傭兵少女のクロニクル

なう

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第114話 乱殺

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 ゴンドラを吊るしたシャペルは闇夜を飛ぶ。
 音はしない。
 静かに飛翔する。
 私はシャペルの背中に乗り、全身で風を受ける。
 長い金髪が風になびく。
 でも、それほど強い風ではない、ゴンドラを繋ぐロープの強度に自信がないので、極力低速で移動しているからだ。
 リープトヘルム砦まで約40キロ、1時間近く飛行してその手前の集合場所付近に到着した。
 私たちは周囲を見渡す。
 下は暗く、目印が何一つない……。
 私や、ゴンドラのみんなが必死に目を凝らして友軍を探す。
 あくまでも私たちは補助、戦争の主役は砦を正面から攻める彼らなのだ。
 私たちは敵が友軍と戦っている隙を付いて、上空から砦内に潜入して、そして、門を開けて、砦内に味方を引き入れるのが主な役割。
 なので、彼ら、友軍が戦端を開き、激しく戦ってくれないことには何もできない。

「シャペル、もっとゆっくり……」
「ピポロポ」

 この辺にいると思われる……。
 だって、もう数キロ先にはリープトヘルム砦の明かりが見えるのだから。

「いた、いた、あれだ」

 速度が落ち、風の音が止んだおかげでゴンドラ内でなされている会話が聞き取れるようになる。
 わずかな星明りの下、うごめくように動く集団が目に入る。

「あれか……」

 近づくと、ドドドド、という、大量の馬のひずめの音も聞えてくる。
 数は、近隣の村々からの参加者を含め、およそ1400人、かなりの大軍団になっていた。

「こうして見ると、すげぇ数だな……」

 と、秋葉が感嘆の言葉を漏らす。
 地上で、パンッ、という音がして、小さな閃光が走る。
 ゴンドラからも同じような音がして小さく光る。
 お互い合図をしたのだろう。

「ナビーフィユリナ、位置は確認した、少し上昇して距離を取ってくれ!」
「はぁい! シェペル、上昇!」
「ピポロポ!」

 東園寺の指示に従い、シャペルの高度を上げる。
 上空50メートル程度。
 友軍の最後尾に付け、同じ速度であとを追う。
 やがて、攻撃目標であるリープトヘルム砦の1キロ手前まで来たところで全軍停止する。
 数分間の沈黙……。
 そして、先頭の騎馬、おそらく、シェイカー・グリウムであろう人物が全軍に対して大きく手を挙げる。
 すると……、

「うわっ」
「くっ」

 光りが爆発した。
 その光りを避けようと、みんなが顔を背けたり、手をかざしたりする。

「な、なによ……」

 友軍全体が光っている……。
 ほぼ全員がこうこうと燃える松明を手にしていた。
 暗闇に慣れすぎて、その明かりに目が眩んだのだ……。

「突撃!!」

 そして、あの先頭の、シェイカー・グリウムらしき男が砦に向かって手を振り下ろす。

「「「わああああああ!!」」」
「「「おおおおおおお!!」」」

 と、それを合図に、約1400人に兵士たちがリープトヘルム砦に突撃していく。

「始まったか、これでよかったのだろうか……」
「ふっ、後悔か? らしくないな、東園寺」
「後悔くらいするさ、いや、いつもしっぱなしだ、いつもその決断に自信がない……」
「今、それを言うか? 随分弱気だな」

 ゴンドラの東園寺と人見の会話が聞こえてくる。

「確かにな、今、言うべきことではないな……、ナビーフィユリナ! 砦の真上に移動してくれ、機を見て降下する!」

 と、東園寺が大きな声で言う。

「はぁい! シャペル、あっち!」

 私はリープトヘルムの方角を指し示す。

「ピポロポ!」

 すぐに、シャペルが反応して砦の方角に飛んでくれる。

「「「わああああああ!!」」」
「「「おおおおおおお!!」」」

 地上では弓矢や投槍での撃ち合いが始まっている。
 当然だけど、敵は砦の外に出ようとはしない。
 反対に友軍は防御壁の上から煮えた油などを落とされることを予想して、無理には近づかない。
 そのような理由から両陣営ともに距離を取り合っての撃ち合いとなっていた。
 しかも、かなりの距離があり、激しく撃ち合っているように見えて、実は双方ともに被害は少ない。

「撃て、撃て、撃て、撃ちまくれ!」
「絶対に近づけるな!」
「そんなのいいから、おまえ等も撃て!」
「全員呼べ、いいか、全員だ!」

 防御壁の上から必死に応戦しようとしている敵兵の叫びだ。
 彼らの言動から突撃破砕射撃をしているようにも見える。
 突撃破砕射撃とは、城や要塞、砦などが敵に攻められ、占領されそうになったときに、上官の命令やそれまでの任務を全部放棄して、ただ目の前の敵と死ぬ気で戦い、これを撃退する……、という軍隊の最終手段のことを言う。
 つまり、指揮系統が崩壊しているということを意味する……。

