虎と僕

碧島 唯

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夏休みは海へ──後編

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 とうとう、この日が来た!
 僕と姉たちと、委員長と紫藤さん、そして虎と東堂との皆で海に行く、その日になった夏休みの初日。
 車に荷物を積み込み、駅前で集合の三人を迎えに行く。
 運転席には当然夏海、助手兼ナビには秋音。
 二列目にとりあえず僕と虎が座って、荷物は後部座席の後ろの棚にまとめてある。
 駅のロータリーについて、車を降りると、真っ黒なうちの車が何だか場違いに目立つこと、この上ない。
「おーい、城見ーっ」
 呼ばれた方を見ると、東堂が僕に手をブンブンと振っていた。
 隣には委員長と紫藤さんがいて、僕と車の方に向かって歩いて来た。
 委員長は白いワンピースに白いつば広の帽子で、どこかのお嬢様みたいな雰囲気に、つい見惚れそうになる。
 紫藤さんは、赤いタンクトップに白いパーカーを羽織って、なんと、ショートパンツに膝まで紐が編み上げられているサンダルっぽい靴だった。
 日に焼けて、健康的な小麦色の太腿が、いや手足が眩しい。
 その二人と一緒に居る東堂を、羨ましそうに見ている男たちがいて、合流した僕と車から降りた夏海を見て、更に羨ましそうな視線が送られた。
「わぁ、すごい車ね」
 僕の隣に来た委員長が、車を見て言い、東堂がうおー! すげー! とかなんとか車のあちこちを見ながら叫んでいる。
「ランドクルーザーのなんとかっていうシリーズらしいよ。
 姉のってわけじゃなく、父さんの趣味で買った車なんだ」
「おー、ランクル!
 すごいなぁ、城見の父ちゃん」
 くるっと振り向いて言いながら、夏海に気付いて居住まいを正して一礼する東堂。
「今回は、ありがとうございます!
 よろしくお願いします!」
「はぁい、よろしくねぇ、東堂くん、だっけ?
 おはよう、相澤さんと紫藤さん」
 夏海が三人に挨拶をして、車のバックドアを開けて荷物をここに入れるようにと促す。
「おはようございます、よろしくお願いします」と、委員長。
「おはようございます、お姉さま。
 紫藤です、よろしくお願いします」
 体育会系らしく──テニスも体育会系だよな、夏海に四十五度の角度で挨拶を紫藤さんがしていた。
「ねー、挨拶はいいからさー、早く出ないと後ろが困っちゃうよー」
 助手席のドアから秋音が顔を出して、出発を促している。
 見れば駅前ロータリーの後ろにタクシーが並んでいて、僕らがすぐ出るだろうと待っていてくれているのが見えた。

 途中のドライブインで休憩の時に、いかにも車好きな風体の男数人に車が囲まれてしまったり、夏海が飲み物を買いに行って、帰って来ないと思ったらナンパ男に囲まれていて、迎えに行った秋音がナンパ男を張り倒していたりといった、些細なことがあったものの、無事に海の見えるコテージの駐車場にと到着した。
 予約した東堂が管理人に鍵をもらいに行くというので、保護者代わりだと夏海がついていき、残り4人と一匹で荷物を降ろして待つことになった。
 虎はといえば、いつの間にか姿が見えないと思ったら、ずっと、キャリーバッグの中で眠っていたらしい。
 十数分で帰ってきた東堂は、何やらご機嫌な様子だった。
 駐車場から東堂が僕らを連れて行ったコテージは、何やら予想したよりも大きくて、どうみても6人用には見えなくて、思わずまじまじと東堂の顔を見つめてしまった。
「どうだ?
 意外に豪勢だろ?」
「……うん、なんだか予想してたのと全然違うね。
 6人どころか、大人数用にしか見えないよ」
 えへん、と東堂が胸を張り、じゃーんとか言いながらコテージを指差す。
「なんとだな、この夏みのシーズン中だというのに、このコテージなら格安で貸してくれるっていうんだ。
 で、狭い部屋よりは、大きい部屋でのんびりとっていうのがいいよねってことで、このコテージになりましたっ!
 ねっ、夏海さん」
 話を振られた夏海が、うれしそうににこにことして話し出す。
「そうなのよぉ、お得でしょ。
 天窓から星が見えたりとかもするらしいの。
 お部屋もね、たくさんあってベッドで一人ずつ眠れるわよ」
「……へぇ……そりゃあすごいや」
 何気なく返事をしたつもりだったけど、ちょっと声が震えかける。
 皆はすごいとかうれしいとか言いながら、荷物をもって中に入ろうとしているけれど、僕にはしっかりと、窓から中に佇む寂しそうな影が複数、視えてしまっていた。
「そりゃ格安で、シーズンでも空いてるだろうな……」
 ぽつりと口に出してしまったが、それを聞いているのは誰もいなくて、玄関先にいるのは僕だけになっていた。
「やれやれ……」
 仕方なく自分の鞄を持つと、僕もコテージの中に入っていった。
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