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夏休みは海へ──後編――3
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でも、僕には何も出来ないし、何か気の聞くような言葉も出なかった。
ふらりと立ち上がってすーっと離れていく女性の姿に、何か出来ればとは思うものの、それは僕にはムリだと分かっていた。
『冬樹』
虎がビニールマットの紐を口にくわえて引張り、近くに来ていた。
「虎……、聞いてた?」
『ああ』
隠しておければ隠しておこうと思ったのに、聞かれていたなら仕方が無い。
『かけがえの無い大事な家族とは嬉しかったぞ』
いや、問題はそこじゃないだろと言いかけた時に、虎の顔がいやに嬉しそうなのを見て、いつもの軽口や冗談じゃないのかも、と口を閉じた。
「あの人たちもきっと、好きで幽霊になったんじゃないと思うけど、お願いは聞けない。
虎、僕はどうしたらいいのかな」
ため息と共に口に出たのは、そんな言葉だった。
『冬樹……。
そうだ、冬樹、ちょっと一緒に来い』
虎がペッと口からロープを離してビニールマットを前足で押しやる。
砂の上を軽々と走っていく虎を小走りで追いかけて付いていくと、花が咲いている場所に出た。
「……砂の中に花?」
初めて見る花は綺麗なピンク色の大きな花弁で、思わず呆けた声を出してしまった。
『砂地に咲く花でな、ハマナスという』
「へぇ……ハマナス……、結構綺麗な花だね」
『いくつか摘んで持っていってやれ』
「誰に?」
虎の事だから、夏海か秋音にだろうか、それとも紫藤さんか……と思っていたら、前足で足を叩かれた。
砂が付いていたので、ざりざりとしてちょっと痛かった。
『お前は……、バカか?
さっきの話の流れで何でそうなる
コテージに飾ってやれ、ついでに線香もあるといいんだがな。
まぁ、なければないでいい。
彼らの為に供えられたなら、花だけでも気が安まるだろう』
「あ……そっか……」
虎に言われて幽霊たちの為の花だと気付いて、なるべく綺麗で日持ちのしそうなのを選んで摘もうと手を伸ばす。
「いっ……たぁ!」
摘もうとした指にトゲがいっぱい刺さった。
慌てて手を離すとトゲは手に付いてこなかったけど、よく見るとバラのトゲみたいなのが茎についていた。
『大丈夫か?』
「ん、トゲがあるって知らなかったから、今度は上手くやるよ」
トゲが刺さらないように気をつけながらハマナスを摘んで、両手に一杯になったハマナスの花をコテージに持って帰り、ダイニングのテーブルの大きめの花瓶に飾って、残りは庭のバーベキューコーナーの机に飾った。
「実はこれ蚊取り線香なんだけど、我慢してくれるかな……」
苦笑しつつ、蚊取り線香に火を点ける。
細くたなびく煙は下を見なければそれなりにお線香の煙に見えないこともない。
しばらく黙祷していると、ふいに肩に手が置かれる感触があって、微かに聞こえる声と、何人かの気配があった。
そして、少しずつ気配が薄れて、消えていった。
『ありがとう……』
最後に、猫が欲しいと、昼日中に砂浜にまで来ていた幽霊の女性の声がして、完全に幽霊はいなくなった。
『終わったな、冬樹』
「虎……」
『まさか、ここまでうまくいくとはなぁ……』
「うん、僕も皆、成仏してくれるとは思ってなかった」
まぁ、これで夜中に幽霊を見たとか騒がれることもなく、夏の海を満喫できそうだと喜ぶべきなんだろうか。
特に、紫藤さんが怖がりなのは知っているし。
『いいんじゃないか?』
「うん、そうだよね」
今日はまだ着いたばかり、楽しむ時間はまだまだたっぷりある。
『冬樹、今度は海でビーチマットを引いてくれないか?』
虎も遊ぼうって言っている。
「うん、行こう!
