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私らしい道
あの悪夢のような日からもう二ヶ月が経った。
ヨハンさんが亡くなった原因もベルラード達が眠らされていた理由も今だに何の説明もないままだった。
ただ皆が心配しなくていいと、自分の体のことだけを考えて欲しいと言うばかりであの日の事は避けているようだった。
本来ならすぐに犯人を捜し出し、このような反逆者を極刑にすべきことなのに明らかにおかしい。
それは‥‥
この事に私が何か関わっているということを意味している。
そう考えるのが自然だ。
原因が私であるからこそ何も教えてくれないのではないだろうか。
一体何があったのか‥‥
眠っていただけの私には見当もつかない事だった。
今は皇后として皆の前に立つべき役目も果たせていない。
部屋で塞ぎ込む日々が続いていた‥。
本来皇后としての担うべき責任や役目を何も成し遂げられていない私はお飾りの皇后となっている。
こんな情けない自分は生きている価値などないように思えた。
ベルラードがあれほど喜んでくれたお腹の子も守ることができず、私は自分自身を責め続けていた。
このままこの世から消えてなくなることができるのなら楽になれるだろうか‥‥
そんな考えさえ浮かぶようになっていた。
コンコン
「‥‥はい」
ガチャ
「ルリア皇后陛下、リベール殿下がお見えになっております」
「リベール叔父様が?
‥‥お通ししてちょうだい‥‥」
こんな情けない姿を叔父様に見られるのは躊躇ってしまうが会わないわけにはいかないだろう。
リベール叔父様は私を信じて国を託してくださったというのにこのざまだ。
どんな顔をして会えばいいのか‥‥
「ルリア?具合は大丈夫か?」
開いた扉から真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。
「叔父様‥‥ごめんなさい」
思わず頭を下げた。
「何を謝ることがある。
子を失い体調を崩していたルリアに今日やっと会える許可が下りて今飛んできたのだ。
寝ていなくて大丈夫か?」
「ええ、‥もう大丈夫です。
叔父様の期待に応えることが何もできずに申し訳ありません」
「何を言うか!
心労をかけ無理を強いたのは私の方だ。
ルリアが謝ることなどひとつもない。
謝るのは私の方だ。
兄とアリアンにどれだけ詫びても許されないほどルリアの運命を狂わせたのは私だ」
「そうやっていつまでもご自分をお責めになるのはやめて下さい。
すべては私が選んできた道ですから誰のせいでもないことです。
私は自分の愚かさと未熟さを痛感しているだけです」
エマがすぐにお茶の用意をし、私と叔父様は向かい合って座った。
父よりも優しい顔立ちで私の髪色より淡い金色の髪は叔父様の穏やかな人柄をそのまま表しているように見える。
いつだってリベール叔父様は優しかった。
父よりも頼りにしていたし相談事もよくしていた。
親身になり話を聞いてくれる叔父様は私の大切な家族だ。
そんな叔父様を今も悲しませてしまっている。
「アリアンも時々そんな顔をしていた‥‥」
「え?」
「今のルリアのような悲しみを堪える表情だ。
常に笑顔を心がけていた彼女だが心の深いところでは身の不運を嘆いていただろう。
隣国に嫁ぎ、周りは味方ばかりではなかった。
兄や私がアリアンを気にかければかけるほど、守ろうとすればするほどに風当たりが強いことも事実だった。
兄や私の目の届かないところではライナを筆頭にこの国の令嬢達からも嫌がらせを受けていたはずだ。
だがそれを誰にも言わずに苦労を見せない努力をしていた。
辛い人生だっただろう‥‥」
リベール叔父様は一度上を向いて言葉を詰まらせた。
それはまるで涙を堪えているかのように見える。
「‥‥叔父様」
「ルリアの結婚式目前の視察は誰が考えても不自然だった。
バンホワイト家の領地だなんて何か裏があるのではないかとすぐに疑ったよ。
もちろん兄もそう思っていた。
だからこそ私にルリアを王にできるよう書簡を残していたのだ」
「ではなぜ危ないとわかっていながら行ったのですか?
なぜもっと下調べをして時間をかけなかったのですか?
