虎と僕

碧島 唯

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 イケメン女子高生とストーカー――2

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「城見くん」
 鈴を振るような耳に優しい声に、待ち人来ると書かれたおみくじを思い浮かべて、教室の入り口の方に振り返ると、制服ではなく、テニスのラケットを片手に持つスコート姿の、見知らぬ綺麗な女生徒と、残念ながら制服だった委員長とが居た。
 座っていた机から降りて、相談に嫌そうな顔だとか、疲れたような顔をしないように気をつけながら、ちゃんと身体ごと向き直る。
「委員長、……と、お友達だったよね」
 委員長の後ろから遠慮がちに出て来るスコートの女生徒の姿にも声をかける。
 委員長の友達は、とてもテニスをしているような人に見えない気がしてしまう。
 背が高めで、髪はショートカットの明るい色、外見で判断するのもどうかと思うが、どうみても気弱な大人しいタイプには見えないのだけど……。
 委員長の後ろにおずおずといった雰囲気で立っている彼女の姿は……どう考えても見掛けのイメージと違うような気がする。
 凛とした、という表現が似合いそうな顔立ちなのに、俯き加減で視線を合わそうとしない彼女の態度は、内向的な、怯えるウサギのような引っ込み思案のようにしか見えない。
「は……じめまして。
 実はこの写真を撮ってから、いつも誰かに見られているような感じがして、怖くて怖くて……」
 ……名前を聞く前から相談の中身を言われてしまった。
 意外にせっかちなんだろうか?
「あ、あのね、城見くん、この子ったらすっごく霊とかそういうの苦手で、最近は夜も見られてるような視線が気になって眠れないんだって」
 彼女をフォローするように委員長が言い、その言葉にスコートの彼女が隣でこくこく頷いている。
「毎晩、同じ時間に窓の方から音がして……それもうめき声みたいな、苦しそうな息とかがして……」
 その時、ちょうど窓にサッカーボールが飛んで来て当たり、割れなかったけどガシャンと大きな音がした。
「きゃあっ!」
 その音に声をあげて、しゃがみこむ委員長の友達の姿に、よっぽど怖いんだなと思いながらとりあえずはその原因の写真を見ようと手を差し出してみる。
「え、と……とりあえず写真を見せてもらってもいいかな」
 彼女はどれだけ見たくないのか、写真を裏返しにしたまま端っこを親指と人差し指で摘むようにして僕に渡して来る。
 写真を受け取りながら、なんというか……その、汚い雑巾を摘んで渡されているような気分になってしまい、写真なのに雑巾でも受け取った気持ちになってしまった。
 渡された写真を、表に無造作にひっくり返してみると、三人の女生徒が高校の制服を着て、笑っている写真で、目の前の彼女が一番左に写っていた。
 どこに霊が、とまじまじと写真を眺めて、ふと違和感に気付く。
 何がひっかかるのか、何に違和感を感じたのか、ゆっくり視線を這わせていき、ひとりの女生徒の肩に置いた手がひとつ多いのに気が付いた。
「ん?」
 委員長と彼女の二人が何かを言いたげに僕を見ているのは分かっていたが、今ここで目を離すと見つけられなくなってしまいそうな、そんな気がして写真の【手】をしばらく見つめて、その手が単なる写り込みや光の加減ではないことに気付く。
「……本物、の心霊写真だ。
 けど……おかしいな」
 そう、本物の霊で、何かあるなら、この肩を置かれている真ん中の女生徒ではないのか、と思わず首を傾げながら、何かこう、心霊写真にありがちなものとの違和感を探していて、【手】が肩を掴んでいるのではなく、ピースをしているのに気づいて噴き出してしまった。
 噴き出した僕を見ている二人に何でもないと堰き込みながら、大した心霊写真ではないけど、違う意味でレアな写真だなと思いつつ、顔を引き締めて写真から顔を上げる。
「普通こういった写真に写ってる霊だと、こっちの真ん中の人に何かあると思うんだけど、何で……えーと……あなたに?」
 そういやまだ名前を聞いてない、と名前を呼ぼうとして間の抜けた問いかけになってしまった。
「あ、すみません、私、相澤さんと同じテニス部の、紫藤響子といいます。
 そう……ですよね、普通なら真ん中の……ナカちゃんに、なのに……どうして私ばっかり……」
 謝りながらおずおずと、遠慮がちに名前と写真の説明をしてくれる紫藤さんの目から、涙が零れ落ちそうになっているのを見て、泣き出してしまうんじゃないかとドキっとした。
 綺麗な人の涙って、どんな理由でも絵になるよなとか思って、そうじゃないってと自分に突っ込みを入れつつ意識を元に戻す。
 どうやら問題になりそうなナカちゃんとか言う真ん中の人ではなく、紫藤さんだけに霊障らしいものがあるらしい。
 このレアな【笑える心霊写真】にそんな霊障があるんだろうか。
「毎晩音がするのはこの写真を撮った後から?」
 いつからだったのか、はっきり覚えてるだろうか?
「……多分……」
「じゃあ、この写真を撮ったのは何時、何処で?」
 場所に問題があって、たまたまだろうか、それとも──憑いてきてしまったのかを考える。
 もし、そうなら僕ではどうにもならないから、秋音の手を借りることになる。
 この笑える心霊写真からは起きそうにないと思えるのもあって、とりあえずは紫藤さんが納得するように霊の仕業だったらという仮定で進めてみよう。
 それでどうにかなる解決・納得・安心となったらいいんだけど。
「確か……皆で母校の中学校に挨拶に行って、その時に記念にって学校の敷地内で撮ったと……」
「……仕方ないな……、今晩か都合のいい時に、紫藤さんの家に行かせてもらってかまわないかな、それでちょっと様子を見てみたいんだけど。
 ……あ、家の中にも、部屋にも入れてもらわなくてもいいから」
 窓の外に聞こえるっていうんだから、家の側でその時間見張ればいいか。
 さすがに、同い年の女の子の部屋に入らせてもらうのは……気まずいし。
 それで万が一、危害のある霊だったら秋音に来てもらって……。
「じゃあ、今晩お願いします!
 本当に、毎日毎日……怖くって……」
 泣きそうな声の紫藤さんの肩を、委員長が抱いて宥めている。
 女の子が目の前で泣くとか、可愛い子がとか、そういうのを抜きにしても、何も出来ない分、僕には居心地が悪い。
 美少女が二人で慰めあってるとか、アニメとかマンガとかならいい場面なんだろうけど。
 生憎僕にはそんな趣味はない。
「じゃあ、夜に、またということで。
 委員長、あとで詳しい住所とかメールか電話で頼むよ」
 そそくさとカバンを手に、教室から出て行こうと彼女たちに背を向ける。
 ふいに、背中に誰かの視線を感じたような気がしたが、振り向けば泣いてる紫藤さんが目に入ってしまうかも知れないから、気のせいだとそのまま廊下に出て帰ろうと足を向ける。

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