二人の火照り遊び

山之辺アキラ

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序章

4.変貌のはじまり ◆

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 ワンピースに拓斗の手がかかった。
 手のひらを上へ向けて裾を両手ですくい上げる。
 レースの縁取りが静かに少しずつ持ち上がっていく。

 露わにされていく太ももは今度は美詠からもよく見えた。
 たくし上げるスピードは先ほどに輪をかけてゆっくりだ。丁寧とも慎重ともいえた。

 拓斗にとって女子のスカート内は触れてはいけない意識の強い領域だ。
 偶然その中を見たことはあっても、自分から覗きにいったことはない。
 だからめくっていいと聞いた時、気持ちは一気にたかぶった。しかし禁忌タブー意識のしみ込んだ手が思うように動かなかった。

 今回はさっきよりも手が言うことを聞いている。
 ただ、美詠のスカートは可愛らしすぎた。ふんわり波打つフレアのミニだ。歩けば揺れ、風が吹いても揺れ、覗けば中が見え、その気になれば易々とめくってしまえるものだ。そんな危うさまでもが“カワイイ”の引き立て役になっている無防備で挑発的な衣服だ。
 手触りもすばらしく、クリーム色の布地は軽くてやわらかだ。良い香りもする。
 少年にとっては蜜のような女子感のかたまりで、拓斗は気持ちを強く持っていないと、黒いマグマのような感情に呑まれそうだった。

 むしり取るようにまくり上げてやりたい気持ちが胸の底でうねっている。
 愛らしいがゆえに荒々しくじゅうりんしてやりたい衝動がある。

 理性がそれを力づくで抑えている。
 こんなに綺麗な服はきっと彼女にとって大切なものだから大切に扱わなくてはいけないという声と、手荒に剥ぎ取り自分を呼び込んだ彼女を好きにしてしまいたい気持ちとがせめぎ合っている。

 余裕はなかった。慎重になるしかなかった。
 しかし慎重になればなるほど目は長い時間、美詠の姿を見ることになる。手を後ろへ除けてスカートをめくられることを受け入れた姿を見ることになる。
 そこには喜びがあって興奮があった。少しずつめくるじれったさは、興奮を冷ますどころか、かえって高めてしまっている。

 太ももの間にショーツの下端が現れた。
 小さな白色が黒い瞳を占拠した。

 拓斗の手がぶれた。
 熊手のように上へ曲がった指先が、右も、左も、美詠の脚の付け根近くにくっついて、肌を一斉にぞぞぞ……となぞった。そのままショーツの縁に引っかかって上へずらした。何本かの指はゴムのない足ぐりの中へ指先をもぐりこませた。すべて一瞬だった。

「ひゃうっ」

 美詠は思わず腰を引いた。
 そのはずみで指が抜けて、ショーツがぱちんと肌を叩いた。

「あ、悪い」

 謝った拓斗の口が笑っている。

「もうっ」

 美詠は抗議の苦笑を作ってみせた。
「わざとでしょ」と言いながら、引いた腰を元の位置まで戻す。
 しかし今の間も手はお尻につけたまま動かさなかった。

 それを見た拓斗の顔によこしまな気配が宿った。
 目じりが尖って口角がゆがんでいる。

「もういいよね」
「え?」

 拓斗はワンピースを一気にめくり上げた。
 手を前回よりも高く上げ、ショーツを一分も残すことなく表にさらしている。

「きゃあっ」
「おおー」

 インナーのキャミソールまで見えている。
 丈の短いキャミソールだ。ショーツまで届いていない。間にお腹の肌が見えていて、それだけにショーツが下半身の中で浮き立っている。