バンホワイト家なら裏があると知っていながらどうして父は」
「貴族達の中でバンホワイト家とブロイド家は強大な勢力だ。
王家よりも大きな影響力を持っていた。
あの者達と対立してはルリアの結婚式も反故にされる可能性があった。
良質な鉱山は国のためだと言われれば、娘の結婚式を理由に無視などできない。
もし行かなければ暴動を起こすかわからない。
兄は行かざるを得なかった。
それほどまでにあの者達は強大な根を張り巡らせていたんだ」
「そんな」
「兄は信頼できる騎士達を皆連れて警戒はしていただろう。
だが万が一も考えていた」
私とカイトを結婚させる為に父は行くしかなかったのね‥‥
私のせいで‥‥
「ルリアが気に病むことはない、兄はそんなことは望まない。
親としての思いは受け取ってやってくれ。
兄はルリアに幸せな結婚をしてもらいたいと思っていたんだ。
ただアリアンのことは連れて行くつもりはなかったんだよ。
自分の命よりも大切な妃を危険な目にあわせたくはなかったはずだ。
万が一を考えればアリアンを同行させるわけにはいかないと何度も言っていた。
二人が言い争うことなど初めてだったかもしれない」
「父と母が言い争いを?」
「ああ。
アリアンはどうしても一緒に行くと言っててね。
兄は困っていたよ。
私にどうしたらいいかと珍しく頼ってきた」
「それで叔父様は何と」
話を聞くうちにどんどん胸が苦しくなっていく。
「ははっ、君の母は意外と頑固な人でね。
普段は優しい女神のようだが芯の強い女性なんだ。
だから危険だとわかったうえで付いて行くと言うなら兄上が折れるしかないよ‥と」
少し笑った顔をすぐに曇らせた。
「あの時もっと違う言葉をかけていたなら‥‥アリアンまで亡くなることはなかったかもしれない。
すまないルリア」
堂々巡りとはこのことだ。
両親と私のことで結局一番傷付いた叔父を今も追い詰めてしまっている。
「決して叔父様のせいではありません。
それは断言します!
母は自分で望んでいたんです。
きっと万が一を覚悟した上で」
「それはやはり‥‥この国での生活が辛く万が一が起きてもいいと思ったのだろうか」
「そうかもしれません。
何があっても父と一緒にいることを選んだのは母です。
自分の人生をどう生きるのか‥それは母が自分で決めたんです。
それが正しかったのかは分かりません。
ですが気持ちは何となく理解できます」
「ルリアがアリアンと同じような表情をするのは、もうこの生活を続けたくない気持ちがあるからなのか?」
「‥‥自分でも‥‥何と説明していいのか‥‥。
ただ自分が必要なのか生きてる価値があるのか考える時があります」
「何てことを!!」
「自分の無力さをどうしようもなく感じる時があって、でもそれは誰のせいでもなくて、本当に自分の中の問題なんです!
きっと母も自分のせいで国の揉め事を増やしてしまった事を後悔してたでしょう」
「知らない土地に嫁いできた彼女を、この国が守ってあげられなかった。
私を含めてこの国が彼女を追い詰めたんだ」
叔父の心の傷は私よりも深い。
もし母がここにいたのなら何を叔父に言うだろうか‥‥
そんなことは決まっている。
こんな優しい人を責めるわけがない。
その瞬間、ふっと母の気持ちが流れ込むような不思議な感覚がした。
まるで母が身体にすっと重なるような何とも言えない不思議な感覚だった‥‥。
「確かに苦労はありました。
ですが愛する人と死の間際まで共にいれたことは幸せだったのです。
そしてリベール様がいつも庇って守ってくださっていたこと、自らを犠牲にしてまで守ってくださったことを知っております。本当に心から感謝しております。
だからもう苦しむのはやめて下さい」
「ア‥‥アリアン⁈」
驚いたように目を見開く叔父は、私に重なったであろう母が見えたようだった。
「私の大切な人が苦しむことは最も辛いことです。
私は運命を受け入れて生ききった、それだけなのですから。
もう責めるのはやめて下さい」
ふわっと体が軽くなり息がしやすくなる。
何とも摩訶不思議な感覚だが心が温かくなるようだ。
私は一度深呼吸すると、
「これ以上叔父様がご自分をお責めになると温厚な母でも怒りますよ」
強い口調で言った私に、
「まるで今アリアンに言われたようだった。
その美しい瞳は不思議だ。
紫水晶の瞳には神聖さを感じる。
私をここまで導いてくれたのはその魅了の宝石だ」
「魅了の?」
その言葉になぜか懐かしさを感じる気がした。
「人は生きていくうえで時に何かにすがりたくなる。
人は愚かで弱い。
邪悪な心にも負けそうになるものだ。
