虎と僕

碧島 唯

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 喫茶店の美味しいコーヒー――2

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 ──あれ?
 コーヒーを半分ほど飲み終えて周りに注意してみると、微妙に居心地の悪い視線を感じる。
 どこからの視線かとコーヒーを味わうふりをして目を閉じてみる。
 ねっとりとした、不愉快な視線。
 死ねばいいのに、と感覚で感じる痛くて気持ち悪い、そんな視線。
 目を閉じているのが苦痛になるような邪悪な視線に耐え切れず目を開けて、コーヒーのグラスをテーブルに置くとストローの袋が飛んで、床に落ちてしまった。
「おっ、と……」
 ストローの袋を拾うついでに視線を感じた方へと顔を向けて、思わず声を出しそうになった。
 な、なんであんな場所に居るんだ?
 カウンターの、ちょうどスツールの上にちょこんと、回りをぎょろぎょろと睨みつけながら見ている首が座って? ……いや、あった。
 ……なんであんな所に、首だけ?
 いや、首だけだから椅子の上なのか?
 思わずじっと見てしまい、首と視線がかち合ってしまう。
 今更視えてない振りも出来ず、仕方なくそっと視線を外したが、そいつは僕らのテーブルの方へと椅子から降りて、床を這うようにして近づいて来た。
 ていうか、なんで首だけで動けるんだよ!
「うわ」
 思わず顔を上げて、間近でこんにちはするのだけは避けたものの、テーブルのすぐ側からギロリと見上げて来る首の事を、秋音に伝えても飛んでけと投げ飛ばすのは流石に店内では、と躊躇っていた──のだが。
「ちょっとお手洗い行ってくるねー」
 椅子から立ち上がって踏み出す秋音の足が、ちょうど首を蹴り上げた。
 まるでサッカーボールのように勢いよく飛ばされて行く、首。
 首はカウンターにゴツッと当たり、数秒引っ付いていたがぽろりと床に落ちて、ころころと床を転がり、顔面を赤くして白目をむいていた。
 霊でもぶつかったら痛みを感じるのかな、などと考えていると、トイレから出て来た秋音が戻って来る途中でその首をぐしゃりと踏んづけてしまうのをまともに見てしまった。
 前に学校でスライムもどきの雑霊の塊(多分)を踏みつけた時は感触があったらしいのに、今回は感じなかったようで、何もなかったように席に戻って来た。
「あ、なんだか空気が変わったような?」
 うん、そうだろうね。
「空気清浄機がタバコとか嫌な空気を綺麗にしたとこじゃない?」
「そうかもねー」
 ──などと、うちの女性陣は明るく笑っていたが、僕は知っている。
 秋音が首を踏み潰したからだ。
 店に憑いていた(暇そうな感じからして、多分)霊を潰してしまったからで、それはそれで店に取ってはとても良いことなんだろうけど、まさか気絶した(白目だったから多分)霊を踏み潰すとはなぁ……なんて思いながら、残りのコーヒーを飲み干してしまい、うっかり啜る音を立ててしまった。
「やぁだ、冬樹お行儀悪い」
 夏海に言われて慌ててストローから口を離す。
「そろそろ行こうか」
 夏海が伝票を持って立ち上がり、僕と秋音も席を立つ。
 カラン、とドアベルの音がして、僕らと入れ違いに客が二人、入って行った。
 首の霊が居なくなった効果が早速出たんだろうか?


 フリーマーケットは夏海も秋音もそれぞれが戦利品を買えたらしく、僕の両手は結構な重さの数の紙バッグやビニール袋で塞がれていた。
「ねえ、朝の店でコーヒー飲もうよ。
 今度は私もアイスコーヒーがいいなぁ」
 そう言って夏海が店の方に歩き出す。
 ちょうど昼を回って、三時のおやつあたりの時間のせいか、近隣の店はどこも満員で待ちの列が外に並んでいた。
 朝の様子で空いてるだろうと思った店につくと、店の前には列が出来ていて、小さな喫茶店は満員になっていた。
「ダメだわ、朝は空いてたから余裕でいけるかなって思ったんだけどなぁ……」
「えー、もう疲れたー、歩きたくなーい」
 秋音が弱音を吐いているが、僕も吐きたい。
 誰の荷物で腕が重いのか、僕こそ休みたいと言いたかった。
 ──というか、これがこの店の本来の実力なんだろう、今までは霊が人の来るのを邪魔していただけで、コーヒーは美味しいし、店員さんは可愛いし、雰囲気もすごくいい店なんだから。
 家とか学校の近くだったら常連になりたい店だったし。
「もういいよ、腕だるいし帰ろう」
 電車に乗れば座れるかも知れないし、と僕は二人に言ってみた。
「でも、喉渇いたし……」
「自動販売機でいいじゃないか」
「そうね、自動販売機で好きなの買ってあげるから、もう行こう」
 夏海が店の様子を見て、入るのを諦めて僕らを駅の方へと促す。

 とぼとぼと、重くなった足を駅に向かって動かす。
 店に入れなくて一番残念そうなのは秋音だったが、店に入れないのは言わば秋音のせいであり、変な言い方だが自業自得ではないだろうか。
 いや、本当は店の為にもいい事を秋音はしたんだけど、僕以外の誰も、知らない事だし。


 ちょっとだけ、どうせなら朝はそのままにしておいて、帰りに踏めばよかったのに、なんて思ってしまった。

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