浜辺まで競走だ!」
『待て、冬樹。
人と猫じゃ差がありすぎるだろ、加減しろ』
そう、僕らの旅行はまだ始まったばかりだ。
空は高いし、海は青い。
おまけに空気もおいしい。
ふらりと立ち上がってすーっと離れていく女性の姿に、何か出来ればとは思うものの、それは僕にはムリだと分かっていた。
『冬樹』
虎がビニールマットの紐を口にくわえて引張り、近くに来ていた。
「虎……、聞いてた?」
『ああ』
隠しておければ隠しておこうと思ったのに、聞かれていたなら仕方が無い。
『かけがえの無い大事な家族とは嬉しかったぞ』
いや、問題はそこじゃないだろと言いかけた時に、虎の顔がいやに嬉しそうなのを見て、いつもの軽口や冗談じゃないのかも、と口を閉じた。
「あの人たちもきっと、好きで幽霊になったんじゃないと思うけど、お願いは聞けない。
虎、僕はどうしたらいいのかな」
ため息と共に口に出たのは、そんな言葉だった。
『冬樹……。
そうだ、冬樹、ちょっと一緒に来い』
虎がペッと口からロープを離してビニールマットを前足で押しやる。
砂の上を軽々と走っていく虎を小走りで追いかけて付いていくと、花が咲いている場所に出た。
「……砂の中に花?」
初めて見る花は綺麗なピンク色の大きな花弁で、思わず呆けた声を出してしまった。
『砂地に咲く花でな、ハマナスという』
「へぇ……ハマナス……、結構綺麗な花だね」
『いくつか摘んで持っていってやれ』
「誰に?」
虎の事だから、夏海か秋音にだろうか、それとも紫藤さんか……と思っていたら、前足で足を叩かれた。
砂が付いていたので、ざりざりとしてちょっと痛かった。
『お前は……、バカか?
さっきの話の流れで何でそうなる
コテージに飾ってやれ、ついでに線香もあるといいんだがな。
まぁ、なければないでいい。
彼らの為に供えられたなら、花だけでも気が安まるだろう』
「あ……そっか……」
虎に言われて幽霊たちの為の花だと気付いて、なるべく綺麗で日持ちのしそうなのを選んで摘もうと手を伸ばす。
「いっ……たぁ!」
摘もうとした指にトゲがいっぱい刺さった。
慌てて手を離すとトゲは手に付いてこなかったけど、よく見るとバラのトゲみたいなのが茎についていた。
『大丈夫か?』
「ん、トゲがあるって知らなかったから、今度は上手くやるよ」
トゲが刺さらないように気をつけながらハマナスを摘んで、両手に一杯になったハマナスの花をコテージに持って帰り、ダイニングのテーブルの大きめの花瓶に飾って、残りは庭のバーベキューコーナーの机に飾った。
「実はこれ蚊取り線香なんだけど、我慢してくれるかな……」
苦笑しつつ、蚊取り線香に火を点ける。
細くたなびく煙は下を見なければそれなりにお線香の煙に見えないこともない。
しばらく黙祷していると、ふいに肩に手が置かれる感触があって、微かに聞こえる声と、何人かの気配があった。
そして、少しずつ気配が薄れて、消えていった。
『ありがとう……』
最後に、猫が欲しいと、昼日中に砂浜にまで来ていた幽霊の女性の声がして、完全に幽霊はいなくなった。
『終わったな、冬樹』
「虎……」
『まさか、ここまでうまくいくとはなぁ……』
「うん、僕も皆、成仏してくれるとは思ってなかった」
まぁ、これで夜中に幽霊を見たとか騒がれることもなく、夏の海を満喫できそうだと喜ぶべきなんだろうか。
特に、紫藤さんが怖がりなのは知っているし。
『いいんじゃないか?』
「うん、そうだよね」
今日はまだ着いたばかり、楽しむ時間はまだまだたっぷりある。
『冬樹、今度は海でビーチマットを引いてくれないか?』
虎も遊ぼうって言っている。
「うん、行こう!
浜辺まで競走だ!」
『待て、冬樹。
人と猫じゃ差がありすぎるだろ、加減しろ』
そう、僕らの旅行はまだ始まったばかりだ。
空は高いし、海は青い。
おまけに空気もおいしい。
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