だが間違いを正し導いてくれる光を見出せればその光の為に命さえもかけられる強さがある。
兄と私にとってはそれがアリアンであり、皇帝にとってみればルリアだ。
光に魅了されれば離れることはできない。
いくら困難が立ち塞がろうとも自分の光を見つけた者の信念は揺るがない。
それは知っておいてほしい」
ギィィィ
少し開いたままだった扉が大きく開く。
入ってきたのはベルラードだった。
「失礼ながら外で聞かせていただいていました。
私も入れていただいても?」
「ああ、もちろんです」
ベルラードは叔父に頭を下げ私の足元で片膝をついた。
「ベルラード?」
「そなたがこの生活が辛いというなら皇后の務めなどせずともよい。
俺が全てやる」
「何をっ」
「聞いてくれ。
俺が皇帝になると決めたのはルリアと共にいたいという浅はかで自分勝手な思いからだ。
崇高な精神があってのことではない。
ただルリアの傍にいたい、その一心でこの大役を引き受けた。
愚か者だと言われようが構わない。
ルリアが俺と一生共にいてくれるのなら全身全霊をかけて皇帝の役目を全うしよう。
だからどうかお願いだ、自分を苦しめ卑下しないでくれ。
俺にとってはルリアこそが生きる意味なんだ。
傍を離れないでくれ」
私の手をギュッと強く握る。
「ルリアさえいてくれれば何でも乗り越えられる自信がある。
やり遂げられる自信があるんだ。
重い男だとわかっているが受け入れてほしい」
ベルラード‥‥
こんな私でも彼は変わらずにいてくれる。
「私はあなたにこんなにも愛されているのに自暴自棄になるなんて本当に情けない女ね。
自分を見失って落ち込んで閉じこもって。
一番嫌いな人間になっていたと思うわ」
漆黒の美しい瞳はいつも深い愛で私を見つめてくれる。
「これでは国を逃げ出してきたあの日の私にも劣るわね。
ごめんなさい、ベルラード」
言い終えると心がすっと軽くなっていくように感じた。
自分が愛される人間であってもいいと。
愛されるに値する人間であると。
彼の傍なら信じられる、もう一度自分自身を信じてみたい。
そう思えたらやっと自分らしさが見えた気がした。
だって思ってる以上に私は愛されているようだもの‥‥。
進むべき私らしい道をここから始めよう‥‥彼と共に。
私は気合いを入れ直すために思い切り両頬をバチンと叩いた。
あまりに大きな音だったものだから、ベルラードも叔父様も驚いて目を丸くしたけれど、昔から自分に気合いを入れるのはこのやり方だ。
気合を入れ直した私は胸のつかえがとれた気がした。
お母様、私ここでもう一度頑張ってみます‥‥見守っててね。
ヨハンさんが亡くなった原因もベルラード達が眠らされていた理由も今だに何の説明もないままだった。
ただ皆が心配しなくていいと、自分の体のことだけを考えて欲しいと言うばかりであの日の事は避けているようだった。
本来ならすぐに犯人を捜し出し、このような反逆者を極刑にすべきことなのに明らかにおかしい。
それは‥‥
この事に私が何か関わっているということを意味している。
そう考えるのが自然だ。
原因が私であるからこそ何も教えてくれないのではないだろうか。
一体何があったのか‥‥
眠っていただけの私には見当もつかない事だった。
今は皇后として皆の前に立つべき役目も果たせていない。
部屋で塞ぎ込む日々が続いていた‥。
本来皇后としての担うべき責任や役目を何も成し遂げられていない私はお飾りの皇后となっている。
こんな情けない自分は生きている価値などないように思えた。
ベルラードがあれほど喜んでくれたお腹の子も守ることができず、私は自分自身を責め続けていた。
このままこの世から消えてなくなることができるのなら楽になれるだろうか‥‥
そんな考えさえ浮かぶようになっていた。
コンコン
「‥‥はい」
ガチャ
「ルリア皇后陛下、リベール殿下がお見えになっております」
「リベール叔父様が?
‥‥お通ししてちょうだい‥‥」
こんな情けない姿を叔父様に見られるのは躊躇ってしまうが会わないわけにはいかないだろう。
リベール叔父様は私を信じて国を託してくださったというのにこのざまだ。
どんな顔をして会えばいいのか‥‥
「ルリア?具合は大丈夫か?」
開いた扉から真っ直ぐ私に向かって歩いてくる。
「叔父様‥‥ごめんなさい」
思わず頭を下げた。
「何を謝ることがある。
子を失い体調を崩していたルリアに今日やっと会える許可が下りて今飛んできたのだ。
寝ていなくて大丈夫か?」
「ええ、‥もう大丈夫です。
叔父様の期待に応えることが何もできずに申し訳ありません」
「何を言うか!
