虎と僕

碧島 唯

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 イケメン女子高生とストーカー――5

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 午後十時少し前、委員長の送ってくれたメールの住所の場所に到着する。
 紫藤さんには僕の携帯を委員長が教えてくれているということなので、このまま家の周りを歩いて様子を見てみることにした。
 怪しい視線か音を感じたら電話が来ることになっているので、携帯はマナーモードにする。
 霊とかではなかった場合も想定して、気付かれないように音は出さない。
 電気の点いていた部屋の中で、一階にある花柄のカーテンの部屋が紫藤さんの部屋、そこがよく見える場所から少し離れ、そこから見えないように電信柱の陰に姿を隠す。
 一分、二分──五分、待っているとポケットの中で携帯が震えた。
「はい──城見です」
 極力声を抑えて電話に出る。
『城見さん、今いつもの視線を感じました』
「わかりました、見て来ます。
 携帯は切らずにそのままで様子を聞いていて下さい。
 じゃあ、お願いします」
 携帯を胸ポケットに入れて、紫藤さんの部屋がよく見える場所に足音を立てずにそっと近寄って行く。
 角になったそこに、あと数歩という所で気付かれたのか、砂利を踏む音がして、走り出そうとする足音を慌てて追いかける。
「おい、お前っ!」
 声をかけ、肩に手をかけるとそれは──小太りの生きてる人間だった。
「な、なんだよぉ。
 ボクに何か用なのかよぉ」
 鼻息のやけに荒い、体の割りには虫の鳴くような、といっても、綺麗な声とかじゃなく、小さな擦れたような聞き取りにくい声でそいつがしゃべった。
 胸に双眼鏡がぶら下がっている、霊現象でなく、覗きだ、痴漢だ、女の子の敵だ。
「お前、紫藤さんの部屋、その双眼鏡で覗いてたな。
 どういうつもりだ?」
「な、何だよぉ、ただ見てただけじゃないかぁ、ボクの邪魔するなよぉ」
 聞いてるだけでイライラしてくる声だ。
「城見くん、どいてーっ!」
「え?」
 軽快な足音と共に、僕に声がかけられて振り向いた途端、白いものが目の前を横切って──それが足だと分かった時には──。
「うぉおぉんっ!
 酷いよぉ、きょーこたん。
 痛いよぉ」
 地べたに這い蹲って、顔を押さえているのはさっきの奴で、その前にあれだけ幽霊を怖がっていた紫藤さんが立っていた。
 青いTシャツに黒のミニスカート、その短いスカートで僕の目の前まで足が上がっていたのかと思うと、さっきまでの大人しそうなイメージがガラガラと崩れ落ちていく。
「全部……あんたなのね?」
「し、紫藤さん?」
 どうやら紫藤さんが僕に声をかけながら奴の顔に蹴りを入れたらしい。
 奴の顔に足跡が黒く、くっきりと付いている。
 心なしか紫藤さんの声が低くて冷たい気がする。
 教室で初めて会った、あの大人しげな姿はどこにも無い。
 ああ、極度の怖がりって委員長が言ってたなぁ……、人間相手なら怖がることもないってことか。
 なんて、考えていると何やら鈍い音がドカスカと足元でしている。
「紫藤さん、やりすぎないように……」
「何か言った?」
 奴の白いTシャツのあちこちに足跡が付いている、そして、僕を振り向く紫藤さんの声が怖い、綺麗な顔をしているだけに非常に怖い。
 つり目がちの目が怒りで更につり上がっているように見えるのは気のせいだろうか。
「うわぁん、きょーこたん、やめてよぉ。
 ボクはただ見てただけなのにぃ
 好きだからいつも見てたのにぃ」
「見てただけだぁ……!
 こんな夜遅くに窓の外からっ、いつもいつもっ、気持ち悪いっ!
 このストーカー野郎っ!」
「だって、だってぇ、きょーこたんが好きなんだよぉ、今日なんかそこの男と仲良くしゃべってたから気になってぇ」
 ああ、教室で視線を感じたのはこいつだったのか。
 ていうか、こいつどこから覗いてたのかなぁ……ああ双眼鏡かぁ……。
 現実逃避のようにどこから覗いてたのかと考える、まぁ、同じ学校じゃなさそうな年に見えるし、塀の外からかなぁ、双眼鏡の倍率ってどこまで見えるのかなと考えていた。
 鈍い音がして気が付けば、奴が腹を押さえて体を丸くしている。
「ふーっ……。
 城見くん、夜遅くにありがとう。
 幽霊じゃないって分かったから、後は任せてよ」
「あ、ああ、そうだね。
 警察に通報するにしても僕は邪魔になるだろうし……」
「明日、改めてお礼に行くから」
 教室で見せた、か弱そうな姿はどこにもなく──多分これが普通なんだろう──眩しいくらいにすっきりとした笑顔の紫藤さんに軽く手を振って、ポケットに手を入れるとまだ通話中にしたままだった携帯を切り、紫藤さんの家を後にする。

「女の子って怖い……」
 大分離れてから僕は呟いたが、ともかく幽霊の仕業でなくてよかったというべきなんだろう。
 ――紫藤さんのためには。


 翌日の昼休み、約束通りに紫藤さんが教室に来て、お礼だと学校の側にある人気のパン屋の包みを置いていってくれた。
 中にはいつもなら高くて買わないサンドイッチなんかの惣菜パンとか、ソーセージ入りのデニッシュや甘いフルーツのデニッシュパンなんかが入っていて、とても充実した昼休みとなった。
 フルーツデニッシュは初めて食べたけど、何で今まで食べなかったんだろうと後悔したくらいの美味しさだった。
 みずみずしくて、ちょっと酸っぱいグレープフルーツの粒々がプチンと口の中ではじけて、甘いカスタードクリームとふんわりした舌ざわりの生クリームといっしょになって、とろけるような感触が、デニッシュパンのバターの香りに包まれ、サクサクとした食感と共に喉を通って行く。
 う、うまいっ、うますぎるっ!
 女の子っていつもこういうの食べてるんだなぁ、グルメだなぁ。

「うまそうだな、一個くれよー」
 東堂がパンにが手を伸ばしてきたが、面倒ごとを増やした原因のくせにと、その手を叩いてパンを遠ざける。
「なー、城見―俺たち親友だろー?」
 はて、いつから僕と東堂が親友になったんだろうか。
 今度機会があったら笑いながら聞いてやろう。

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