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『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』

真 side 6

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 私は雑念を振り払うように頭を振り、静かに深呼吸をした。

 そうしていると、潤美は気になっていたらしい、ある疑問を口にした。

「それにしても、よ。罪が六つって……さすがに多くない? 私でさえ、思いついたのは二つよ。鈴木は置いといて、そこの彼女とか……虫一匹殺せないって顔をしているじゃない」

 美香に長い爪を突きつけながら指さす姿勢は不躾だが、潤美の言う通り美香は虫を殺せない。それどころか、彼女はその虫を逃がすタイプだ。まさに、濃縮した清純を具現化したような人間だ。

「待てよ……」

 ふと、私はあることに気がついた。

「そもそも、一人あたり六つも罪を犯している方がおかしいんじゃないか?」

 独り言のように呟いた言葉を、彼らは聞き逃さなかった。代表した鈴木が、「どういうことですか?」と私に尋ねた。

 私はローテーブルにある、並べられた切り抜きの一字にそっと触れながら、

「私たちはこの新聞の切り抜き文字を適当に並び替えただけだ。しかしところどころが抜けていて、勝手に補完して読んでいる。はたしてそれは、本当に正解なのか?」

「えーと、それはつまり……これが間違っていると?」

「かもしれない、ということだ」

 私は文字を入れ替えつつ、

「さっきも言ったが、これを見つけた時、私は美香に気を取られていた。だからすべてのパーツを手にしていない可能性がある。例えば、汝はお前、という意味だ。だが、ここには七人も人間がいる。それなら、汝ら、の方がしっくりくる」