心労をかけ無理を強いたのは私の方だ。
ルリアが謝ることなどひとつもない。
謝るのは私の方だ。
兄とアリアンにどれだけ詫びても許されないほどルリアの運命を狂わせたのは私だ」
「そうやっていつまでもご自分をお責めになるのはやめて下さい。
すべては私が選んできた道ですから誰のせいでもないことです。
私は自分の愚かさと未熟さを痛感しているだけです」
エマがすぐにお茶の用意をし、私と叔父様は向かい合って座った。
父よりも優しい顔立ちで私の髪色より淡い金色の髪は叔父様の穏やかな人柄をそのまま表しているように見える。
いつだってリベール叔父様は優しかった。
父よりも頼りにしていたし相談事もよくしていた。
親身になり話を聞いてくれる叔父様は私の大切な家族だ。
そんな叔父様を今も悲しませてしまっている。
「アリアンも時々そんな顔をしていた‥‥」
「え?」
「今のルリアのような悲しみを堪える表情だ。
常に笑顔を心がけていた彼女だが心の深いところでは身の不運を嘆いていただろう。
隣国に嫁ぎ、周りは味方ばかりではなかった。
兄や私がアリアンを気にかければかけるほど、守ろうとすればするほどに風当たりが強いことも事実だった。
兄や私の目の届かないところではライナを筆頭にこの国の令嬢達からも嫌がらせを受けていたはずだ。
だがそれを誰にも言わずに苦労を見せない努力をしていた。
辛い人生だっただろう‥‥」
リベール叔父様は一度上を向いて言葉を詰まらせた。
それはまるで涙を堪えているかのように見える。
「‥‥叔父様」
「ルリアの結婚式目前の視察は誰が考えても不自然だった。
バンホワイト家の領地だなんて何か裏があるのではないかとすぐに疑ったよ。
もちろん兄もそう思っていた。
だからこそ私にルリアを王にできるよう書簡を残していたのだ」
「ではなぜ危ないとわかっていながら行ったのですか?
なぜもっと下調べをして時間をかけなかったのですか?
バンホワイト家なら裏があると知っていながらどうして父は」
「貴族達の中でバンホワイト家とブロイド家は強大な勢力だ。
王家よりも大きな影響力を持っていた。
あの者達と対立してはルリアの結婚式も反故にされる可能性があった。
良質な鉱山は国のためだと言われれば、娘の結婚式を理由に無視などできない。
もし行かなければ暴動を起こすかわからない。
兄は行かざるを得なかった。
それほどまでにあの者達は強大な根を張り巡らせていたんだ」
「そんな」
「兄は信頼できる騎士達を皆連れて警戒はしていただろう。
だが万が一も考えていた」
私とカイトを結婚させる為に父は行くしかなかったのね‥‥
私のせいで‥‥
「ルリアが気に病むことはない、兄はそんなことは望まない。
親としての思いは受け取ってやってくれ。
兄はルリアに幸せな結婚をしてもらいたいと思っていたんだ。
ただアリアンのことは連れて行くつもりはなかったんだよ。
自分の命よりも大切な妃を危険な目にあわせたくはなかったはずだ。
万が一を考えればアリアンを同行させるわけにはいかないと何度も言っていた。
二人が言い争うことなど初めてだったかもしれない」
「父と母が言い争いを?」
「ああ。
アリアンはどうしても一緒に行くと言っててね。
兄は困っていたよ。
私にどうしたらいいかと珍しく頼ってきた」
「それで叔父様は何と」
話を聞くうちにどんどん胸が苦しくなっていく。
「ははっ、君の母は意外と頑固な人でね。
普段は優しい女神のようだが芯の強い女性なんだ。
だから危険だとわかったうえで付いて行くと言うなら兄上が折れるしかないよ‥と」
少し笑った顔をすぐに曇らせた。
「あの時もっと違う言葉をかけていたなら‥‥アリアンまで亡くなることはなかったかもしれない。
すまないルリア」
堂々巡りとはこのことだ。
両親と私のことで結局一番傷付いた叔父を今も追い詰めてしまっている。
「決して叔父様のせいではありません。
それは断言します!
母は自分で望んでいたんです。
きっと万が一を覚悟した上で」
「それはやはり‥‥この国での生活が辛く万が一が起きてもいいと思ったのだろうか」
「そうかもしれません。
何があっても父と一緒にいることを選んだのは母です。
自分の人生をどう生きるのか‥それは母が自分で決めたんです。
それが正しかったのかは分かりません。
ですが気持ちは何となく理解できます」
「ルリアがアリアンと同じような表情をするのは、もうこの生活を続けたくない気持ちがあるからなのか?」
「‥‥自分でも‥‥何と説明していいのか‥‥。
ただ自分が必要なのか生きてる価値があるのか考える時があります」
「何てことを!!」
「自分の無力さをどうしようもなく感じる時があって、でもそれは誰のせいでもなくて、本当に自分の中の問題なんです!
