吸血鬼が家政夫

碧島 唯

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家政夫一日目は白米で始まった

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 テオが家に家政夫として住む事になった初日の朝になった。
 いつものように起きて学校に行く用意をしてからダイニングキッチンに行くと、そこには温かな湯気の立つ味噌汁に、白いご飯、卵焼きとサラダが並んでいた。
「おはよう、明」
「おはよう、テオ……、すごい、炊き立てのほかほかご飯だー久しぶりだなぁ」
 思わず涙が出そうになって、声が擦れる。
「おはようー、姉ちゃんにテオ」
 まだ眠いのか目を擦りながらパジャマ姿の篤が起きてきて、そのまともな朝食風景に感動したのか身体を震わせている。
「い、いただきます……」
 とりあえず一口。
「ん――っ!」
「うっ、うっ、うっ……」
 美味しい、白い炊き立てのご飯がこんなに美味しいなんて……。
「美味しいよぉ……」
「美味しいねぇ、姉ちゃん……」
 姉弟二人して、涙ぐみながら食べていた。
「やだなぁ、君ら泣きながら食べるなんて……今までどんな食生活してきたんだい?」
「炭みたいな野菜炒めに消し炭みたいな肉、味のしない焼き飯、酸っぱいだけの豆腐……それにコンビニ弁当に弁当屋の、代わり映えしない弁当に外食……えっ、くっ、母さんの朝ごはん見たい……うわぁん……」
「篤、泣かないでよ……あんたが泣いたら私だって……うっ……」
 泣きながら食べていて、卵焼きがちょっとしょっぱかったけど、今までの味気ない出来合いやダメにした食材に比べたらそんなこと大したことじゃなかった。
「えーっと、父君はもう出かけたから。食べ終わったら水に浸けて置いて、それじゃ……三時間くらい寝るから……行ってらっしゃい、おやすみ……」
 ふわ、と欠伸をしながら台所――というか、キッチンにテーブルと椅子があるダイニングキッチンからテオは出て行った。
 昨日の今日だし、時差もあるだろうし、それなのに今朝早くから買い物して朝食の用意をしてくれただろうからあまり寝てないんだろうな。
「美味しいねぇ、姉ちゃん」
「うん、篤……」
 テオがいなくなっても私たちはまだ泣きながら食べていた。

