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夏休みは海へ──後編――4
しおりを挟む浜辺に戻ると、虎のビーチマットを持って波打ち際に行く。
途中で虎がビーチマットに乗って、一緒に海に入る。
『おお、早いぞ冬樹、もっとだ。
もっと早く』
「よーし、行っくぞー」
波をかき分けて、ざぶざふと腰ぐらいの深さまで進んで岸と平行に歩く。
『おっと……っと……』
横から来る波に揺れるビーチマットの上で、虎がバランスを取っている。
「わーい、虎ちゃーん、冬樹ー」
岸から秋音が手をブンブンと大きく振っている。
すっくとビーチマットの上に虎が立って、四本の足で器用に波に乗っている。
秋音にカッコいい所を見せようとしてるみたいで、ちょっと笑えた。
「きゃーっ!
虎ちゃんスゴーい!」
余所見をしていたら、虎が二本足で立ったらしく、秋音の声で振り向くと、虎がにやりと笑っていた。
『見損ねたな、冬樹』
「もう一回やってよ」
虎は返事をせずに、ただ笑っていた。
「ちぇーっ、秋音には見せて、僕には見せてくれないなんて」
『ふふん。
男に見せる芸などないからな』
虎にきっぱりと言われて、しぶしぶ諦める。
虎のビーチマットを引いて、海の中を歩くのにも疲れた頃、虎に喉が渇いたと言われて岸に戻る。
海から上がって砂を歩くと、足の下で動いて流れない、柔らかく熱い砂にちょっとほっとする。
ビーチパラソルの下に倒れ込むようにして戻ると、すっとペットボトルのお茶が差し出された。
「……あ……ありが……と」
「よく冷えてるよ」
委員長から受け取ったお茶は、とても冷えてて喉や身体に染み渡るようだった。
『冬樹』
あ、忘れてた。
「委員長、虎にも上げてくれる?
猫だから──水で」
委員長から冷たい水をもらっているピチャピチャという音が聞こえて、虎も嬉しそうだ。
「ん?」
よくよく見ると、委員長の掌を皿代わりにして水を飲んでいた。
──そりゃあ虎もご機嫌だよな、水着の可愛い女の子の手ずからじゃあ。
「ふーゆきっ」
いきなり背中から抱きつかれて、顔がビニールシートにめり込んだ気がした。
……この、背中に当たるずっしりとした柔らかい感触は、多分、間違いなく夏海だ。
『おお、冬樹いいなぁ』
夏海が抱きついてる僕の背に、虎の声がかけられるが、ビニールシート越しの砂に息が出来ない。
『……冬樹?
おい、ちょっと夏海、冬樹を離してやれ』
虎が言っても、夏海には聞こえてないって……と、突っ込みすらもう出来なくなって、ぱたりと手か砂の上に落ちて、意識が途切れかける。
「……あの、夏海さん……城見くん息が出来なくて、気絶したんじゃあ……」
「え、やだぁっ!
冬樹っ、冬樹ぃっ!」
ゆさゆさと揺さぶられて頭がぐらぐらと揺れる。
「……な……つねー……脳が揺れる……」
「あっ、冬樹ごめぇんっ」
ぱっと手を離されて、顔がビニールシートにぶつかった。
でも、下は砂だからぶつかっても痛くない。
……あー……漸く息が楽になった……。
息も楽になったので身体を起こしてみると、しゅんとした夏海の姿が目に入った。
「夏姉、急に抱きつくのやめてくれよ。
さっきのなんか息は出来なくて苦しくて、気を失いかけたじゃないか」
「ごめんねぇ、冬樹」
反省したのか謝りの言葉を聞いたけど、【もうしない】とは言われなかったのが、ちょっと気になった。
「ん、もういいから。
ほら、あっちで秋姉が呼んでるよ」
「あ、ほんとだ。
じゃあね、冬樹」
夏海が秋音の方に行ったのを確認して、はぁーっと溜息をつく。
「城見くん家って、仲いいのね」
一部始終を見ていた委員長がにっこり微笑んでいた。
教室の委員長もいいけど、こんな風にふんわり笑う委員長もいいよなぁ……。
癒される、っていうか……うん、いい笑顔だよなぁ。
「うん、今は3人で暮らしてるんだけどね、家族は皆仲いいよ」
「ちょっと羨ましいな。
私もああいうお姉さん、欲しかったな」
ビーチパラソルの下で委員長がにこっと笑って、委員長を見ていた僕と目が合った。
委員長は虎の背を撫でながら、見惚れるくらい綺麗な微笑みを僕に向けた。
「将来、城見くんのお嫁さんになる人が羨ましいな。
そしたら夏海さんたちが、本当にお姉さんになるんだもんね」
委員長がくすくすと笑いながら言い、僕はといえば、お嫁さんが羨ましいとか言われて、冗談だよな、冗談だ、と自分に言い聞かせていた。
「……あはは、そうだね」
ちゃんと自然に話せたかな?
そんな感じで夕方になり、夜は庭でバーベキューと花火をして、ちょっぴりドキドキさせられた一日も終わった。
朝早くに目が覚めてしまい、隣のベッドの東堂を起こさないように庭に出る。
星が空で瞬いているのに、東の空は薄明るくなって来ていて、何とも言えない綺麗な紫と青の色が混ざり合っていた。
サンダルを突っかけて、海辺まで歩くと、前方は太陽が出る前のオレンジ色が薄っすらと紫と青に溶けていて、後ろを振り返るとまだ星が見えていた。
あんまり綺麗な景色にぼんやりと見つめていると、ピチャンと波の跳ねる音がした。
魚でも跳ねたと思っていると、水平線が薄っすらと明るくなって、沖でイルカが跳ねているのが見えた。
「綺麗だなぁ……」
溜息と共にそう口に出すと、くすくすと笑っているような気配がして、イルカの横に緑色の髪をした綺麗な女の人が居た、ような気がした。
「えっ?
イルカと泳いで……?」
そう思って、もう一度イルカをよく見ると、側には誰も居なくて。
イルカの背ビレだけが見えて、そのイルカも水平線の方に泳いでいって見えなくなった。
「はは……まだ寝ぼけてるのかな……僕」
きっと、イルカが背中にワカメか何か乗せていて、それを見間違えたんだろう。
「まさかね……。
いくら何でも人魚なんて居ないだろう?」
自分にそう言い聞かせながら、僕は太陽が昇るまで、ずっと浜辺に立ちすくんでいた。
太陽が昇るまで浜辺に居たつもりだったが、委員長と紫藤さんが探しに来てくれて、僕は八時頃までぼんやりしていたらしいのを知った。
朝食の用意を始めても、いつもは早起きな僕が一向に出て来ないので、秋音が東堂を起こして、そこで初めて部屋に居ないのを知った二人が探しに出てくれたらしい、というのは、朝食の時に皆に説教されながら言われた。
二日目もいっぱい遊んで、食べて過ごし、三日目にコテージを後にした。
帰りの道中でも、時折思い出されては知らない土地で一人で勝手に出て行った事を説教されてしまったが、それも夏のいい思い出の一つになるんじゃないかな、とその説教時間をやり過ごした。
こうして、二泊三日の夏の初めの旅行は楽しく幕を下ろした。
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