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第二章 勇者降臨

第三十八話 利用価値

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「ほほぉー。アギトは金髪の清楚で令嬢みたいなのが好みなんだな!」

「エミィちゃんよかったね♪ 一週間ぶりに選んで貰えて」

対面するカイロルと娼婦からそう言われた二名だが、それを肯定も否定もせず受け流した。
特に愛称……もとい源氏名で呼ばれるエレーミアは見下されているニュアンスであるが、耐えられるものなんだろう。
元よりこの仕事を、女騎士の矜持が受け入れられないのだから。

誇りだかなんだか、必死に守って結構なことだ。
そうアギトは思いながら、連れ込んだ相手の顔をみずに切り出す。

「それで? なにをするんだ?」

「ふっ、決まってんだろ。まずは互いの感情を持ち上げるために酒飲みながらゲーム大会よ!」

いえー!!
すごーい!!
私楽しみー!!

バックグラウンドミュージックの勢いで、そう捲し立てる仲間を囲む娼婦達。
テーブルの上に置かれていた料理をどかして、カードやらなにやらをやっていく。
各ゲームに負けると罰ゲームとして、数秒脱衣するなどの、情欲的な行為をしなくてはならないという条件付きで。

アギトは積極的に勝つわけでも負けるわけでもなく、楽しそうにしているカイロルとゼナックに合わせて行い、料理を口にしていた。

しばらく記憶にも残らないような軽い勝負を続けていると、ゼナックの姿が数人の娼婦と共に消えていた。
カイロルは気にしておらず、残った面子で新たなゲームを始める。
なのでアギトも気にせず戯れ続けた。

さらに時間が経過し、夜が更けかけている頃合い。

「さて、結構楽しんだしそろそろ、本命と行きますかな! それじゃあマリーちゃんとシフォンちゃん、一緒に行こうか」

「お願いしま~すカイロル様♪」「今夜は忘れない夜にしてくださいね♪」

どうやら気に入った二人の娼婦を連れ込むらしく、中年になっても衰えないその姿流石と言うべきと、見送るアギト。
そんなぼーっとしている彼に、先輩風を吹かすようにいい放つ。

「アギト、お前もちゃんとやってこいよ」

「…………はあ」

それだけ返すと、二階へと登る彼を見送りきって、アギトは立ち上がった。
懐から、事前に聞いていたほどの額をテーブルにおく。

「…………」

「助かった。それじゃ」

「待ちなさい」

ゲームの最中一言も口を開かなかった彼女が、唐突に声を放つと、置かれたゼニス紙幣を手に取りアギトへと押し付けた。

「ここでは金銭を受け取れない決まりなの。受け取れるのは二階だけ」

「…………」

つまりは、セックスをしなければならない。
そう言うことである。
お通しと、飲み食いしただけではすまさせないためのシステムなのだろうが、アギトは面倒と思った。
だが、冷静に考えて、このまますぐに帰っても何かしらカイロルから追求される可能性があるのも確か。
この際仕方ないと判断する。

「なら、部屋を案内して貰おうか」

エレーミアは小さく頷いた。
怒りに満ちたのだろうか、顔を燃やすかのように赤くしながら。

二階に進み、割り振りされている部屋へと案内される。
内装は暗めで、蝋燭と光量を抑えられた魔導灯だけが光源である。
ベッドはダブルサイズで、手入れは行き届いているように見えた。
その横には安上がりな円形のテーブルと椅子が二つ。
テーブルの上に、グラスが二つとおそらくワインが入っている陶器製のポットが置かれていた。

「ノンアルコールとかないのか?」

「アルコールだけだ」

「ならいい」

アギトは椅子に座り、テーブルに頬杖を立てた。
その斜め先にエレーミアがベッドの上に座る。
先程返された金銭を置いて、大あくびをし、確認したいことだけを話す。

「時間は?」

「…………その金額だと一時間」

「じゃあ一時間のんびりさせてもらう」

「…………なにもしないのか」

「お前は好みじゃない」

「なら何故選んだ」

「都合が良かった。つまり利用価値があるからだ。お互い、別に知りたくもないが知り合っているわけで、この状況を乗りきりたいという意思は同じだろ」

「利用価値……ふん、貴様は荷物持ちの利用価値すらなかった癖に。だが偉そうにふんぞり返っているのも今のうちだ。ドラニコス様が戻ってきた暁には、貴様とあのチビブスに」

そう言いかけた所で、アギトは腰の太刀に手を掛ける。
この場には二人しかおらず、誰かが間に入ることはない。
やろうと思えば、殺れる。

「次ヒナを侮辱してみろ。頭を吹っ飛ばしてやる」

「…………冒険者が人殺しか」

「それがどうした? お前には関係ないだろ」

「…………ちっ」

舌打ちをしてエレーミアはアギトを睨み付けるだけになった。
それだけなら特になにもなし。
アギトも、彼女を無視して、ひたすら待つことにする。
目蓋を閉じて、眠っているようにも思えなくない。
このまま一時間たてば良いと思っていたが、今度は女騎士の娼婦から切り出した。

「…………きさ、いや、クサナギ」

「…………んだよ。黙っててくれ。あるいは寝ててくれ」

「もし、ドラニコス様の保釈に、お前の許可が必要な場合……どうしたら許してくれる?」

「あんなこと言っておいて、むしがいいとは思わないのか」

「勿論、あの方と復縁する際には助けるし、またそうでならなくとも、二度と関わらないように説得する」

「それもした上で、ああなったんじゃないのか」

「…………いや、話だけでも聞いてほしい。私はどうにかしてドラニコス様を保釈したい。そして、どこか静かな場所で過ごしたいんだ。名誉にも、なににも影響されない場所で」

「その為にこうしていると。結構なことだ。俺達には関係ないが」

「だが、保釈金は払いきれない。私がどのようにしても、金が足らないのだ。だから」

エレーミアが立ち上がり、アギトの前でそのドレスを脱ぎ捨てた。
下着もなにもない全裸で、恥部を隠すこともしないで懇願した。

「どうか……ドラニコス様の保釈を手伝ってほしい。その為なら、私の身体をいくらでも使っていいから…………」

アギトは、失望を隠せなかった。
こんな女、見下す価値もない。
ヒナの言うとおり、殺す価値がないのだから。

「帰る」

「ま、まってくれ! お前のサインがあれば」

「利用価値があるサインだとは思うが、メリットが俺にはない。それに」

纏わりつこうとする彼女を、彼はベッドの上に払い除けて、こう告げた。

「嫌いな女の裸は虫酸が走る」

無言の間がしばらく流れて、アギトは踵を返し、部屋を出ていった。
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