「素人か、こいつら……」

 緒戦でそれをする意味がわからない。
 でも、敵が混乱しているのは好都合、私たちの作戦がやりやすくなる。

「さらに混乱させてやれ」

 東園寺も私と同じことを考えているのか、冷静にそう指示する。

「やるか、防衛陣行くぞ、アンシャル・アシュル・アレクト、七層光輝の鉄槌、赤き聖衣を纏いし深淵の主、エア、エンリタ、エシルス、舞い降りろ、死の女神、光輝の流星陣フォール・ザ・アルテミス

 人見の魔法により、私たちの身体が一瞬赤く光る。

「ぶしゅー、ぶしゅー、今度は手加減しなくていいんすよね、東園寺さん?」

 佐野が不気味な口調で話す。

「ああ、好きなだけ暴れろ、俺が許す」
「うひ、了解、じゃぁ、リミッター外しますわぁ……、おうらぁあああああ!!」

 と、大きなかけ声とともに佐野がゴンドラから飛び降りる。

「きゃっ!」

 佐野が手すりを蹴って飛び降りたせいで、ゴンドラが激しく揺れる。

「うおおおおおおおお!!」

 佐野が着地、ドンッ、という轟音が響き渡り、砕けた石畳の破片が周囲に飛び散り、同時に砂煙も舞い、佐野の姿が見えなくなる。

「あいつすげぇな、おい……」

 秋葉が下を見ながら苦笑いする。

「な、なんだ、なにがあった!?」
「わかんない、何かが爆発した!?」
「投石機、カタパルトか、聞いてないぞ、そんなのあるなんて!?」

 敵兵は佐野が空から降ってきたのを理解できずにその周辺を右往左往する。

「うおおおおおおおお!!」

 雄叫びとともに、砂煙をぶち破りやつがその姿をあらわす。
 敵兵に肉薄し、武器は使わず、その拳を振り上げて、そして打ち抜く。
 鉄製のヘルムが激しくひしゃげ、中から大量の血を噴き出しながら空を飛ぶ。

「な、なんだぁ!?」
「なにかいるぞ!?」
「ひぃ、化け物、化け物ぉ!!」

 一瞬で恐慌状態になる。

「うがあああああああ!!」

 今度は拳ではなく、背中に担いだ巨大な鉄槌を引き抜き、それを振り回す。

「うわあああああああ!!」

 運悪く近くにいた敵兵数人が頭や脇腹を殴打され絶命する。

「ひぃ、ひいいい」
「あう、あう……」

 運良く助かった敵兵は腰を抜かし、その場にへたり込む。

「おらあああああああ!!」

 佐野はめちゃくちゃに巨大な鉄槌を振り回し続け、敵を葬り続ける。

「佐野と戦わなければならない敵兵に同情するよ……」

 それほどやつは圧倒的に強かった。
 強大な鈍い光を発する黒い鉄槌……。
 あの気の毒な剣闘士、和泉に倒されたボルベン・サンパイオ、その彼が持っていた武器とタイプは同じだけど、その大きさが違う、ヘッドの大きさがサンパイオのそれより二周りほど大きい、さらに柄の部分も太く長い、2メートルくらいある。
 そして、その鉄槌を振り回す様が両者では決定的に違うところがある……。
 それはパワー。
 サンパイオは鉄槌を振り回す度に、そのヘッドの重量に振り回されるように一歩か二歩くらいよろけてしまっていたけど、佐野は違う、その巨大な鉄槌をまるで小枝でも振るように軽々と振り回し、よろけることもなく、軸も安定、ピタリと止まる、さらに間髪入れずに次撃に移行することも可能。

「ひ、ひいい!?」
「助けて、助けてぇええ!!」
「援軍の、援軍の要請を!!」

 敵兵が逃げ惑う。

「おうらああああああ!!」
「おげああ!」
「がえええ!」

 それを背後から鉄槌で叩き潰す。
 瞬く間に死体の山が出来上がる……。

「獲物がいなくなる、俺たちも行くか、ハル?」

 秋葉が軽くストレッチしながら言う。

「ああ、行こう、蒼」

 和泉もそう答える。

「お先! ヒャッホー!」

 秋葉がゴンドラから飛び降り、頭からダイブしていく。

「それじゃ、俺も……、ナビー、助かったよ、ありがとう!」

 と、言い、秋葉と同じように和泉もゴンドラからダイブしていく。

「頼もしいというか、なんというか、血気盛んなやつらだ、狩猟班の連中は……」

 人見が彼らを見送りながら言う。

「俺たちも行こう、和泉たちが戦場をかき回している隙に正門のカギを開ける、見取図は頭に入っているな?」
「当然……、和泉たち三人は常時モニターしておく、必要とあらばいつでも連絡が取れる」

 と、人見が人差し指でメガネを直す。

「よし、わかった、では、出撃する! ナビーフィユリナ! おまえはこのままラグナロクに帰還しろ、我々は作戦が終了し次第、ナスク村の方々とともに徒歩にて帰還する! 送迎、ご苦労だった!!」
「はぁい」

 私が東園寺の言葉に返事をして軽く手を振る。

「それじゃ、ナビー、行ってくるよ」

 人見は優しく微笑みながら言ってくれる。

「はぁい、いってらっしゃぁい」

 と、同じように手を振る。
 東園寺と人見がゴンドラから下にダイブしていく。
 私は下を覗き込んで彼らが砦内に着地したのを確認する。

「さてと……」

 顔を上げる。
 私が大人しくラグナロクに帰るわけないよね……。
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