水のグラスを置いてくれた。
「……母さん……」
目を閉じると瞼が熱くて涙がぽろぽろと零れた。
「すまない……」
テオの低い声がして、頭を撫でられたと思ったら、引き寄せられてテオの服に涙とか鼻水を付けてしまっていた。
ひとしきり泣いて、料理が冷めてから食事を再開したが、母さんのシチューも、ローストビーフも、とても美味しかった。
それから、顔を洗って眠りについた。
そして――夕方からテオがせっかく作ってくれたデザートのチーズケーキは食べ損ねてしまった。
朝起きたら目が少し腫れていて、ダイニングキッチンには朝食と一緒にチーズケーキが冷たいおしぼりと一緒に並べられていた。
テオの姿はなかった。
もそもそと朝食を食べて、今日は学校が休みでよかった、とつくづく思う。
それにしても、テオはどこに行ったんだろう。寝てるんだろうか。
「おはよう……姉ちゃん……」
「おはよう、篤」
篤の目も腫れて赤くなっていた。
「テオは?」
わかんない、と首を横に振る。
どこかに行ってしまったんだろうか、と溜息をつくと階段を降りる音がした。
「ああ、おはよう二人とも」
「テオ、よかった。どっかに行っちゃったかと思って……」
篤がうるうるとまた泣きそうな顔をしていて、鼻の奥がツンとするような感じに、私もか、と苦笑する。
「洗濯物を干していただけだ、今日の朝食はポーチドエッグにしてみたが、どうだった?」
「僕まだ食べてない」
「せ、洗濯物って……」
「ああ、朝の内に洗濯機を回してさっき干し終わったとこだ。……何か不味かったか?」
「何かって、ああ……しまったぁ、忘れてたっ!」
「洗濯籠にあったものは全て洗ったが……洗ってはいけなかったか?」
「ぎゃー、私の下着―っ!」
「ああ、それなら洗濯用のネットというものに入れて洗っておいたぞ」
「なっ、なっ……信じられないっ、女子高生の下着を平気で洗うなんてっ!」
「何をわけの分からないことを……」
本気でわからんと首を傾げているテオを見ていると思わず右手を握りしめてグーを作っていた。
「いやーぁぁぁ!」
気が付けばテオの頬を殴っていた。
しかも二発。グーで。
「痛いなぁ、明」
「信っじらんないっ、このっ、デリカシーのなさっ。変態っ!」
うっかりしていた、洗濯は今まで自分がやってたからそのままだと思っていた。
料理以外にも家の事をテオに任せるって言っていた父さんの言葉が頭をぐるぐるとまわっている。
「わぁあっ、テオのばかーっ!」
思わず駆け出して外に出ていた。
「……何なんだ……」
ぼそりと呟いたテオに篤が気の毒そうな目を向けていた。
取るものも取りあえず外に出て来たが、どうしよう。
服は着てるが、靴は突っかけサンダルだし、財布はない。
ついでに家の鍵もない。
「はぁ――」
頭を冷やせば決してテオのせいではないのは分かっている。わかっているが感情が付いてこない。
「困ったなぁ……」
謝るべきなんだろうか、謝るべきだよなぁ、と公園のブランコに座って本日何度目かの溜息をつく。
「あの……グーテン……いえ、こんにちは?」
顔を上げると、見たことのない美少女がそこに立っていた。
銀の髪が毛先でくるんとカールをしてて、フリルのついた黒いワンピースを着ている。ゴスロリ、というのだろうか黒いフリルのたくさんついた服は裾がふわりとしていて、黒いレースの付いた日傘がとてもよく似合う。
声は、鈴を鳴らすような声というのはこういう声だろうか、と思わず見惚れてしまった。
「あの……?」
見つめ過ぎただろうかと小首を傾げる姿に気づいて、にっこり笑い返す。
上手く笑い返せたかどうかはこの際問題ではない。
「今の時間ならおはよう、かな。可愛いお嬢さん」
いや、本当に可愛いんだ。お人形のようなつぶらな瞳は赤っぽい茶で、銀の髪には黒髪が一房メッシュのように混ざっていた。
持っている日傘も黒のレースで、本当にアンティーク人形のように可愛かった。
そんな彼女がくん、と私の匂いを嗅いでにっこりと笑う。
「兄さまを知っていますね? 私の名はフローラ・フォン・ブランデンブルグと申します」
「あ……ブランデン……ああっ、テオの妹さん?」
美形の妹はやっぱり美形なのかーと嬉しくなった。
「貴方は……?」
「私は梶木明、テオなら家で……」
言いかけた言葉が途切れる。
風が吹いたようにゆらりとフローラの髪が揺れて、私の手に彼女の小さくて白い手が重なる。
その小さな手はとても冷たくて、身に覚えのある冷たさに身体がぞくりとする。
「テオ兄さまを愛称で呼んでいいのは私だけですわ」
「え、あーそう言われても……」
テオって呼ぶように言われて家族全員がテオ呼ばわりですが。
「……テオ兄さま……なぜ……」
いや、何故って言われてもなーと思いながら立ち上がって、妹なんだし連れてくかと置かれていた手を握って促そうとする。
「テオなら家にいるから……」
一緒に来ない、という言葉が途切れた。
冷たい、冷たい、冷たいってば――!
