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第二章 勇者降臨

第四十一話 行商バザール

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9月も半ばをこえた頃。
いつものように依頼をこなし、報酬金を確認していた二人に、同じく報酬金を受け取っていたセシルが切り出した。

「そういや二人ともバザールがもうすぐあるんだが、見に行くのか?」

「バザール?」

「行商バザールだ。毎年9月になるとやっていてな。この前リサ達がやっていた護衛依頼もそれ関連だったんだが、まあそこはいい。ゼブラールの各都市は勿論、外国からも色んな行商人が集まってきて、市場を開くんだよ」

「へぇ」

アギトは気乗りしない返事だが、陽菜野の興味は刺激された。

「外国からも……つまりは色んな情報が集まる!」

「その通り。なかには勇者召喚に纏わる話しもあるかも知れない。顔を覗かせるだけでもいいんじゃないか? 最近、討伐依頼ばかりで飽き飽きしてただろ」

そう言われると確かに今月の前半まで終えた依頼は、討伐依頼が過半をしめていて、非常に新鮮味が薄れていた。
例の合成魔獣もすっかりと鳴りを潜めて音沙汰なし。
犯人探しすら打ち切られたので、何かしらの報告が出てくるとは思えないだろう。
すっかり流れ作業の様相の依頼風景になれてしまって、なにも考えなくなっていた。

「それもそうかも。気晴らしに行こうよアギト」

「んー、買い物ねぇ」

「…………あー、もしかしたら例のアレが手に入って、アギトが大好きなやつ作れるかも」

「よし行くか」

目の色を変えたアギトは、態度含めて意見を180度変えていた。



そうして当日。
行商バザールの会場はデリアドの中央区画にある噴水広場を中心に広がっており、セシルの言葉通り、ゼブラールの国柄とは違う品物が数々と並べられていた。
露店の大中小と総数はおよそ三百をこえており、中には、普通の店と見紛うほど巨大な露店もあった。
店以外にも、何らかの芸を見せるパフォーマーや。
異国の民謡音楽を奏でる音楽家。
伝説の物語を吟じる詩優には人が集まった。 

そんな賑やかな雰囲気に、揺蕩うようにアギトと陽菜野は歩いていた。

「色んなお店があるねー!」

「そうだな」

「あれなにかな!」

好奇心に従う幼馴染に付き合い、出会い頭に見つけた露店を次々見ていく。
買いたいものは明確にあるが、それを探すだけよりは楽しいというものだろう。
南の大陸に住む少数民族の伝統工芸品に目を輝かせ、北の大陸にあるという国の風土料理に舌鼓を打つ。
久しぶりに未知の体験は、ここ最近と比べて明らかに楽しませてくれた。

「いらっしゃっせー」

幾つか目の露店を彷徨いていると、アギトは後ろから聞こえた声に振り返った。
そこには、いかにも頭が悪そうな若者が、シルバーアクセサリーを売っていた。
陽菜野は目の前の古本に夢中で、どうも気が付いてないようす。
なんとなく、自分もなにかしら興味を働かせた方がよいと考え、一旦彼女を放置してシルバーアクセサリー屋の前に向かった。

「おやおにーさん。どうよ? カノジョヘのプレゼントとしてさ」

「付き合っていない。幼馴染だ」

「そっかー。まあ、そこはどうでもいいさ。とりあえず一つ買ってくれさ」

「…………」

やけに馴れ馴れしくする若者に、従うつもりはないが折角見ている以上、とりあえず見回してみる。
宗教的意味がない、中二病患者が好きそうなデザインのあれこれを流しながら、一つ気になるのをみつけた。

ペンダントだ。
横のスイッチを押すと、開閉し、収納されてある写真が見えるという。
思い出や大切な人を納めるためのアイテムに、手を伸ばすと、更に不思議な感じがした。

「お、それを選ぶとは目があるねー」

「なんかの魔除けでも込められているのか?」

「んやー。何一つ変哲もないペンダントさ。彩ることも着飾ることもしない。永遠に不変になってほしい。そんな感じのいいストーリーをつけろって言うなら今考えるけど」

「いらない。これだけくれ」

「まいどありー」

「と、代金は幾らだ?」

アギトが懐から財布を取り出していると、若者は応えた。

「いや、そいつはタダさ」

そう言われて、ふと顔をあげると、そこに若者の姿はなかった。
それだけでなく、露店そのものがない。
あったのは馬車で、隣にあった果物屋の物だった。
白昼夢か?
しかし、手のひらにはペンダントが確かにある。

「アギトー、どうしたの?」

「え、ああいや」

「ん? なにもってるの?」

「これか? さあ、なんだろうな」

「ペンダント……シンプルで可愛いね」

「やるよ」

「いいの?」

「ああ、そのために買ったから」

正体不明の、突然消えた店の品物。
出所については口にしない。
陽菜野はそれを聞いて、目を煌めかせたような気がした。

「そ、そう、なんだ…………えへへ、なんか照れるなぁー」

「いらないならいいけど」

「わぁー! いるいる!」

「ほら」

手渡そうとすると、陽菜野がくるりと背中を向けた。

「着けてみてよ」

「はあ? なんで」

「なんとなく」

「…………じゃあ」

アギトはペンダントを陽菜野に着ける。
背中越しに手を回して、長い髪の中に隠れる首もとにかけた。
なんとなく……恥ずかしい。
そう思っているが、ほんの数秒の作業に、なになしら深く考えることはなかった。

「つけたぞ」

「…………うん」

「なんだよ」

「別にぃ、ほら、他の露店も見て回ろ!」

なにかしら言いたげな様子だったが、それを誤魔化すように彼女は、アギトの手を引いた。
背中を向けたままだが、一瞬だけ見えた顔は、すこしだけ赤くなっていた。
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