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第466話 冥府の王⑰
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ケータイで写真を撮り終えると、由利亜は元のようにプレートをランダムに並べ直し、最後の1枚をはめた。
「この写真を、PCの中の照合表で変換すれば、文章の意味がわかるはず。今晩中にやっとくから、今日はこれで帰ってくれない? できたら連絡する」
コツコツと廊下を足音が響いてくる。
由利亜の父親が、見回りに来たのに違いない。
「他にも何か情報がないか、古い地誌をめくってみようと思う。この前人を襲ったばかりだから、ハンザキもすぐには動かないと思うけど、あなたたちも十分気をつけて。特にいつきは、香澄ちゃんをしっかり守ってあげるんだよ」
「わ、わかった」
僕がうなずいた時、だしぬけに展示室の照明が灯って、あたりが昼間のように明るくなった。
「何やってるんだ? おまえたち」
ぎくりとして、僕らは振り向いた。
部屋の入口に、顔をしかめた由利亜の父親が立っていた。
翌日は、朝からよく晴れた夏日だった。
梅雨の中休みとでもいうのか、遠くの山並みの上には、目の覚めるような青空が広がっている。
が、その光景とは裏腹に、僕の気分は最悪のままだった。
一夜明けても、香澄の刻印は消えていなかった。
それどころか、色が濃くなった気がするほどなのだ。
幸い、土曜日で、学校は休みだった。
運動より読書が趣味の僕は、部活にも入っていない。
だから、家で香澄の相手をすることにした。
由利亜に言われたからではないけれど、香澄を守れるのは僕ひとりだと思ったからである。
うちは、僕が物心つく頃に父がいなくなり、そのすぐ後に病気で祖母が死んでいる。
そのためずっと祖父と母との4人暮らしだったのだけれども、今度はその頼りの祖父が死んでしまったのだ。
他に女をつくって失踪したという父を今更恨む気はないけれど、僕らが窮地に陥ったというのは確かだった。
母が村役場に勤めているおかげで収入はある程度安定してはいたものの、事件以降、その肝心の母が精神をやられたのか、仕事にもいかず、ぼんやりと家の片隅に座ってすごすことが多くなってしまったのである。
そんなわけで、その日も母の代わりに香澄とふたりで朝食をつくり、後片付けまで済ませると、僕らは庭を見下ろす濡れ縁にちゃぶ台を持ち出し、そこで向かい合って学校の宿題を始めたのだった。
1時間ほど経った頃だろうか。
僕は香澄がしきりに首のあたりを掻いていることに気づいて、ふと顔を上げた。
「どうした? 痒いのか?」
香澄はゆったりしたピンクのワンピースを着ていて、見ると、その首から鎖骨にかけてが赤く爛れていた。
「うん…」
視線が合うと、香澄が決まり悪げにうなずいた。
「きのう、由利亜ちゃんたちが言ってたあの傷が、なんだか大きくなってる気がするの」
あの傷、というのは、ハンザキがつけたという”刻印”のことだろう。
「気のせいだろ? あんまり掻くからだよ」
嫌な気分に襲われながら、それを押し隠して僕は言った。
「そうかな。あ、そうだ、あのさ、お兄ちゃん、ちょっと、見てくれない?」
教科書を閉じ、香澄が立ち上がった。
「見るって?」
「香澄の刻印。自分で鏡見る勇気、なくってさ」
裾に手をかけ、どうやら香澄はここでワンピースを脱ぐつもりのようだ。
「お、おい。待てよ」
あわてて制止したけど、もう遅かった。
上半身裸になった香澄が、僕を見下ろしている。
「ちゃんと見てよ」
変にかすれた声で言う。
「どうなってるかな? 香澄の刻印」
「この写真を、PCの中の照合表で変換すれば、文章の意味がわかるはず。今晩中にやっとくから、今日はこれで帰ってくれない? できたら連絡する」
コツコツと廊下を足音が響いてくる。
由利亜の父親が、見回りに来たのに違いない。
「他にも何か情報がないか、古い地誌をめくってみようと思う。この前人を襲ったばかりだから、ハンザキもすぐには動かないと思うけど、あなたたちも十分気をつけて。特にいつきは、香澄ちゃんをしっかり守ってあげるんだよ」
「わ、わかった」
僕がうなずいた時、だしぬけに展示室の照明が灯って、あたりが昼間のように明るくなった。
「何やってるんだ? おまえたち」
ぎくりとして、僕らは振り向いた。
部屋の入口に、顔をしかめた由利亜の父親が立っていた。
翌日は、朝からよく晴れた夏日だった。
梅雨の中休みとでもいうのか、遠くの山並みの上には、目の覚めるような青空が広がっている。
が、その光景とは裏腹に、僕の気分は最悪のままだった。
一夜明けても、香澄の刻印は消えていなかった。
それどころか、色が濃くなった気がするほどなのだ。
幸い、土曜日で、学校は休みだった。
運動より読書が趣味の僕は、部活にも入っていない。
だから、家で香澄の相手をすることにした。
由利亜に言われたからではないけれど、香澄を守れるのは僕ひとりだと思ったからである。
うちは、僕が物心つく頃に父がいなくなり、そのすぐ後に病気で祖母が死んでいる。
そのためずっと祖父と母との4人暮らしだったのだけれども、今度はその頼りの祖父が死んでしまったのだ。
他に女をつくって失踪したという父を今更恨む気はないけれど、僕らが窮地に陥ったというのは確かだった。
母が村役場に勤めているおかげで収入はある程度安定してはいたものの、事件以降、その肝心の母が精神をやられたのか、仕事にもいかず、ぼんやりと家の片隅に座ってすごすことが多くなってしまったのである。
そんなわけで、その日も母の代わりに香澄とふたりで朝食をつくり、後片付けまで済ませると、僕らは庭を見下ろす濡れ縁にちゃぶ台を持ち出し、そこで向かい合って学校の宿題を始めたのだった。
1時間ほど経った頃だろうか。
僕は香澄がしきりに首のあたりを掻いていることに気づいて、ふと顔を上げた。
「どうした? 痒いのか?」
香澄はゆったりしたピンクのワンピースを着ていて、見ると、その首から鎖骨にかけてが赤く爛れていた。
「うん…」
視線が合うと、香澄が決まり悪げにうなずいた。
「きのう、由利亜ちゃんたちが言ってたあの傷が、なんだか大きくなってる気がするの」
あの傷、というのは、ハンザキがつけたという”刻印”のことだろう。
「気のせいだろ? あんまり掻くからだよ」
嫌な気分に襲われながら、それを押し隠して僕は言った。
「そうかな。あ、そうだ、あのさ、お兄ちゃん、ちょっと、見てくれない?」
教科書を閉じ、香澄が立ち上がった。
「見るって?」
「香澄の刻印。自分で鏡見る勇気、なくってさ」
裾に手をかけ、どうやら香澄はここでワンピースを脱ぐつもりのようだ。
「お、おい。待てよ」
あわてて制止したけど、もう遅かった。
上半身裸になった香澄が、僕を見下ろしている。
「ちゃんと見てよ」
変にかすれた声で言う。
「どうなってるかな? 香澄の刻印」
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