「え、と手、離してもいいかな? ちょっと冷たくて……」
美少女の手は握るのとか隣を歩くのは嬉しいけど、それ以上に冷たい、冷える。
「姉ちゃーん」
手を離したいなと思っていたら、篤の声がした。
ご飯の途中だったから呼びに来たのかも知れない。
「姉ちゃん、何してんだよ……その子は?」
視線は私じゃなく、フローラにくぎ付けで、こいつも可愛い女の子には弱いなと見て取れる。
「フローラちゃん、テオの妹さん」
「こ、こんにちはっ、僕篤ですっ」
緊張しまくった声がして、わが弟ながら可愛い、と思う。
「フローラ・フォン・ブランデンブルグ……」
歳も近そうだからか、私に向けた瞳より、篤に向けた瞳のが柔らかく見えるような気がする。
「え、と……もうすぐもっと日が高くなるし……そのよかったら家に……テオも居るし」
ああ、そっか。テオの妹ってことはこの子も吸血鬼なんだ……よね?
篤に頷いた彼女に手を差し出して家に案内する篤を見て、春が来たかなとにやりと笑う。
「まぁ、先は難しいかもしんないけど、がんばれ弟よ」
そういう自分の春もまだまだなんだけどな。
家に帰ると先についていた篤が居て、フローラちゃんはテオにべったりくっついている。
振られたのか、篤……?
「お帰り、明。公園でフローラに会ったんだって、私の妹なんだ、ありがとう」
いえ、どういたしまして。ちょっと手が冷たくて怖かったりしたけど、無事に会えてよかったです。
「うん、よかったね」
そのままだった朝食の続きをと私はダイニングキッチンのテーブルについて、すっかり冷えたポーチドエッグを口に運ぶ。冷えていてもとろりとした黄身が美味しい。
朝食をすっかり片づけて、自分のと篤とテオとフローラちゃんに紅茶を淹れる。
確かテオは薄いの、フローラちゃんは……テオと同じでいいか。
とりあえずはカップ四つに紅茶を淹れて持っていくことにした。
「えーと、話は進んだりしてる……のかな?」
「いや、何も言わないんだ」
兄さんに、つまりテオに会いたかったんじゃなかったのかな?
会話が弾むどころかしーんと静まり返っていて、篤も肩をしょんぼりと落としている。
こういうのは苦手だ。
このまま私たちが一緒にいてもいいんだろうか、でもここ私の家だしなぁ。
困った、思わず腕を組んで溜息をついてしまう。
父さんは今日は休みじゃないから居ないし。
「フローラ、少し離れて……」
テオがくっついて離れないフローラちゃんの手を叩いて頼んでいるが、フローラちゃんは嫌々をするように頭を振って、テオから離れようとしない。
いやぁ、美形の兄妹の仲睦まじい図って、癒されるよねぇ、本当に目の保養になる。
テオには銀の、フローラちゃんには黒の、色は逆だけどメッシュが一筋入ってる髪も本当に光に当たるとキラキラして綺麗だなぁ。
テオは黒髪がベースで銀メッシュ、フローラちゃんは銀髪がベースで黒メッシュ、この正反対の色をしてるっていうのもいいかも知んない。
「あ、お茶入れたし、飲んで落ち着いたらどうかな?」
こくん、と可愛く頷いてフローラちゃんがティーカップを手に取った。
いやぁ、美少女ってお茶飲むのも絵になるなぁ。……まぁ、お茶はティーパックの安物なんだけど、それしか見当たらないし、しょうがないよね。
「……缶入りの茶葉が棚にあったと思うんだが……」
紅茶を一口飲んだ後、テオがぼそりと口にした。
「え、そんなのあったかなぁ?」
「賞味期限は過ぎていたが、未開封のままの茶缶があった。金色のやつだ」
賞味期限の過ぎた……もらいものかな、しかしよく知ってるなぁと思いながらも、そんな缶の茶葉があったとしても、上手く入れられる自信なんかない。
「茶葉で入れる紅茶なんて私知らないよ」
そうテオに言ってみる。
「……紅茶も淹れられないのか、……すまなかった」
呆れたように謝る言葉に心がこもってないとカチンとしたが、ここは素直に頷いて置こう。妹ちゃんもいるし。
「そんな風におっしゃるなら、テオ兄さまが淹れて下さったら良かったのに。私もテオ兄さまの紅茶が久しぶりに飲みたいですわ」
「……分かった、淹れなおしてくる。……淹れてくるから手を離してくれないか?」
「私も飲みたいっ、ミルクと砂糖いっぱいの紅茶」
「ぼ、僕もっ」
二人を見ながらも箸を動かして朝食を食べていた篤と私が同時に言っていた。
「……わかった」
結局人数分の紅茶を淹れに行くテオ、湯を沸かすのに少し時間がかかるかな、とこっそりフローラちゃんに話しかけることにした。
「あのね、フローラちゃんはお兄さんと【同じ】なの?」
日傘をさして黒ずくめなので彼女も吸血鬼なのかと聞いてみる。何も言わないが篤もそこには興味があるみたいだ。
「同じ、とは……人種のことでしたらそうですが、他に?」
お兄さん以外にはちょっとばかりツンツンしててこれが世に言うツンデレなのかとドキドキする。
ツンデレの銀髪美少女かぁ、なんかいいなぁ。髪ちょっと弄らせてくれないかなぁ。
クルクルした巻き毛をツインテールにとかしてみたいかも。
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状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
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