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プロローグB-③

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 ドーン。

 鈍い音を発して、鉄の処女の蓋が倒れた。

「こ、これは・・・?」

 その中から現れたものを見て、矢崎は思わず息を呑んだ。

 形のいい胸の膨らみを、交差させた両手で隠し、一糸まとわぬ姿で少女が立っている。

 色素の薄い髪を波のようにたなびかせ、ゆっくりと足を踏み出した。

「なんて綺麗な子・・・」

 放心したように、美晴がつぶやいた。

「まるで、天使みたい・・・」

 滅多に感情を外に表さない美晴にしては、ひどく珍しいことだ。

 矢崎も同感だった。

 このプロジェクトに就いてもう何年にもなるが、正直、彼女の素顔を見るのは、これが初めてなのだ。

 これまではずっと、半永久型の生命維持装置を備えたあの”鉄の処女”を介しての接触だけだったのである。

 絶世の美少女なるものがこの世に存在するとすれば、今見ているこれがそうだろう。

 唖然とし、口を痴呆のように開けたまま、そう思った。

 しかし、いつまでも見とれているわけにはいかないようだ。

 少女の秀でた額には、縦長の眼が開いている。

 サファイヤのように赤い虹彩が禍々しい、まさに邪眼とでもいうべきものだ。

 それから後は、まさにドミノ倒しだった。

 突然建物全体が揺れ、パソコンの画面がブラックアウトした。

 思いもかけぬほど近くで轟音が轟き、複数の悲鳴が沸き起こった。

「風見君、逃げよう」

 矢崎は腰を浮かせた。

「彼女が隔離室を出た。廊下で鉢合わせするとまずいことになる」

「M3号は知的生命体です。睡眠学習で、日本語も習得済みです」

 美晴が言い返した。

 眼鏡の奥で、眼が据わっている。

「この期に及んで、君は何が言いたいんだ?」

「話し合いも可能ではないかということです。処理班の到着前に、せめて私たちで・・・。それが、教育係たるものの最後の務めではありませんか?」

「馬鹿なことを言うな」

 矢崎は美晴の手首をつかんだ。

「あれに感情なんてない。話し合いも何も、殺されるのがオチだぞ」

「でも」

 尚も言いかける美晴を抱くようにして、部屋からまろび出る。

 写真立てを置いてきたのが悔やまれたが、もはや戻っている暇はない。

 廊下に出ると、すでに西側の隔壁が降りていた。

 逃げるとしたら東側だ。

 複数の足音に振り返ると、角を曲がって銃器を抱えた処理班のメンバーが駆けてくるところだった。

「早く、こちらに」

 隊長らしき人物が声をかけてきた時、ドーンという音がして、隔壁が吹っ飛んだ。

 衝撃波で床に叩きつけられ、顏を上げると、信じられない光景が視界に飛び込んできた。

 隔壁の向こうから現れたM3号と、風見美晴が向かい合っている。

「落ち着いて」

 少女をなだめるように両手を伸ばし、すうっと深呼吸すると、穏やかな口調で美晴が言った。

「私たちは、あなたに危害を加えるつもりはないの」

 M3号の芸術作品のような顔が動き、美晴を見た。

「や、やめろ、風見君!」

 跳ね起きざま、矢崎が叫んだその瞬間ー。

 美少女の額の眼が光ったかと思うと、

 ずるっ。

 やにわに美晴の上半身が不自然に前にずれ、制服を突き破って臓物と血潮にまみれた骨格が飛び出してきた。

 ぐちゃっ。

 血みどろの物体と化して、蝋が溶けるようにどぼどぼと床に崩れ落ちる美晴。

 その奇怪な肉と脂肪のオブジェを目の当たりにして、恐怖と絶望に、いつしか矢崎は声を限りに絶叫していた。
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