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ゴールデンとシェパード2
しおりを挟む「さっすが昔と違って草ぼーぼーだねー」
秋音が空き地の柵の前で懐かしそうにしながら、びっくりしたように言う。
建設予定と書かれた看板も古くなっていて、草も膝どころか肩くらいはあるかというような雑草があちこちに群を作っていた。
「うわぁ、アキノキリン草だらけー。
これって喘息とかに悪いんだったよねー」
カバンを置いて、スカートなのに柵を乗り越えて空き地にずかずかと入って行く秋音。
「秋姉、ちょっと待って」
慌てて僕もカバンを置いて、柵を乗り越えて後を追う。
一足ごとに草の匂いが濃くなって、何か動物でも住んでるんじゃないかってくらいに、うっそうと繁る草で足元がよく見えない。
「痛っ……」
右足に痛みを感じて立ち止まる。
草で切ったかと思ったけど、ズボンの布ごしにそれは無い、有り得ない。
もし草だったらどんな硬い葉なんだ、と思いながら足元を見る。
確かにこのあたりの草なら皮膚なら切れるよなと、昔はこういう草で手足を傷だらけにして遊んでたなとか、細長く葉の縁が赤茶色になっているのを見ながら、そんな事を思っていたら、くるんとした丸い目と目が合った。
「……おいおい……」
僕の右足に噛み付いている大きな犬──首輪は見えないってことは、野犬の成れの果てだ。
「痛たたたっ、カンベンしてくれよぉ」
野犬の霊だから実際には傷は無いし、血も出ない。
けど、牙が食い込む痛みは本物みたいで──。
「秋姉──ちょっと」
いつまで経っても離してくれそうにないみたいなので、秋音に取ってもらうことにして秋音を呼んでみる。
「なーにー、何かいいものでもあったー?」
のんきな声が返って来た。
仕方ないので犬を引きずりながら声のした方へと歩いてみる。
霊には重さがないとか、嘘だろってくらい重い。
なんで犬一匹でこんなに重いんだ!
足元をもう一度まじまじと見ると、どうみてもゴールデンレトリバーくらいの大きさで。
まだピレネー犬の大きさでないだけましなんだろうか、なんて思っていると左足にも痛みと重さを感じた。
「……嘘だろ?」
犬が、増えていた。
右足にゴールデンレトリバーっぽいの、左足にシェパードっぽいの……だろうか?
一歩踏み出すごとに重いし痛い。
よくよく足に注意を向けると咬まれた激痛というよりは、鈍痛といった感じで、犬の顔を見ると二匹とも楽しそうにガブガブと僕の足を咬んでいた。
「……甘噛みのつもりなんだろうか、でもおまえらの図体考えろよな」
でっかい犬が遊んでるつもりなのかも知れないが、歯だってでかいし、咬まれてるこっちは痛いんだって!
しかも、重すぎる。
なんで霊のくせにこんなに重いんだ!
たった一mかそこらがこんなにも遠く感じるとは。
足を引きずりながら少し開けた場所に出ると、クローバーの花を摘んでいる秋音が居た。
「秋姉―、頼みがあるんだけど」
「なーに?
やたー、出来たー!」
花冠を作っていたらしく、手の中に白い花の輪っかを持っている。
意外に器用なんだな、知らなかった。
でも花冠と秋音……似あわねぇ……言わないけど。
「夏姉さんにお土産にしようっと。
で、冬樹、頼みって?」
花冠を腕にかけて秋音が立ち上がる。
「僕の両足に犬が食いついてるから、取ってくんないかな」
犬? と口にしつつ僕の足元へと顔を向けるが、相変わらず視えてない秋音には、僕の足しか分からないだろう。
「んー、このへん?」
秋音が右手を伸ばすと、嫌々をするように犬の顔が振られ、牙が食い込んだ。
ちょうど首の後ろを秋音の手が掴んで、ぽいっと投げる。
「飛んでっけー」
ああ、ゴールデンレトリバーっぽい、でっかい身体が風船のように投げられていく。
秋音にとっては、あんなに重い犬も軽々だな。
「左足のも頼む」
秋音の伸ばした手が今度は左足に伸ばされて、シェパードらしき犬の背中を掴む。
「こっちも飛んでけー」
心なし寂しそうな犬の目と目が合う。
すまん、重いし痛いし、うちには猫がいるんだ。
「あっ」
秋音の投げた犬が放物線を描いてゆっくり落ちていき、空き地の側を通り抜けようとしていた車に吸い込まれていった。
通り過ぎる車の後部座席から、犬が僕を見て寂しげに鳴いた、ような気がした。
「ここ捨て犬とか多かったのかな……。
さっきの首輪もしてなかったし、元は血統書付きのペットに見えた……」
「さぁ、どうだろうね……」
よくわかんないと言って秋音が背中を向けた。
夏海の土産の花冠だけを持って、空き地から出て歩き出すが、行きと違って帰りは二人
共口数も少なく、少し気持ちも沈んでしまっていた。
僕のズボンにも犬が居たという証はなく、牙の痕すら残ってなかった。
ただ、遊んでと言っているような二匹の目と、車に乗って遠ざかっていく犬の悲しそうな目をしばらく忘れられそうになかった。
秋音は秋音で、元はペットだったらしい捨て犬の話で気が重くなったみたいで、柄にもなく落ち込んでるみたいだった。
そして帰宅した僕は、癒されようと虎を撫でようと近寄っていったのだが──。
『……冬樹、犬臭い』
帰宅してから虎に嫌そうに、あっち行けとばかりに尻尾でしっしっとされながら言われてしまった。
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