虎と僕

碧島 唯

文字の大きさ
3 / 39

 夏休みは海へ前編――3

しおりを挟む

 うちの七番目の家族の虎、子供の頃からだから、猫としてはもう結構いい年になっているはずだ。身体の模様がシマシマのトラなので虎、と名付けられた。
 そして、虎と僕の間の秘密が一つあった。
 実は僕にはちょっとした霊感があって、なぜかしゃべるようになった虎と話が出来るようになっていた。
 僕の霊感だってちょっとした、でたいした事はない。ちょっと視えるだけの能力で何の役にも立たない。これはまぁ、小さい頃からで家族は既に知ってる事だ。
 けど、虎と話せることは誰にも言ってない。虎がそのほうがいいって言ったからだ。

『ん、冬樹、旅行にでも行くのか?』
「うん、夏休みに友達と遊びに行こうって、多分海かな。
 で、うちの姉たちも一緒にって誘われててさ……」
『なるほどな。
 別に、食事と水さえ用意しておいてくれれば、留守番でも一行に構わんぞ』
 さらりと言いおいて、涼しい場所を探しに行く虎を見送る。
 虎はそう言ってくれるけど、やっぱりなぁ。
 ……ペットホテルか、いっそ連れて行くか……。
 それとも、猫でも人間ドックみたいな泊まりの健康診断とかあるだろうか?
 明日、東堂に猫を連れて行っていいか聞いてみよう。
 犬を海に連れていく人もいるんだし、猫を連れて行ってはいけないってこともないだろう。
 まぁ、宿泊する場所がペット可だったら、の話なんだけど。


 翌日、教室に入るといつもは始業ギリギリで来る東堂が珍しく居た。
「おはよう」
 声をかけると、僕に気付いた東堂がひらひらと手を振ってくる。
「あのさ、海の話なんだけど──」
「それは、また後で。
 他のヤツラに聞かれるとちょっとマズい」
 口元でひとさし指を立てる東堂。
 クラスの皆には秘密の企画だったらしい。
 それもそうか、【クラス一可愛い委員長参加の旅行】なんて、知られたら参加者が続出するか、僕らは袋叩きになりそうだし。
「分かった、昼休みに屋上で──いいよな?」
「了解っ」
 東堂の、敬礼めかした右手の動きに笑いそうになってしまう。
 が、ここで笑い出すと目立つので──耐えた。
 授業の間、ふと思い出しては笑いそうになって、いい加減耐えるのも限界じゃないだろうかという頃に昼休みのチャイムが鳴った。
 夏海特製弁当を持って、東堂に先に行くとジェスチャーしてから教室を出て階段に向かう。
 久しぶりに来る屋上は、空に雲が適度にあり、影が広がっていて、それなりに過ごしやすくなっていた。
「おー、風もあって気持ちいいかも」
 屋上にあるベンチに座っていると、風が当たって気持ちいい。
 東堂が遅れてやってきて、ふと誰も居ない屋上で男二人のランチって、ちょっと寒い図だなと思ったが、それは仕方ないかと諦めて二人でベンチに座って昼食を取る。
 卵焼きをひとつ取られてしまったが、それは虎の事を話すのに我慢することにした。
「あのさ、東堂。
 今度行く海の……コテージだっけ?
 あれってさ、ペット連れてくのってありかなぁ」
「ペット? んー、ちょっと待って」
 東堂がスマホを出して何やら読んでいる。
「あー、大丈夫かも。
 ただし、犬はコテージ内には入れない事って書いてある」
「……猫は?」
 東堂が更に携帯に目を向ける。
「猫は……と、トイレを管理事務所で借りて──、後始末をちゃんとしたらOKみたい」
 東堂がコテージの規約をスマホで読んで教えてくれるには、どうやらペット可らしい。
 これであとは、虎を連れて行っていいかを聞くだけだ、虎一人……いや、一匹を留守番には、なるべくならしたくない。
「で、どうして犬猫可かどうかを気にするんだ?」
 来た、これで切り出さないと話が進まない。
「あのさ、東堂。
 実は──姉二人共参加OKなんだけどさ、そうなるとうちの猫の世話をする人が居なくなるんだ。
 うちは今、僕と姉二人で暮らしてるわけだから──」
「ああ、そっか。
 お前の家って、親父さんたち海外だっけ?」
「うん……それでうちの猫、連れてっても構わないか聞きたくてさ……。
 で、どうかな……うちの猫、聞き分けはいいし、大人しいんだけど」
 僕が言った途端に東堂が吹き出した。
「聞き分けいいって、なんだよそれ、犬みたいだな」
 う……、まぁそうだよなぁ……。
 普通は猫に聞き分けがいいとかって言わないだろうし。
「いいんじゃないか?
 委員長と紫藤さんが猫嫌いとかアレルギーとかないか聞いてみるよ。
 俺は、猫好きだよー、ふかふかして柔らかいし」
 いや、うちの虎は、男はどうでもいいらしいから、東堂に懐いてってのはまずないだろうと思う。
 けど、それは別に今言わないでもいいよな、うん。
「助かるよ、東堂」
 礼を言っていると、まだ残っていた弁当のから揚げを取られてしまった。
 代わりに東堂の弁当から何か取ってやろうかと思ったが、男二人で弁当のおかずの取り合いとか……やっぱりちょっと寒い図なのでやめた。
 予鈴が鳴って、そろそろ午後の授業が始まるというので弁当を片付けて、教室に戻る準備をしていると、女の子が二人、僕らの方をちらちらと見ながら気まずそうに、そそくさとドアから出て行った。
 ひょっとしたら、誰も居ないと思ってたのに、先客が居たんだろうか、そして、おかずの取り合いを見られてた?
 何だかなぁ、ともやもやした気持ちのままため息をついて、知らない女生徒だし、まぁいいかと思うことにした。
 あ、忘れないうちにこれも言っておかないと。
「そうそう、東堂。
 夏姉がさ、車出してくれるって。
 行き先の住所とか地図とかあったら早めにくれると助かるよ」
 「まじ?
 ラッキー!
 電車で行かないで済むなら、こっちこそ助かる!
 でも、いいのか?」
「うん、夏姉から言い出した事だし。
 ただ──車は派手だから、覚悟しといてくれ。
 その代わり、荷物は十分乗るから」
「へぇ、それは便利だなぁ……。
 お姉さんにお礼言っといてくれよ」
 確か、あの車なら3列シートで更に後ろに荷物が置けて、いざとなったら屋根にもおけたはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...