 学校の授業が終わってから、私は本屋に居た。
「えー、と……あ、これだ」
 本棚から一冊の本を取り出すと中をパラパラとめくり、目当てのものがあるかを確認した。
 本のタイトルは「お菓子とパンのレシピ集」、食べたいお菓子があって、昨日の話と朝食の様子ならお茶のこさいさい~と作ってくれるんじゃないかな、なんて思って顔がにやりとしてしまう。昨日ケーキも作ってくれるって聞いたし。
 希望としては本のお菓子全部だけど、取りあえずは一ページ目のお菓子からと思い、レジで精算を済ますとそのままスーパーへ向かう。
「本にある材料も用意しないと作れるって言っても今日はムリだよねー」
 そう、出来れば今日のおやつ、もしくはデザートに作って欲しい。
 スーパーで本を見ながら材料を籠に入れていく。
「えっと……薄力粉に牛乳と……これ何、売ってんの?」
 店員を捕まえて聞こうと思ったら、ちょうど近くに客に説明している姿を見つけた。
「――だから、売ってる場所は分かるかしら」
「え、と……僕では分からないのでちょっと待って下さいね。すみませーん、主任―」
 アルバイトだし男だから分からないのかな、と応援を呼んでおじさんの店員に手を振って入れ替わりに違う場所に走っていく。
「――そうなのよ、“びっくり水”っていうのが欲しいの」
「はぁ……“びっくり水”ですか……入荷したことない商品ですねぇ……」
「あら、無いの? 困ったわねぇ……」
 話が聞こえて、そういう商品があるのかすごい名前だなーと思っていたら、後ろの方で肩を震わせている隣の高木のおばさんが居た。
「ぷっ、いやそれ違うって……ぷぷっ……」
 何が違うんだろうと思っていると、笑いをこらえながら高木のおばさんが、おじさん店員と客に近づいていき、肩を震わせながら説明しているのを何とはなしに聞いてしまった。
「あんたな、びっくり水て、そんな商品あれへんし!おねぇちゃん、それは素麺とかの沸騰した湯にコップ一杯の水を入れるのにびっくり水て聞いたか読んだかやないか? ぐらぐらした湯に水を入れて沸騰させへんようにするだけやから、その、商品名と違うんよ?」
 え、そうなの?
 説明された二人も、高木のおばさんも笑っていて、なんだか私もおかしくなってくすくす笑ってしまっていた。
 高木のおばさんは少し離れた所にいた私に気づかず、買い物の続きに戻って行った。
 一般常識かぁ、ちょっとかしこくなったぞ。多分私は作れないけど。
 私の探していたものも、おじさん店員に聞くと場所を教えてくれ、無事に手に入った。
……普通のチーズとクリームチーズとこの水の中でたぷたぷしてるチーズの何が違うんだろう……。チーズの棚でひとしきり悩んで、本にあるクリームチーズを籠に入れる。
 普通、なのかなぁ……このチェダーチーズとゴーダチーズの差って何だろう。
「あ、これは分かる」
 青い模様の入ったチーズを手に取って、使用品名を読む。
「ブルーチーズ、だよね」
 合っているのを確認して棚に戻す。
「次はバター……と……、無塩? えーっと……本は……無塩バター……こっちか」
 バターは種類が少なくて、一社の無塩と有塩の二つしかなかったので分かりやすかった。
「あ、バターはおひとり様一個までってなってる」
 二つ買おうとして、張り紙に気づいて手を止める。
「とりあえず、一個あったらいっか」
 足りなくなったらまた買えばいいし、でも棚にそんなに無いな、まぁいっか。
 買い物は揃ったのでレジで精算してレジ袋に詰めようとした。
 そう、買ったのはチーズと薄力粉とバターとベーキングパウダーに牛乳、これでチーズケーキの材料が揃った。本の通りだ。
 うきうきと袋に詰めて帰ろうとすると、何か引っ張られてがくんと止まる。
「え、何?」
「おねーちゃんお菓子ちょうだい」
 にこぉと笑う見知らぬ子供が袋を引っ張っていた。
 何だ、この子、どこの子だろう。
知らない人に物もらっちゃいけませんって親に言われてないのかな。
やだ、スカートに鼻水付きそう、汚いなー。
「な、何よっ、うちの可愛い王子が汚いですってー!?」
「はい?」
 あ、心で思ってただけなのに口に出てたっぽい。
 えーと、反省はするけど後悔はしない、だって鼻水付けられんのヤダ。
「うちの王子がちょうだいってお願いしてるんだから寄越しなさいよっ!」
「えー、知らない人にあげる義理はありませーん」
「きーっ! 何よ、あんたみたいな若いだけの子が生意気よっ!」
「いえ、そんなん言われてもー、大体お菓子買ってないしー?」
「無いなら王子の為に買いなさいよっ!」
「いや、だから何で。つか王子って……ぷぷっ、王子って顔かー」
 うっかりツボに入ってしまってゲラゲラ大笑いしてしまった。
「な、何よっ! 失礼ねっ! 王子ちゃん行きましょう、貧乏人に用はないわっ!」
「いや、人に集る王子ぷっ、ぷぷっ、の方が貧乏なんじゃあ……」
 若そうな母親と、その王子ちゃんの捨て台詞に笑いながら呟くと、なぜか周りから拍手をもらった。
 拍手が恥ずかしくなつて慌ててスーパーの出口に行くと、レジ袋が破かれて穴が開いていた。
 うわ、使い物にならなくされた……。
「明ちゃん」
 名前を呼ばれて振り返ると、高木のおばさんがにこにこしていた。
「やぁ、明ちゃん面白いもん見せてもろたわぁ」
「こんにち……え、いやぁ、その、スーパーってああいう人多いんですか?」
「たまぁに出るみたいやね、袋破けたん? これ使い」
 出るって、そりゃごきぶりみたいな……と思ったけど、袋はありがたく頂戴する。
袋に入れ直すか新しい袋の中に入れようとしたら、レジ袋じゃなく、エコバックだったので、慌てて返そうとすると横に首を振られてしまった。
「ああ、ええねん。エコバックはもろたもんの他に作ったのんもあるし、使いぃな。よかったらそのままあげるし」
「え、でもいいんですか?」
「かまへんよー、他にもあるしな気にせんともろてくれるか?」
「じゃ、じゃあありがたく使わせてもらいますっ」
「うん、おばちゃん明ちゃんとか篤くんみたいなしっかりして家の手伝いもする子は好きやし、お隣さんやしな」
 高木さんは元々は大阪の人で、旦那さんの転勤でここに引っ越して来たらしい。
 だから時々分からない言葉とかもあるけど、基本的に優しいおばさんだ。
 篤は時々飴をもらったりするらしい。
 見かけはなんというか年取った美人のお姉さん? いや、美魔女っていうんだろうか、それなりに年はいってるらしいけど、見かけが若くてよく分からない。
 高木さんはまだ買い物の途中だと言って、飴を一つくれるとスーパーの中に戻って行った。
「何か色々あってつっかれたなー……」
 まぁ、本を渡したら次からはテオがスーパーで材料買うよね、ともうしばらくの間は来ないスーパーの出口で苦笑いをする。

