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一章 5人の婚約者

退学

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 1週間がたった。私はお昼を食べ終わるとそのまま2階から食堂を出た。ダンがついて来たけれど構わなかった。ただ教室に戻ってユシアと話しをするだけだから。フレイの話はできないけれど、ユシアとは授業の話もするので今日はその話をすればいいと思っていた。

「あ、悪い。俺トイレ行ってくる。先教室に戻っていてくれ」
「ええ。元々戻るつもりだったから気にしないで」

 トイレの前で立ち止まったダンが私にそう言うので、私は振り返ってそう言うと教室に向かって歩き出した。2階の廊下には生徒が多いため、私に何かをしようとは思わないだろう。
 最近はいじめがあるためなのか、教員も必ず廊下にいる。見たことのない教員がいることが多いのだけれど、今日は教室の前でベルディア先生が男子生徒と話していた。何を話しているのかはわからないけれど、今日の監視としているのだろう。

 ――ベルディア先生がいるのなら大丈夫かな。

 そう思って階段の前を通った時だった。多くの生徒がいるし、ベルディア先生もいるからと油断をしていた。だから、擦れ違うようにして私の横を通った人に階段から突き落とされるとは思いもしなかった。
 驚きのあまり悲鳴なんかでない。けれど、相手の顔はしっかりと確認した。彼女は同じクラスのハイイログマの獣人、レイラ・ユバース。いつもは怖い顔をしているけれど、その顔はとても楽しそうに見えた。

「アメリア!!」

 ベルディア先生の声が聞こえた。でも私は体勢を立て直すことができない。私は強く目を閉じた。階段の下には誰もいないから叩きつけられることがわかっていた。

「パンテラ! 階段の下にすぐ飛べ!」

 ベルディア先生の叫ぶ声が聞こえた。パンテラとは誰なのかもわからない私には意味がわからなかった。けれど、すぐに理解した。それは私を受け止めてくれた男性の名前だったのだ。
 誰かに受け止められたことがわかり目を開くと、そこにいたのはユキヒョウの獣人男性だった。綺麗な青い目で私を見ると大きく息を吐いて私に微笑んだ。

「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
「間に合ったか!?」
「間に合いましたよ」

 階段の上からベルディア先生が問いかけてきた。それに答えたのはパンテラと呼ばれた彼だった。私が階段の上を見上げると、ベルディア先生の左手はレイラを捕まえていた。少し息を切らしているように見えるベルディア先生は全速で走って来たのだろう。

「今日はお前が1階にいることは知ってたからな。間に合ってよかったよ」
「ベルディア先生に言われて転移魔法を使いましたから」

 どうやらこの人も教員のようだ。大きく息を吐いてもう一度私に微笑むと、パンテラ先生は私を抱き上げたままその場に座り込んでしまった。
 落ちてきた私を受け止めたのだから仕方がないだろうと思ったけれど、そうではないようだ。レイラを連れて階段を下りてきたベルディア先生が呆れたように息を吐いた。

「魔法を使うと疲れるのはどうにかならないのか?」
「無理ですね。しかも今はベルディア先生の声がただ事じゃなかったので無駄に魔力を使いましたから、なおさら消費が激しいです」
「あ、あの。助けていただきありがとうございます」
「構いませんよ。本当に怪我がなくてよかったです」

 パンテラ先生から離れて頭を下げる私に、パンテラ先生は微笑んで右手で頭を撫でた。そこまで子供ではないのだけれど好きにさせた。
 階段の上から騒ぎを聞きつけた生徒達が集まってくる。後ろのほうにダンらしき姿が見えたけれど、僅かに見えたその姿に首を傾げた。
 何かが可笑しいと思ったのだけれど、何が可笑しいのかはその時の私にはわかりはしなかった。顔がよく見えなかったのだから仕方がない。

「さて、パンテラはアメリア嬢を教室に連れて行ってくれ。俺はこいつを連れて行く」

 そう言ってベルディア先生はレイラを見てから職員室へと目を向けた。そこには数人の教員が立っている。どうやらベルディア先生と同じ魔法が使える教員が話をしていたようだ。
 レイラは俯いて決して私の顔を見ようとはしない。それどころか、他の教員の顔も見ようとはしていない。パンテラ先生が顔を覗き込もうとしているけれど、顔を逸らしている。

「わかりました。アメリアさん、行きましょうか」
「私1人で大丈夫ですよ」
「何かあるかもしれないだろ。一応連れて行ってもらえ。で、その後は放課後まで教室から出るな」

