虎と僕

碧島 唯

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 夏休みは海へ前編――5

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 宿題と予習も終わって、コーヒーでも飲もうかと一階に下りると、そろそろ日も落ちそうな頃合になっていて、リビングを覗くと秋音が帰って来ていて、委員長と3人で仲良く話し込んでいた。
 虎は、といえば、既に委員長の膝も飽きたのか、床で寝そべっていて、僕に気付いて近づいて来た。
 僕の足元をするりと抜けて、階段に足をかけて振り返る虎。
 つまりは僕に、上に行くぞ、というように合図された。
 器用に階段を上っていく虎の後ろから、降りたばかりの階段を上って、部屋に戻る僕。
『冬樹』
 ベッドの上に身体を落ち着かせながらの虎に呼ばれる。
「何?」
『あのお嬢さんが海に行くわけだな』
 しばらくリビングで話を聞いていた虎に頷く。
「あと、女の子はもう一人、虎の好きそうなキリッとした美人さんが行くよ。
 それと僕の友達の東堂」
 虎は意外に気の強いタイプが好みらしく、それは胸の大きさに勝るらしい。
 抱かれるのは無条件に胸の大きさだが、それと性格の好みはまた違うのだという。
『そうか。
 それは楽しみだな』
 そう言うと、僕のベッドの上でごろんと横になってしまう。
「虎?」
『女たちの姦しさに疲れた、ちょっと寝かせろ』
「あはは……わかった」
 どうやら虎は僕に用があったわけではなく、ただリビングから逃げ出して、落ち着きたかっただけらしい。
 再度下に下りると、今度はちょうど話が終わった所らしく、コーヒーを入れてる匂いがした。
 何をまだ話すことがあるんだろう、とか思いながらリビングに顔を出して、僕にもコーヒーを、と頼もうとした。
「姉さん、僕にもコーヒー……」
 時間が止まりかけた。
「え?」
 僕の家のリビングで、何で委員長が水着になってるんだ?
 いや、委員長だけじゃない。
 夏海と秋音もリビングで水着になっていた。
「……何やって……」
 ぽつりと口に出た言葉に、一番早く反応したのが秋音だった。
「冬樹―っ!」
 スパコーンといい音がして、秋音にスリッパで殴られた。
「痛い……」
「あったりまえだーっ、痛いように殴ったんだから!
 ──とりあえず、出てけ」
 僕を殴って、少しは落ち着いたような秋音に言われ、リビングから出て廊下に座り込む。
 まだ頭がズキズキと痛い。
「……びっくりしたなぁ……」
 はぁ、とため息をついて何があったのかを考えていると、ふいにさっき見えた委員長の水着姿が頭をよぎり、かぁーっと顔が赤くなっていくのが分かった。
 ……意外に委員長って胸大きいんだな……。
 夏海と秋音の水着姿も本当に久しぶりで、実の姉ながら、夏海のあのビキニは青少年には目の毒だろう。
 それに引き換え秋音は一瞬競泳用かと思うようなシンプルなワンピースで、夏海の横に並ぶと哀れさを誘う──特に胸のあたりが。
 でも、何で委員長がうちのリビングで水着になってたんだろう。
 今日はケーキ屋しか寄り道してないし……。
 あんまり気になったのでリビングに向かって声をかけてみる。
「委員長―、その水着どうしたの?」
 声をかけた途端にまたスパコーンと頭の上でスリッパの音がした。
「今日バーゲンで買ったのを試しに試着してみるかって誘ったの!」
「あ、あのお姉さん……あまり乱暴な事は……」
 顔を上げると秋音が居て、ちょっと離れた場所から委員長のおずおずとした声が聞こえてきた。
「……秋姉、水着何着買ったの?」
「二人で4着」
「……そんなに着ないだろ……一泊かそこらだし」
「いいじゃないの、可愛いのたくさんあって選べなかったのよぉ」
 夏海の声がして、僕の前にコーヒーカップが差し出される。
 ああ、部屋で飲めってことね……はいはい、お邪魔さまでした。
「ありがと、じゃあ部屋に戻るよ」
 極力後を振り向かないようにして、階段を上り部屋に戻ると、さっきの騒動が聞こえていたのか、虎が面白そうだなという顔でベッドに座っていた。
『騒がしかったな、冬樹』
「……なんかさ、皆で水着の試着してたみたいで、秋音に二発殴られた……」
 まだ後頭部がちょっとヒリヒリしてる。
『ご愁傷さま。
 で、どうだった?』
「どうって?」
 虎が何を聞いてるのか分からなくて、床に座って、覚めないうちにコーヒーを飲もうとする。
『誰の水着姿が一番だったかって事だ』
「──っ!」
 思わずコーヒーが器官のどこかに入ってしまい、げほげほと咽て何度も咳込んでしまう。
 口に含んだコーヒーが少量だったのが救いだ。
「と、虎っ、咽たじゃないか……」
 漸く息がつけるようになって、虎に文句を言う。
『何を驚いている?
 で、誰だ?
 委員長さんか、それとも夏海かね?』
 なぜか名前も出されない秋音がちょっと不憫に思えた。
「虎……、実の姉が一番だとかいうのは人としてどうかと思うよ」
『ふむ、では委員長さんか。
 それは旅行が楽しみだな』
 ぐ、と言葉に詰まった。
 旅行は楽しみだ、それは嘘じゃない。
 それに、海がいいと……いったのもそりゃあ僕だって男だから、可愛い女の子の水着は……嬉しくないとは言わないし、見てみたい。
「……まいったな……、そうだよ。
 昨日よりもっと楽しみになったよ」
 虎には負ける。
 本音を言えば、さっきのリビングを見て、すごくわくわくしてるし、海で委員長の水着姿を見られるのはすごく楽しみになった。
 ──もちろん、本人には言えないけど。
「あ、言い忘れてたけど、虎も連れて行っていいってことになったから」
『ほう、それは僥倖。
 さぞかし目の保養になるだろうな』
 ……虎、その言い方はオヤジ臭いぞ。
 まぁ、どうせ僕にしか聞こえないけど。
「だから虎の持っていく物も用意しないと。
 缶詰かドライフードと、あと何がいる?」
 水はペットボトルでいいし、とかトイレ用のシートが何枚いるか、とか考えていると、ベッドから降りてきた虎の肉球が太腿に置かれた。
『浮き輪みたいなものがあると嬉しいんだがな。
 そうだな、別に浮き輪でなくても水に浮かぶものならそれでいい』
 小さいボートかビーチマットか、ビニールのシャチとか可愛いかも。
 ……ビニールのシャチに乗る猫……可愛いかも。
 そんなのなら、ホームセンターとかで手に入りそうだ。
 ペット用のは高いから、人間用ので何とかなるだろう。
「わかった。
 近い内に見てくるよ。
 水に濡れないように水に浮けるのがいいんだよな?」
『ああ、頼む』
 虎も猫だから、水はあまり好きじゃない。
 浮き輪よりはビーチマットみたいな、あれだ、海が透けて見れて、寝転べるあのマット、名前は知らないけど、それがあるといいなぁ。

 すっかり醒めてしまったコーヒーを飲み干して、空になったコーヒーカップを持って下に降りると、既に委員長は夏海が車で送って行ったらしく、もう居なかった。
 せっかく家に来てくれたんだから、帰りくらいは送って行こうと思ってただけにがっかりしてしまった。
 ……夏海のバカ……。
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