虎と僕

碧島 唯

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学校の階段と怪談

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 学校ではよくある話で、階段の十三段目を踏んではいけないとか、階段の段数が数えながら上がると違うとか、大体の学校にこんな怪談があるんじゃないだろうか。
 僕の学校にもその例に漏れず、怪談話があった。

 普段はよく使われている階段なのに、誰もが真ん中を避けてしまうといった、そんなたわいもない内容で、階段を歩く本人は気付かないものの、踊り場からとか、廊下からだと不自然に真ん中を避けるのが分かり、不思議階段と言われていた。
 その不思議階段は、二階と三階の間の踊り場から下りて八段目、二階から上って四段目にあり、主に二年生と三年生が使う場所にあった。
 三階は三年生の教室があり、二階には二年生。
 そして、移動科目の音楽室が三階、美術室が二階にあった。
 なので、僕はといえば、音楽を選択していないので、その階段の話は小耳に挟んだけれど、使う機会はなかった。
 ──なかった、のだが秋音の忘れ物を届けるのにその階段を見ることになったのが、今日の僕だったりする。

 僕は弁当の包みを手にして、二年の教室のある二階に向かっていた。
「……えっと、秋姉の教室は……と」
 移動してなければ二階にいるはずで、ちょうど視線を階段の踊り場から二階に向けた時、運良く移動中の秋音がまさにその三階への階段を上っているところに出くわした。
「秋姉」
「お、冬樹―、珍しいね、こんなとこにいるなんて」
「忘れ物、ないと困るでしょ」
 弁当を持ち上げて見せると、秋音があれっていう顔をしてから笑って。
 慌てて階段を一段抜かしで降りて来る。
 僕もそれに合わせて踊り場から二階に上がって──秋音の足が件の階段を踏む、まさにその瞬間を見てしまった。
 ぐんにゃりとしたというか、つるんとしたというか。
 例えるなら、でろーんとした色の悪いスライム、だろうか。
 階段の踊り場から、上から八段目の真ん中に、ソレはあった。
「うわぁ」
 奇妙なソレは見るからになんとも言いようのない、ぐっちゃぐちゃのごちゃまぜの色彩で、灰色のような、黒のようなその中に色んな色が混ざってマーブルになっているような、踏んだら実に嫌な気分にさせられそうなモノだった。
「えへへ、冬樹ごめーん、ありがとねー」
 思いっきり件の階段を踏みつけて降りて来る秋音。
 ぶにゃ、とかぱしゃんとか言う音が聞こえたような気がした。
 ソレは秋音に踏まれて、水風船のように一度膨らんで、破裂して四散していき、周りの階段に小さな水溜りを作った後、階段に滲み込むように消えていった。
 階段を降りきった秋音が何だか不思議そうに後を振り返る。
「秋姉、何?」
「うーん、何か踏んだような気がしたんだけど、何にもないよねぇ?」
 いつもは何も感じないはずの秋音でも、踏んだ感触はあったらしく、首を傾げて階段を見ている。
「そんなことより、ほら。
 僕だって次の授業までに教室に戻らなきゃいけないんだから」
「あ、うん。
 ありがとねー、これで昼休みに購買の地獄に合わなくてすむよっ」
 にこにこと嬉しそうに差し出した弁当を受け取る秋音。
 どこの学校も似たようなものだと思うが、昼休みの購買でパンを買う競争は熾烈で、普段弁当の僕なんか、とてもじゃないが買えても売れ残りのコッペパンだろう。
 それでも運動神経の良い秋音なら、人を掻き分けて焼きソバパンを軽く買えそうな気はしたけど、口に出すと酷い目に合いそうなので言わなかった。
「じゃあ、確かに渡したから」
 予鈴の音に僕も急いで教室に戻ろうと踵を返す。
 手を振っている秋音に手を軽く振って、階段を一段抜かしで降りて行く。

 無事に本鈴の前に教室に辿り着いた僕は席に着くと大きく息を吸い込んで、入って来た教師に起立、礼、着席と、委員長の号令に合わせながら、あの階段の事を思い出していた。
「……七不思議が一つ減るかな?」
 着席してふと口に出してしまったが、椅子や机の音で掻き消えて誰にも聞こえてなかったのにほっとする。
 秋音が踏んで粉々になったモノ、あれは何だったんだろうかと考える。
 色はごちゃごちゃしててよく分からないモノとしか思えなかったし、とても意思があるようには思えなかったが、それでも霊的な何かだから皆避けて通ってたんだろうなと思ったが、なら秋音は皆が避けて通ってしまうような空気すら読めないのかと、あの見事な踏みっぷりを思い出して噴出しそうになる。
 避けようとかまったく思ってないような、真上から踏み潰した見事さに、ある意味秋音らしいと思う。
 ちょっとだけ、秋音が羨ましくなった。
 視える僕に何の力もなくて、視えない秋音には、弱い霊ならひとたまりもなく滅されるほどの力。
 本人に自覚がないのがまたなんとも言えない気持ちにさせられる。
 踏み潰されて消えてしまったから七不思議の一つが無くなるんだろうか。
 それとも、いずれまたアレが出来るんだろうか?

「では、今日はここまで」
「起立、礼」
 委員長の終礼に、授業が終わったことを知って、思わず机の上の真っ白なノートを見つめてしまう。
「……東堂、ノート貸してくれ」
「何、お前がノート貸せって珍しいな」
 そういいながらノートを放り投げてくる東堂に、苦笑しながらちょっと考えごとしてたと誤魔化す。
 ──階段の怪談のことを考えてた、なんて駄洒落みたいな事は言いたくない。
 しかも、秋音が踏み潰したからだとか、東堂でなくても大笑いするか、頭大丈夫かと言われるに決まっている。
 いや、霊を放り投げる場面を見ていた東堂なら、お前のあの姉さんならやりそうだとか納得してしまうのかも知れない。
 それも何だか嫌だ。

 後日、七不思議の一つが階段の話から違うものになっているのを人づてに聞いた。

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