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第一章 勇者追放
第九話 準備
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パーティに頼らない依頼は初めてになる。
故に準備を万端に済まさなくてはならなかった。
二人が最初に向かったのは、雑貨屋である。
冒険者向けの消耗品が大体揃っており、尚且つ求めやすい価格で売られている為、冒険者にとっては必需店の一つだ。
冒険者ギルドがある都市は、その需要ゆえに雑貨屋が幾つも点在している。
玉石混淆の状況ではあるが、セシル達に教えられた、一ヶ月の間ですっかり馴染みとなった店へと向かう。
武器屋とは反対側にある商業区画の隅っこに、ひっそりと佇む雑貨屋。
宣伝意欲があるのかないのか解らない、小さくこじんまりとした看板には”ココナ・アイテムストア”と、ゼブラール語で書かれていた。
二人はゼブラール語が読めない。
帝国出身のゼナックから、かろうじて日用挨拶程度は教えて貰ったが、それぐらいしか解らなかった。
古めかしい扉を開くと、ウィンドチャイムが鳴り、新聞を広げていた店主が客の顔を見る。
カウンターでふんぞり返るように椅子へと座っていた店主は、尖った耳とやけに細い輪郭の少女であり、外見年齢は10歳未満にも見えた。
しかし、何度か来店している二人は、彼女を子供扱いしない。
「ふん、新人どもか」
「こんにちはココナさん。今日はその、色々と買いにきました」
「…………なるほど、おおかたランクが上がったから、セシルどもから離れて依頼をやるためってところか」
見た目通りな声色でありながら、その口調は老骨な香りが漂う。
絹のような金髪に相反するような、エプロンに麻色のワンピース姿がさらにそれを助長させたのかもしれない。
ともあれ、この老人の経験による予測は的中しており、二人は頷いた。
「20も歳くっていないガキが良くもまあ危険なことをやりたがるもんだよ」
「あんたにそう言われると、どうも脇腹が痒くなるんだが」
「黙りなアギト! ほんと口が減らないクソガキだね!」
「なにも見た目のことは言ってないだろ」
「純血のエルフは1000年ほど生きる。それから考えればわしはまだまだピチピチの美少女じゃ。しかしぬしらは年功序列と言うものを考えねばならぬ。なぜなら、ヒュームの一生は短いからの。100も生きられぬとは____」
「御託はいいから。色々と買うぞ」
「けっ、年寄りの話を聞けぬとは。はよなにを買うか決めておけい!」
一頻り会話をしたココナは、新聞に再び目を通し始めた。
朝から何度も読んだのだろう。
既によれよれで、使い古されている感じがする。
「アギトって、何気にお年寄りの扱い上手いよね」
「そうか?」
「ふふ、私だと上面だけしか解らないから」
「…………あんまり意識してないが。それはいい、目的のものを集めようぜ」
「うん」
悩む事より買うことの方が建設的と判断したアギトに、陽菜野は頷き、陳列されているアイテムを手に取っていく。
店内はさほど広くないが、それでも元の世界における、小さめのコンビニ程度はあると感じた二人の足取り迷いがない。
それだけこの店をなれていた。
買い物籠へと多種多様な消耗品が入れられていき、レジカウンターへと置く。
「…………随分と遠出をするのかい」
「護衛依頼だから。心配するな。どうせセシル達が代わりに来る」
「ええいうるさいわ! クソガキはガールフレンドとお喋りでもしてな!」
そう言って、ココナは商品を次々レジに通していく。
「ガールフレンドじゃなくて幼馴染だって」
「幼馴染がその歳までベタベタしておるなら、もう結婚しているようなもんじゃ。今更恥ずかしがるな」
「恥ずかしいんじゃなくてだな……あー、ヒナ、お前からもなにか言ってくれ」
バトンタッチを受けた陽菜野が前に出る。
「ココナさん、私達はガールフレンドじゃありません。もっと別の関係……言い換えるなら飼い主とペットのような感じです」