「もぉぉ、拓斗くん」
「つい」

 言葉は少ないが表情が多弁。

「……嬉しいの?」
「うん」
「パンツ見えたから?」
「うん」

 邪な気配を残したままの顔が喜んでいる。
 美詠も頬がほつれてにやけてしまった。

 両手で開かれたワンピースの中に、逆三角形の白と太ももが行儀良く収まっている。
 正面からそれを眺める拓斗の視線が、ショーツとその周りを移動している。

 ウエスト、太もも、そして下腹部。

 女子の身体を見ているという意識が拓斗を興奮させている。
 白い布地の縦糸横糸の縫い目まで見えてくるほど彼はよく見ている。

 その目はやがて、自分の指がずらした足ぐりに移った。
 ジグザグステッチを物珍しく眺めながら、角度の浅いVの字のラインを左上から下へさがり、次に右上から下へさがり、女の子の脚の付け根を堪能したのち、ショーツの下端で動きを止めた。

 とある場所に視線が吸い付いて離れなくなったことに美詠もすぐ気がついた。
 拓斗は食い入るように見つめている。美詠にとって最も恥ずかしくて、最も隠しておきたくて、今いくらか熱っぽくなっているところを。

「拓斗くん」
「ん」
「どこ見てるの」
「んー」
「触ってもいいよ」
「え、マジかっ」

 顔が跳ねあがった。
 美詠がうなずくとワンピースをたくし上げていた拓斗の手が片方離れた。

 落ちた裾を美詠は自分でつかんで上げなおす。
 少し、はにかんだ。自分の服を二人でめくり上げていることが可笑しくて。

「なんかドキドキしちゃう」
「俺もする。……触るよ」
「うん……」

 わずかに震える指先がショーツへ伸びた。

 しかし、指の向かった先は美詠の予想よりもずっと上側だった。
 足ぐりとウエストのステッチに囲まれたなだらかな布の中央に、三本の指が並んで着地する。少し離れて小指。
 指はそこで動きだした。

「ん……」

 子宮の位置でも確かめるかのように、下腹部のわずかな膨らみの同じ場所を手は何度もなでている。
 そのさわさわした指使いは小鳥でも目を細めてしまいそうなほどの軽いタッチだ。

 美詠も目を細めた。
 こそばゆいのだ、あまりにも。
 そして……もどかしい。

「拓斗くん」
「ん」
「そこが触りたかったの?」

 指が止まった。
 むっとした目が見上げる。

 何かまずいことを言ったと瞬間的に悟らせる空気。

「拓斗くん、どうしたの……」
「笑うからさ」

 ショーツから指を浮かせて拓斗は言う。

「我慢してたんだよ。そこまでやったら悪いかと思って。いくじなしじゃないぞ、俺は」
「ご、ごめんね。拓斗くんを笑ったんじゃなくて、くすぐったかったの」
「笑われたかと思ったよ」
「違う、違う」

 美詠は必死に首を横に振った。自分でも驚くほど弱気な声が出た。

「じゃあ遠慮しないけどいい? いいって言われたら俺たぶんホントに遠慮しないよ?」
「うん、いい……。遠慮しなくていいよ……」
「じゃあさ――」

 拓斗は浮かせていた指の位置を、下腹部からツツッと下げた。

「触るよ。ここ」

 クロッチが保護する女子の秘所。
 人差し指がピタリと指している。

「――ッ!」

 美詠は息を呑んだ。
 突きつけられた指の存在感が重い。

 しかし拓斗にそんなことはわからない。
 彼は何となく手首を返して人差し指の腹を上へ向けた。そのほうが触りやすそうだと指先で感じたのだ。

「いい?」と目だけを美詠に差し向ける。
 意図せずとも鋭く尖って見えてしまう彼の目は、手加減する気がいっさいないことを相手に知らしめるには十分だった。

 美詠は覚悟をもう一度試された形になった。
 拓斗の指の先端は近く、ショーツと爪ひとつ分しか離れていない。
 指し示された部分には恥ずかしい形の小さなシワが、いつの間にか寄っている。
 ほんの一言の返事で、指の腹は真っすぐに伸ばされ、そのシワをなでるのだ。
 それにこれまでのことを思えば、少し触ったくらいで終わりにはならないことも予想できる。