「言われてみれば、そうですね」

「助詞も勝手につけ足しただけだ。もちろん、それだけでも文章として完成するが、少し変えてみよう」

「例えば?」

 私は手を止めて、並べ替えた切り抜きを彼らに見せた。

「『汝ら、罪を六つ告白せよ。さもなくば』。これだと、一人あたり六つではなく、全員で六つ答えろということになる」

 美香が文字を見つめながら、「一人、一つ……」と小さく呟いた。

「私はっ、私は何も、していませんっ。何も悪いこと、してませんっ」

「ちょっとは黙りなさいよ、おばさん! なんなの、この人さっきからずっと……ここから脱出したいの? したくないの? どっち!」

「ごめんなさいっ。ごめんなさい、怒鳴らないで、ごめんなさい」

「ヒス、こえ~」

「んだと、このデブ!」

「少し、黙ってくれ!」

 私は怒鳴った。声を荒げていた全員が、一瞬で動かしていた唇を真一文字に引き結んだ。

 しまった、とは思わなかった。怒ったわけではない。今のは意図的に怒鳴ったものだからだ。

 私は咳払いをして、彼らを窘めた。

「声を荒げてすまない。だが、感情的になっても、物事は進まないんだ」

 そう言うと、潤美は気まずそうに、ショウコは絶望したように、平は不服そうに、それぞれ顔を逸らした。

 短く息を吐くと、美香が私の袖をクイクイと引っ張った。

「ねえ、真さん。ここには七人よ。真さんの言う通りだとすると、一人が余るんじゃないかしら?」

 当然の疑問を投げかけられた。答えは簡単だ。それは私が犯人にとって、予定外の人間だからだ……とは、口が裂けても言えない。

 私は「誰か一人だけ、罪を犯していないのかもしれない」とおくびにも出さずに答えた。

「ふーん。一人だけねぇ……」

 鈴木が納得いかないといった様子で呟いた。

「私もこれが正しいとは思っていないよ。そういう可能性もあるってだけだ」

 鈴木の独り言に対して言うと、彼は「そうですね」と肩を竦めた。

「こんなメッセージを残されても、犯人の目的は全然わからないわけですし。ともかく、三階を調べましょう」

「そうだな」

 私と鈴木の意見が一致したところで、しばし静観していた武藤が口を開いた。

「やる気になっているところ、水を差すようで悪いが。この犯人が残したと思しきメッセージ通り、俺達が罪を告白したとして、だ。本当にここから解放されると思うのか?」

「それは……」

 罪を告白したとして、逃がすとは書かれていない。武藤は誰もが触れなかった点を、突きつけるように向き合わせた。

 しかしこれに対して、私の中で答えは決まっていた。

「わかりません。ですが、ここで七人が固まっていても、助かりません」

 向かいに座る武藤をまっすぐに見つめて言い切った。

 しばしの沈黙の後、「そりゃそうだ」と、武藤は根負けしたように目を伏せた。

 私は懐中電灯を握ると、ソファから立ち上がった。

「じゃあ、三階に行ってくる」

「まさか、真さん。一人で行くの? 危ないわ」

「それは……」

 美香が私の袖を引っ張った。潤美も珍しく、うんうんと頷いた。

「どこに犯人が潜んでいるのか、わかんないんでしょ? その子の言う通り、一人じゃ危険だわ」

「なら、全員で三階へ移る……とか?」

 苦肉の策でそう言うと、美香の顔がサッと青ざめた。当然といえば当然の反応だ。人形とはいえ、あそこに女性陣は連れていけない。特にショウコは間違いなく発狂する。

 鈴木がひらひらと挙手をした。

「私もついて行きますし、一人じゃないですよ。とはいえ、二人というのも心許ない。もう一人くらい、ついて来てくださると心強いかも」

「そうだな。となると……」

 女性陣を除けば、男性は武藤と平しかいない。本音を言えば、この二人とも三階へ連れていきたい。私が鈴木と二人きりになりたくないというのもあるが、それよりも武藤と平、どちらか一方を女性しかいないこの場に残したくない。かといって、二人を連れて行けば、今度は女性陣だけとなってしまう。それも避けたい。

 私はしばし、考えあぐねた末、武藤を見た。

「武藤さん。一緒についてきてもらえますか?」

「ついていくだけなら、いいぞ」

 武藤は快くとはいかないものの、気怠い様子で立ち上がった。より協力的なのは彼の方だし、平は三階に辿り着いた途端に座り込むだけかもしれない。

 相変わらず靴は踵を踏んだままだが、本人は気にならないらしい。「行くか」と、やる気のない表情で私と鈴木に言った。

 私は残る彼らに向かって、天井を指さした。

「じゃあ、三階に行ってくる。もしものことがあれば、階段の踊り場まで出て叫んでください。すぐに駆けつけるから。三階の方も、扉を開けておく」

「わかったわ」

 美香と潤美が頷いた。

「あ、待って。武藤さん、これを……」

 と、美香が背を向けた武藤に、自身が着ていた白衣のボタンを外し始めた。少しだけもたつきながらも、白衣を脱いだ美香は武藤にそれを差し出した。

「三階は寒かったので。羽織るだけでも……」

「いいのか?」

「ええ」

 代わりに自分が薄着となったわけだが、美香は半ば押しつけるように武藤へ手渡した。

「わざわざ、ありがとうな。嬢ちゃん」

 白衣を受け取った武藤が、少しだけ口角を上げた。彼の笑った顔を、初めて目にした。

「しかしよ。これ、彼氏さんの方にはよかったのか?」

 ぼっこりとした腹周りは開けたまま、白衣を羽織る武藤が私を顎で示した。言われて気づいたのか、美香が「あ」と口を開けたが、私は「いいよ」の意味を込めて自分の前に手を翳した。私も白衣を着ていないわけだが、自分や恋人よりも他人を優先し、気遣うことのできる彼女を、嬉しく思った。

 とはいえ、今度は彼女が冷えてしまう。美香の言う通り、下にはスカートを穿いていた。ひらひらと裾が広がった膝丈のスカートだ。ストッキングを履いていても、これでは冷えるだろう。

 そういえば、新聞紙に気を取られていて、「2」の診察室のロッカー内を確認していなかった。そこに白衣はあるだろうか。いや、おそらく私を除いた人数分が用意されているのだろう。少なくとも、あと一着はあるはずだ。平は着ないだろうし、彼の分を使えばいい。

 私はこっそりと、美香に耳打ちした。

「ここで彼らと待っていてくれ。それから、『2』の診察室のロッカーに白衣があると思うから、寒ければそれを着るんだ。何かあったら、迷わず叫ぶんだよ。いいね?」

「わかったわ。真さんたちも、気をつけて」

 ニコリと微笑む美香を前に、私は口づけたいのを我慢して、鈴木と武藤とともに三階を目指した。

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