「おい」
「家事洗濯掃除等々……そういう細かい雑事が一切できないペットを、私が懇切丁寧にお世話しているんですよ」
「いやまて、俺はそこまで酷くない」
「ふーん、未だに洗濯機のスイッチさえ触らないくせに」
「あれは複雑怪奇でな。第一なんで洗剤が自動的に出てこない」
「そんなの当たり前ですー。機械苦手だからって限度がありますー。おまけに色物の分け方も覚えないし、洗剤の選び方だって」
「くっ……全部同じだろうが」
「そうやって雑にしてー。とまあ、アギトには私がお世話しないといけないんですよ。だから飼い主とペットな感じで」
呆れるようなため息がつかれた。
力説を止めたそれに続いて、慣れた手つきでレジを操作するエルフが言う。
「それを夫婦生活と言うんじゃろうが」
「…………飼い主とペットの関係です!」
「まあ、どっちでもいいわ。ほれ、会計じゃ」
「むむむむ……ココナさんにはもう少し説明が必要ですね」
「要らんから金払え」
表示された額を払い終えると、買い物袋をアギトが持ち上げてそのまま退店しようとした時。
「ちょっとまてヒナノや」
「え? 私ですか?」
頷くココナに首をかしげたアギトは、先に出ていると言って店内から去る。
二人だけになった少女と少女は向かい合った。
「お前、アギトのことを本当にどう思っておる?」
「だから先言った通り」
「ここには、アギトはおらぬ。言ってみよ」
「…………」
陽菜野は頬を無意識な動きで、軽く撫でた。
奥歯に仕舞い込んでいた言葉を出すように。
「幼馴染です。大切な」
断言だった。
二言目はない。
それ以上、彼女が抱く言葉は現時点で存在しなかったし、それ以外言ってならぬとすら感じられる。
ココナはそう考えた。
少なくとも、今の陽菜野に対して。
「そうかい。なら、これをやろう」
と言って、カウンターの裏側から一つの小瓶を取り出した。
陽菜野の掌に収まるほどのサイズで、中身は桃色の液体である。
「これは?」
問いに応えるココナの言葉を聞いた陽菜野は、その小瓶を大事にしまった。
故に準備を万端に済まさなくてはならなかった。
二人が最初に向かったのは、雑貨屋である。
冒険者向けの消耗品が大体揃っており、尚且つ求めやすい価格で売られている為、冒険者にとっては必需店の一つだ。
冒険者ギルドがある都市は、その需要ゆえに雑貨屋が幾つも点在している。
玉石混淆の状況ではあるが、セシル達に教えられた、一ヶ月の間ですっかり馴染みとなった店へと向かう。
武器屋とは反対側にある商業区画の隅っこに、ひっそりと佇む雑貨屋。
宣伝意欲があるのかないのか解らない、小さくこじんまりとした看板には”ココナ・アイテムストア”と、ゼブラール語で書かれていた。
二人はゼブラール語が読めない。
帝国出身のゼナックから、かろうじて日用挨拶程度は教えて貰ったが、それぐらいしか解らなかった。
古めかしい扉を開くと、ウィンドチャイムが鳴り、新聞を広げていた店主が客の顔を見る。
カウンターでふんぞり返るように椅子へと座っていた店主は、尖った耳とやけに細い輪郭の少女であり、外見年齢は10歳未満にも見えた。
しかし、何度か来店している二人は、彼女を子供扱いしない。
「ふん、新人どもか」
「こんにちはココナさん。今日はその、色々と買いにきました」
「…………なるほど、おおかたランクが上がったから、セシルどもから離れて依頼をやるためってところか」
見た目通りな声色でありながら、その口調は老骨な香りが漂う。
絹のような金髪に相反するような、エプロンに麻色のワンピース姿がさらにそれを助長させたのかもしれない。
ともあれ、この老人の経験による予測は的中しており、二人は頷いた。
「20も歳くっていないガキが良くもまあ危険なことをやりたがるもんだよ」
「あんたにそう言われると、どうも脇腹が痒くなるんだが」
「黙りなアギト! ほんと口が減らないクソガキだね!」
「なにも見た目のことは言ってないだろ」
