虎と僕

碧島 唯

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夏海と肝試し

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 夜の八時頃、突然携帯が鳴って、誰からの電話かと発信元を見たら夏海だった。

 大学の友達とドライブしてたら、急に肝試しをしようという事になって、怖いから嫌だと反対したものの、廃病院まで連れて来られてしまったのだとか。
 それで入りたくない、行こう、でケンカになって、夏海だけ車で留守番、あとの4人は廃病院に入って、しばらく経つのに出て来ないというのだ。

「いや、夏姉……だから迎えに来いって言われても、僕も秋姉も運転出来ないし」
「だって、冬樹ぃ、一人で怖いのよここ。
 自転車でいいから来てよぉ、お願いだから、ねっ」
 迎えを念押しされて、携帯が切れる。
 うう……場所を伝えられると思ったよりも近い所で自転車なら1時間くらいで行けそうな場所だった。
「廃病院て……まったく何てトコ行くんだよ……」
 はっきり言って、そんな物騒な場所、何を視てしまうか分からない。
 でも、友達が出て来ないって言うのも気にはなるが、そんな所にあの夏海を一人で夜に放って置くのは実際問題危険すぎる──もちろん、現実の話としてでも!
「仕方ないな……」
『冬樹さん、何が、です?』
 夕食後に、虎の側でうとうととしていた子狐……もとい、お稲荷さん見習いのミナミがきょとんとした顔で僕を見上げていた。
「ああ、夏海がちょっと危ない場所に居るっていうんで、迎えに……」
 暴漢とか出てきたら僕一人じゃ抵抗も無理そうだし、あっち方面の事でも、もしもの時の為に秋音にも来てもらおうかな……だって、廃病院なんていかにもだし!
「秋音ー、ちょっといいかー?」
 二階に向かって声をかける、多分まだ風呂に入ってないはず。
 秋音が降りて来てくれたので、とりあえず夏海からの電話の内容の、今廃病院で連れの友達が出て来ないこと、車に一人っきりで怖いから迎えに来て欲しいこと、などを話した。
 足元ではミナミも神妙な顔をして聞いていた。
「その廃病院って、周りに人も住んでないし、暴走族とか出たりしたら危ないよね。
 ……分かった、用意してくる」
 二階に戻る秋音を見送って、僕は何を用意しようか、とりあえずは懐中電灯だなよ、と考えていると、ミナミがズボンの裾をちょいちょいと引張っている。
 可愛い仕草だが、今はそれどころじゃない。
「ミナミ、何?」
『冬樹さん、あれを持っていってくださいです。
 母様が持たせてくれたあれが、お役に立つかも知れませんです!』
 ミナミの母様、と言われて思い出したのは、熨斗付の桐箱。
 僕も二階に急いで上がり、机の引き出しから熨斗付の桐箱を取り出す。
『引き出しに入れっぱなしなんて酷いですぅ』
 ミナミが背中に引っ付いていて、文句を言うが、この際構っている時間はない。
 桐箱を開けると木のいい匂いがして、中に刺繍のされた白いつやつやした布の袋が入っていた。
「袋の中に何か……あるな」
 袋の口を閉じてある赤い紐を解くと、透明度の高い綺麗な、青だか緑だか、どちらにも見えるような色の勾玉を中心にした、数珠みたいなものが出て来た。
「腕にする……にしてはちょっと大きいかな。
 うん、ちょっとぶかぶかだな」
 ゴムとか入ってないようで、伸びたりして手を入れると手首でぴったり、というようなことはなく、やっぱりブレスというよりは数珠に近いようだった。
『それはきっとお役に立つのです。
 いざって時には、握って下さいです』
「うん、ありがとうミナミ」
 きっと何かご利益があったりするものなのだろうと袋に戻し、とりあえずシャツの胸ポケットに入れた。
 階下に戻ると、秋音がGパンとTシャツの上にGジャンを着ていて、暑いのに何で……と思っていたら玄関先に、バイクか何かが止まる音がした。
「冬樹、用意はいい?
 友達にバイク借りるように頼んだから、行くよっ」
 バイク?
 いつの間に、と思ったけど、そういえば免許を取るとか言ってバイトしてた事があったっけ……、てっきり原付かと思ってただけに見た免許証にびっくりしたっけ。
 だって、家にまだバイク本体がなかったし……。
 秋音の後を慌てて追いかけ、玄関の鍵を閉めて、振り返ると、そこには秋音の友達らしい黒の上下を着てる人が、僕から見たら大きいバイク……ビッグスクーターっていうのだろうか、の側に立っていて、秋音が既にヘルメットを被ってシートに跨っていた。
「冬樹、早く。
 薫、ありがとう。
 このお礼はまだ次の時に必ず」
 どうやら薫さんというらしい友達にヘルメットを手渡されて、被ると秋音の後に跨り、どこを掴めばいいのかと思ってたら走り出されて、慌てて秋音の腰にしがみ付く。
 ちら、と振り返ると薫さんが手を振って見送っているのが、あっという間に遠くなっていった。
「自転車でちんたら行ってたら、痴漢とか出たりした時に間に合わないからさ、それにこれならもっと早く着ける」
 車ならもっと早いんだろうけど、と呟いたのも聞こえたが、それはまぁお互い無理な話だろう。
「秋姉、とりあえずもう暗いし、心配だから……なるべく急いで」
「分かってる!
 しっかり掴まってて!」
 夏海が心配なこともあって、安全運転で、とは言えなかったが、法廷速度は守るべきだろう、ネズミ捕りなんかに掴まったら逆に時間を取られてしまうし。
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