 立ち上がったパンテラ先生が私の右手を取った。けれど、教室まではそんなに離れていない。1人で行けるというけれど、何かあるかもしれないからとベルディア先生はパンテラ先生を促した。
 そしてパンテラ先生に右手を引かれて私は階段を上がった。
 気をつけて上りながら振り返ってレイラを見ると、彼女は私を見て微笑んでいた。何故かその顔がとても怖かった。

「本当に大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」

 教室の前で向かい合い、私が頭を下げるとパンテラ先生は何も言わず頭を撫でたので、もしかすると頭を撫でることはこの人の癖なのかもしれないと思うことにした。

「何かあったら誰にでもいいから相談するんですよ」
「わかりました」
「それじゃあね」

 手を振って去っていくパンテラ先生にもう一度頭を下げて私は教室に入った。クラス中私を見ていたけれど、気にすることなくユシアに近づいた。
 教室を見渡してみると、ダンの姿はどこにもない。もしかすると先程見たのはダンじゃなかったのかもしれないと思った。

「何かあったの?」

 ユシアは騒ぎには気づいていたけれど、様子を見にはきていなかったようで首を傾げて私に尋ねてきた。
 私が説明すると驚いた顔をして、怪我がないかを尋ねてきた。心配するユシアにかすり傷もないことを伝えると安心したように微笑んだ。

「いじめが無くなればいいのにね」
「そうね。でも、私が婚約したことが原因だと思うから」

 そう言って微笑むと、ユシアは「そっか」と言ってそれ以上は何も言わなかった。だから私は数学の授業の質問をすることにした。
 少し理解できない場所があったので、数学が得意なユシアに教えてもらおうと思ったのだ。今躓いていたらきっとこれから授業について行くことができなくなってしまうから。
 ユシアに教えてもらっている間にダンが戻って来ていたようで、チャイムが鳴る少し前にはケビン達も教室に入って来た。何か騒ぎがあったことは知っているらしいけれど、誰がその中心にいるのかはわからないようで私とユシアは微笑んだだけで何も言わなかった。

 そして授業が終わり、ホームルームになるとベルディア先生が姿を現した。レイラの姿は見当たらない。
 教卓に両手をついて教室を見回してから私を見た。その目を見てこれからそのことを話すのだと私は理解することができた。
 小さく頷くとベルディア先生も頷いてから口を開いた。

「昼休み騒ぎがあったことは知ってるな。レイラ嬢がアメリア嬢を階段から突き落した」
「え!?」

 ケビンの驚く声が聞こえた。同じようにローレンたちも驚いていることがわかる。でも私は黙ってベルディア先生を見つめた。

「レイラ嬢は退学処分になった。何故突き落したのかさえも話はしなかった、パンテラ先生がいなければ危険だったこともあり退学処分になった」

 授業道具などはあとで両親が来るときに一緒に持って行ってもらうことになっているようだ。その時に全てを離すらしく、場合によっては私の家に謝りに来るかもしれないということのほうが私にとっては厄介だ。
 家に来てしまえば私がいじめられていることが家族にばれてしまう。後でベルディア先生に家には来ないようにお願いしておこうと決めた。

「いいか、お前ら。場合によっては退学処分になる。他の教員達とも話して決めたことだ。他の生徒が退学処分にならないことを願っているよ」

 そう言うといつものベルディア先生の表情に戻るとホームルームがはじまった。そして終わると私はすぐにベルディア先生に伝えた。
 どうしてと言いたげな顔をしていたけれど、仕方ないと言う様に了承してくれたので取り敢えず私は安心した。
 本当に来るか来ないかはレイラの両親の判断に任せるしかないのだけれど、私は鉢合わせをしないように図書館で時間を潰すことにした。
 けれどその前にケビン達に質問攻めを受けることになってしまった。その中にダンもいたことで、階段の上にいたのはダンではなかったのだろうとその時の私は思っていた。
 ユシアが私の様子を見て微笑んでいたけれど、正直助けてほしいと思っていたけれどユシアにはどうすることもできないことはわかっていたので私はケビン達が満足するまで彼らの質問に答えるしかなかった。
 質問が終わり彼らが満足すると「気をつけろよ」と本当に心配しているローレンの言葉に私は頷いて「気をつけるよ」と答えた。
 信じてもらえないだろうけれど、これでも少しは気をつけて生活をしている。それでも気が向ける瞬間があるのだ。1日中気をつけていると疲れてしまうのだから仕方がないこと。
 私はユシアとハロルドと一緒に図書館へと向かった。玄関から出る時、ガラウェルド学園の門から出て行く3人の後姿が見えたけれど気にすることはなかった。
 きっともう二度と合うことはないのだから。


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