「純血のエルフは1000年ほど生きる。それから考えればわしはまだまだピチピチの美少女じゃ。しかしぬしらは年功序列と言うものを考えねばならぬ。なぜなら、ヒュームの一生は短いからの。100も生きられぬとは____」
「御託はいいから。色々と買うぞ」
「けっ、年寄りの話を聞けぬとは。はよなにを買うか決めておけい!」
一頻り会話をしたココナは、新聞に再び目を通し始めた。
朝から何度も読んだのだろう。
既によれよれで、使い古されている感じがする。
「アギトって、何気にお年寄りの扱い上手いよね」
「そうか?」
「ふふ、私だと上面だけしか解らないから」
「…………あんまり意識してないが。それはいい、目的のものを集めようぜ」
「うん」
悩む事より買うことの方が建設的と判断したアギトに、陽菜野は頷き、陳列されているアイテムを手に取っていく。
店内はさほど広くないが、それでも元の世界における、小さめのコンビニ程度はあると感じた二人の足取り迷いがない。
それだけこの店をなれていた。
買い物籠へと多種多様な消耗品が入れられていき、レジカウンターへと置く。
「…………随分と遠出をするのかい」
「護衛依頼だから。心配するな。どうせセシル達が代わりに来る」
「ええいうるさいわ! クソガキはガールフレンドとお喋りでもしてな!」
そう言って、ココナは商品を次々レジに通していく。
「ガールフレンドじゃなくて幼馴染だって」
「幼馴染がその歳までベタベタしておるなら、もう結婚しているようなもんじゃ。今更恥ずかしがるな」
「恥ずかしいんじゃなくてだな……あー、ヒナ、お前からもなにか言ってくれ」
バトンタッチを受けた陽菜野が前に出る。
「ココナさん、私達はガールフレンドじゃありません。もっと別の関係……言い換えるなら飼い主とペットのような感じです」
「おい」
「家事洗濯掃除等々……そういう細かい雑事が一切できないペットを、私が懇切丁寧にお世話しているんですよ」
「いやまて、俺はそこまで酷くない」
「ふーん、未だに洗濯機のスイッチさえ触らないくせに」
「あれは複雑怪奇でな。第一なんで洗剤が自動的に出てこない」
「そんなの当たり前ですー。機械苦手だからって限度がありますー。おまけに色物の分け方も覚えないし、洗剤の選び方だって」
「くっ……全部同じだろうが」
「そうやって雑にしてー。とまあ、アギトには私がお世話しないといけないんですよ。だから飼い主とペットな感じで」
呆れるようなため息がつかれた。
力説を止めたそれに続いて、慣れた手つきでレジを操作するエルフが言う。
「それを夫婦生活と言うんじゃろうが」
「…………飼い主とペットの関係です!」
「まあ、どっちでもいいわ。ほれ、会計じゃ」
「むむむむ……ココナさんにはもう少し説明が必要ですね」
「要らんから金払え」
表示された額を払い終えると、買い物袋をアギトが持ち上げてそのまま退店しようとした時。
「ちょっとまてヒナノや」
「え? 私ですか?」
頷くココナに首をかしげたアギトは、先に出ていると言って店内から去る。
二人だけになった少女と少女は向かい合った。
「お前、アギトのことを本当にどう思っておる?」
「だから先言った通り」
「ここには、アギトはおらぬ。言ってみよ」
「…………」
陽菜野は頬を無意識な動きで、軽く撫でた。
奥歯に仕舞い込んでいた言葉を出すように。
「幼馴染です。大切な」
断言だった。
二言目はない。
それ以上、彼女が抱く言葉は現時点で存在しなかったし、それ以外言ってならぬとすら感じられる。
ココナはそう考えた。
少なくとも、今の陽菜野に対して。
「そうかい。なら、これをやろう」
と言って、カウンターの裏側から一つの小瓶を取り出した。
陽菜野の掌に収まるほどのサイズで、中身は桃色の液体である。
「これは?」
問いに応えるココナの言葉を聞いた陽菜野は、その小瓶を大事にしまった。
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