「たっだいまー」
 一応鍵はかけてあるのでドアの鍵を開けてただいま、と言うが、何の返事もない。
「篤もまだなんだ……。テオは……まだ寝てるのかな」
 しょうがないなーと呟きながらダイニングキッチンのテーブルに本とレジ袋を置く。
「お腹空いたなー……」
 いつもと同じように戸棚からお菓子を引っ張り出して、チョコレート菓子を食べる。
「んー、甘くておいしいー」
 スリッパの音が聞こえて、テオが廊下に出て来たと分かる。
「あ、おかえりなさい明」
起き抜けでパジャマ姿のテオが出て来て、その前ボタンがいくつか外れているのに思わず目をやってしまう。
朝三時間ほど寝るっていってたけど、時差とかで疲れたんだろうな、時計は既に五時を指していた。
「た、ただいま」
 うーん、起き抜けでもイケメンはイケメンなんだなぁ……と洗面所に向かうテオをまじまじと見つめてしまう。
「あれ?」
 映画とかじゃ、吸血鬼は鏡に映らないんじゃなかったっけ……と映画のダンスシーンを思い出して首を傾げる。
 鏡に映るヒロインが一人で踊っていて、視点が変わるとちゃんとペアで踊ってたというシーンだ。
「何か言いましたか?」
 顔を洗ってすっきりしたらしいテオがタオルを手にして近づいて来る。
「うん、鏡に映るのかなって」
「はは、映りませんよ、でも起きたら顔を洗って歯も磨きたいでしょう?」
「ああそっか……でも映ってないと不便じゃない?」
「いいえ、顔を洗うのにも歯を磨くのにも、別に自分の顔が見れなくても困らないでしょう?」
「ふーん、そういうもんか」
 分かったような分かってないような、そんな気がするがそんなものかと理解することにする。
「あのね、テオに作って欲しいお菓子の本買って来たよ、この本のお菓子作って欲しいな」
「ああ、昨日チーズケーキって言ってましたね、……とりあえず着替えてきます」

「お待たせしました、おやつを今から……ですか? 夕食の支度の後でも構いませんか?」
「あ、そっか……じゃあデザートに。これ作り方の本っ」
 今日買った本を渡して、材料もここに、と着替えて来たテオにレジ袋を渡す。
「明……、何で買ったまま冷蔵庫に入れないんですか。ああ、バターにチーズ……牛乳までっ! 要冷蔵って書いてあるでしょう?」
「え、あー……そうなの? ごめーん」
「次からは気を付けて下さいね」
「はーい」
 イケメンだけど、ちょっとうるさいな、こいつ。
「ただいまー」
 そうこうしてる間に篤が帰って来た、手に何か包みを持っている。遊んで来たんじゃなくて買い物してたのかな。小学生にしては帰宅時間が遅かったもんね。
「テオっ、これ僕から」
 玄関にランドセルを置いてそのままとてとてとテオの側に行き、包みを差し出す。
「私に、ですか?」
「うんっ、テオにプレゼントっ」
 おお、篤も嬉しそうだけど、テオも嬉しそうに笑ってる。眼福ってやつだなぁ。
「赤い……布?」
 包みからは厚めの赤い布が出て来た、綺麗な赤で、赤っていうより紅というか濃いめの黒の少し入った赤、という色をしていた。
 黒ずくめのテオには派手なんじゃあ……。
「それね、腰に巻くエプロン。使ってくれる?」
 小首を傾げてテオに聞く篤。わが弟ながら可愛い。
 テオはというと、丹精な顔が夕日のせいでなく赤く染まっているようで、イケメンの照れた顔はそれはもう拝みたくなるくらいだった。携帯で写メっとくべきだろうけど、携帯は鞄の中で、今からじゃあ遅いかも……。
「ありがとうございます、篤……大事にします」
 なんか絵になるなぁ、と黒ずくめの服の上にエプロンを巻き付けるテオを見て、ちょっと顔がにやついてしまった。
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