きっと母も自分のせいで国の揉め事を増やしてしまった事を後悔してたでしょう」
「知らない土地に嫁いできた彼女を、この国が守ってあげられなかった。
私を含めてこの国が彼女を追い詰めたんだ」
叔父の心の傷は私よりも深い。
もし母がここにいたのなら何を叔父に言うだろうか‥‥
そんなことは決まっている。
こんな優しい人を責めるわけがない。
その瞬間、ふっと母の気持ちが流れ込むような不思議な感覚がした。
まるで母が身体にすっと重なるような何とも言えない不思議な感覚だった‥‥。
「確かに苦労はありました。
ですが愛する人と死の間際まで共にいれたことは幸せだったのです。
そしてリベール様がいつも庇って守ってくださっていたこと、自らを犠牲にしてまで守ってくださったことを知っております。本当に心から感謝しております。
だからもう苦しむのはやめて下さい」
「ア‥‥アリアン⁈」
驚いたように目を見開く叔父は、私に重なったであろう母が見えたようだった。
「私の大切な人が苦しむことは最も辛いことです。
私は運命を受け入れて生ききった、それだけなのですから。
もう責めるのはやめて下さい」
ふわっと体が軽くなり息がしやすくなる。
何とも摩訶不思議な感覚だが心が温かくなるようだ。
私は一度深呼吸すると、
「これ以上叔父様がご自分をお責めになると温厚な母でも怒りますよ」
強い口調で言った私に、
「まるで今アリアンに言われたようだった。
その美しい瞳は不思議だ。
紫水晶の瞳には神聖さを感じる。
私をここまで導いてくれたのはその魅了の宝石だ」
「魅了の?」
その言葉になぜか懐かしさを感じる気がした。
「人は生きていくうえで時に何かにすがりたくなる。
人は愚かで弱い。
邪悪な心にも負けそうになるものだ。
だが間違いを正し導いてくれる光を見出せればその光の為に命さえもかけられる強さがある。
兄と私にとってはそれがアリアンであり、皇帝にとってみればルリアだ。
光に魅了されれば離れることはできない。
いくら困難が立ち塞がろうとも自分の光を見つけた者の信念は揺るがない。
それは知っておいてほしい」
ギィィィ
少し開いたままだった扉が大きく開く。
入ってきたのはベルラードだった。
「失礼ながら外で聞かせていただいていました。
私も入れていただいても?」
「ああ、もちろんです」
ベルラードは叔父に頭を下げ私の足元で片膝をついた。
「ベルラード?」
「そなたがこの生活が辛いというなら皇后の務めなどせずともよい。
俺が全てやる」
「何をっ」
「聞いてくれ。
俺が皇帝になると決めたのはルリアと共にいたいという浅はかで自分勝手な思いからだ。
崇高な精神があってのことではない。
ただルリアの傍にいたい、その一心でこの大役を引き受けた。
愚か者だと言われようが構わない。
ルリアが俺と一生共にいてくれるのなら全身全霊をかけて皇帝の役目を全うしよう。
だからどうかお願いだ、自分を苦しめ卑下しないでくれ。
俺にとってはルリアこそが生きる意味なんだ。
傍を離れないでくれ」
私の手をギュッと強く握る。
「ルリアさえいてくれれば何でも乗り越えられる自信がある。
やり遂げられる自信があるんだ。
重い男だとわかっているが受け入れてほしい」
ベルラード‥‥
こんな私でも彼は変わらずにいてくれる。
「私はあなたにこんなにも愛されているのに自暴自棄になるなんて本当に情けない女ね。
自分を見失って落ち込んで閉じこもって。
一番嫌いな人間になっていたと思うわ」
漆黒の美しい瞳はいつも深い愛で私を見つめてくれる。
「これでは国を逃げ出してきたあの日の私にも劣るわね。
ごめんなさい、ベルラード」
言い終えると心がすっと軽くなっていくように感じた。
自分が愛される人間であってもいいと。
愛されるに値する人間であると。
彼の傍なら信じられる、もう一度自分自身を信じてみたい。
そう思えたらやっと自分らしさが見えた気がした。
だって思ってる以上に私は愛されているようだもの‥‥。
進むべき私らしい道をここから始めよう‥‥彼と共に。
私は気合いを入れ直すために思い切り両頬をバチンと叩いた。
あまりに大きな音だったものだから、ベルラードも叔父様も驚いて目を丸くしたけれど、昔から自分に気合いを入れるのはこのやり方だ。
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