虎と僕

碧島 唯

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 夏休みは海へ前編――4

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 放課後、委員長が僕の机に来て、ぽんぽんと肩を叩く。
 途端に周りの男共の視線が一斉に向いて、注目を浴びる。
「何、委員長?」
「あのね、城見くん。
 帰りにちょっと付き合ってもらっていい?」
「えっ?
 う、うん、いいけど、何?」
「あ、付き合ってじゃなくて、お家にお邪魔してもいい?」
「へ?」
 委員長の言葉に、いやに間抜けな声が出てしまった。
「お姉さんにお礼を渡してもらいたいし、その……猫ちゃんに会わせて欲しいなって」
 ああ、車の件と、猫か。
 びっくりした、寿命が縮まったかと思った。
 それにしても、猫に合わせてって言う委員長の、少し赤くなった頬が照れているようで可愛い。
「ああ、それなら大丈夫、夏姉も今日は午前中で帰って来てるはずだし」
「よかった。
 じゃあ、途中でお土産買うから寄り道してね」
 ぽんっと両手を叩く仕草に見惚れそうになり、くるりと背中を向ける委員長のスカートの裾がひらりと翻って、胸がどきりとする。
 話が終わると教室がざわざわしていて、気のせいか、やけに背中が痛かった。
 僕が委員長と一緒に帰るのに気付いた奴らの視線が、突き刺さって、何であんな奴と、とか言う声まで聞こえる。
 いや、別に僕目当てってわけじゃないし!
 委員長は家の猫と姉に会いたいだけで──。
 でも、誤解を解く為に何故かっていうのを言えば、更なる嫉妬を産みそうだし──。
 とりあえず、自然に、あくまで自然に、たまたまだという感じで振舞おう。
 教室から出るまで視線が痛かったが、さすがに廊下を曲がるとそれも無くなった。

 家は学校から近いのだが、委員長の言われるまま遠回りの道を二人で歩いて、つかず離れずの距離が妙に緊張する。
「あ、城見くん、あの店。
 あの店のチーズケーキが美味しいのよ」
 何やら可愛らしい外観の店に、僕の返事も待たずに委員長は入って行き、ぼんやりと待っていると、楽しげにケーキの箱を持って出て来た。
「城見くんのお姉さん、チーズケーキ好きかなぁ?」
「うん、好きだな。
 というか、嫌いなケーキがあるって聞いた事が無いよ」
 姉だけでなく、僕も虎もチーズケーキは好きです。
 ──聞かれてないけど。

 校門を出てから、遠回りのケーキ屋を経由して、家に着いた。
 委員長を伴ってドアを開けると、珍しく虎が向かえに来ていた。
「きゃあ、可愛いっ!」
 中に入った途端に目に入った虎に、委員長が喜んで手を伸ばす。
 その手に、躊躇なく擦り寄る虎。
 相変わらず、女の子が好きだよなぁ……。
「わぁ、綺麗な目……黄色……ううん、金色?」
 擦り寄る虎に気をよくした委員長が、虎を抱き上げている。
「おかえり……って、お客さん?」
 玄関に出て来た夏海が、虎を抱いている委員長を見て驚いた声を出す。
「ただいま、夏姉。
 今度の夏に、一緒に海に行くメンバーの一人の委員長。
 委員長、うちの姉の夏海」
 とりあえず紹介をする。
「こんにちは、初めまして。
 クラスで一緒の相澤真奈美です。
 夏の旅行では、運転もしていただけるということで、お礼とご挨拶に来ました」
 よくよく考えたら、そういうのは企画の東堂がするべき挨拶じゃないんだろうか。
 さすが委員長というか、なんというか。
「相澤さん、よろしくね。
 ここじゃ何だから、奥にどうぞ」
 委員長に客用のピンクに花柄のスリッパを用意して、上がってもらう。
 委員長は片手に鞄とケーキの箱、片手に虎を抱いている。
『冬樹、彼女か?』
 虎が委員長の腕の中から振り返ってにやりと笑うのに、首を横に振る。
 リビングの横を通ると、既に和気藹々と二人が話していて、僕が居なくてもいいんじゃないかという雰囲気をかもし出している。
 まぁ、もともと委員長は僕の客として来たというよりは、姉と虎の客だから別にいいか、とそのまま部屋に行くことにして階段を上る。
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