 下腹部に熱い緊張が走って、合わせた膝に力がこもった。
 美詠は答える。

「いいよ、触って……」

 声が、震えた。
 ――だが。

「みよみー!」

 不意に呼ぶ声。障子に影。

 拓斗の手が離れた。美詠もしゃがんだ。
 間髪いれずしずが現れた。美詠の母親だ。

「みよみ。お母さんちょっと買い物に行ってくるから留守番お願い。あと麦茶が冷えてるんだから自分で出しなさいね」
「は、はーい」
「なによ、それ」

 静江が笑う。
 緊張しちゃって――と、初めて男の子を家に招いた娘をからかう言葉が表情かおに書いてある。

「じゃ、拓斗君。たいしてお構いできなくてごめんなさいね」
「あ、いえ」

 拓斗が頭を下げると静江は「ごゆっくりー」と小さく手を振って去った。
 笑い方がおやでよく似ている。

「びっくりしちゃった」
「俺も」

 二人で目を合わせて苦笑した。
 ほとんど同時にため息もついた。
 血が沸きそうなほど胸が脈打っている。

 いつの間に二階から下りてきたんだろうと美詠はもう一度大きく息をはいた。
 拓斗は下がった前髪をかきあげている。

「ねえ、たっくん」
「ん?」
「……って呼んでもいい?」
「ああ、いいよ。みよみちゃんは?」
「私?」
「いつもみんなになんて呼ばれてるの」
「みよちゃんって呼ばれるよ」
「ふーん。みよちゃんか」

 拓斗は何事か考えるそぶりをみせた。
 廊下の向こうから玄関の戸の閉まる音が聞こえる。

「きっと、ちゃん付けが呼びにくいんだな。みよみ……みよちゃん……。うーん、でもやっぱり違うな。俺は“みよみちゃん”だな」
「なあに、それ」

 美詠はくすぐったくなって肩をすくめた。
 穏やかな笑みが拓斗に戻っている。さっきまでの緊張が噓のように感じられる。

 車のエンジン音がした。かかってすぐに遠ざかる。
 せっかちが透けて見えるほどの早さだ。

「行ったね」
「行ったな」

 同時に言って、目が合って、二人で一緒に照れ笑う。

「たっくん、麦茶飲む?」
「飲む」
「ちょっと待ってて」
「うん」

 美詠が出て行って、拓斗は客間で一人になった。
 家具のほとんどない16畳の和室はプールのようにだだっ広い。
 彼の目は今や開く気にもならないコミック雑誌を飛び越えて、柱に掛かる白い時計の針を読んだ。

 室温25℃、湿度60%。

 時計ではなく温度計。
 真夏だというのに東京ではちょっと考えられない数値を示している。

「お待たせー」

 美詠は運んできたお盆を床の間近くのテーブルに置いた。木製のフレームが美しいガラスのローテーブルだ。この和室の片隅にモダンな軽みを添えている。

 並んでテーブルにつく。
 二人が手に取ったグラスはぬるかった。しかし口に含んだ麦茶は氷のように冷えていて、舌と喉の熱を奪いながら胃に落ちた。

「冷たいなー」
「ね、びっくり」
「さっきの続きいいかな」

 早い要求だった。
 美詠は心の準備がしきれていなくて「えへ」と笑ってしまった。
 拓斗も笑っている。心なしか彼のほうが落ち着いている。

「……触るの?」
「そうそう。みよみちゃんを触るの」
「なんか言い方がエッチ……」

 しかし美詠の膝は疲れを訴えていた。
 拓斗もスカートのめくりっぱなしで腕にいくらか重みを感じていた。
 二人は話し合い、座布団に座ったまま続きをすることにした。

「じゃあ、みよみちゃん。俺のほう向いて体育座りして」
「うん」

「手は横にどけて。座布団の上でも畳の上でもいいよ」
「うん」

「脚を開いて。パンツ見せて」
「……これくらい?」
「もっと、こう」
「あっ」

 拓斗の手が膝をつかんで、ぱっくり広げた。
 はずみでワンピースの裾が太ももの上をすべり落ちた。

 美詠は広がった太ももの間に好奇の目の直視を受けて、座布団の端をつかんだ。

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