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#3 最初の訪問②
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落ち着いた雰囲気の和室である。
が、同じ和室といっても、うちのアパートの部屋とは全然違う。
まず、広い。
柱も天上板も年季が入っていて、重厚な雰囲気だ。
そして、本がやたら多い。
天井まで届く書棚が部屋の三方の壁を覆っているのだが、そこにハードカバーの単行本がぎっしり詰め込まれているのだ。
目の前には漆塗りの見るからに高級そうな卓袱台があり、その向こうに和服姿のやせた中年男が座っている。
邦彦の父、早瀬和夫その人だ。
手元には湯気を上げる湯呑があって、中には飴色の液体が入っている。
昆布茶である。
なぜ昆布茶?
これが上流家庭の接待法なのだろうか。
新陳代謝の活発なJKとしては、初夏のこんな暑い日には、さわやかなコーラでもお願いしたいところだった。
「いやあ、びっくりした。見違えたよ」
電子煙草をくゆらせながら、芥川龍之介、いや、早瀬和夫が破顔した。
「あのおてんばで真っ黒な女の子が、君みたいな美人に成長するなんて。いやはや、時の流れとは恐ろしい」
「はあ。一応あたしも高校生になりましたから」
電子煙草って煙が出ないから、赤ん坊のおしゃぶりみたいで馬鹿っぽい。
そんなどうでもいいことを考えながら生返事をすると、
「どこの高校だね? 君が通っているのは」
と、痛い質問が飛んできた。
これ答えたら帰れって言われたりして。
半ばやけくそで、地元最底辺校の名前を出す。
が、教授の頭の中のリストには幸いうちの学校は入っていなかったらしく、不思議そうな顔で、
「ほう」
と言っただけだった。
「それで、邦彦、いえ、邦彦君はどうして引きこもっちゃったんですか?」
これ以上身元を探られたらやばいことになる。
そんな強迫観念に駆られ、私は素早く本題に入ることにした。
だいたい、学校でも孤高のぼっち生活を満喫している私には、のんびり時候の挨拶から入るなんてことは無理なのだ。
「それが、きっかけは些細なことでね」
教授が苦虫を噛み潰したような顔になる。
あ、苦虫で思い出したけど、この人、専攻はなんと『昆虫学』なのだという。
昆虫なんて、ゴキブリくらいしか知らない私にとって、もう、雲の上の存在というしかない。
「邦彦の持ってるスマホの待ち受け画面が、彼の好きなアイドルのパンチラ画像だったらしいんだ。それを同級生に見られ、うわさが一気に拡散して、そこからいじめが始まったとまあ、こういうわけさ。東京の私立中学の寮生活で、ただでさえストレスがたまっていたところに、クラスを挙げての陰湿ないじめだ。周りからすっかり変態扱いされた邦彦は、去年の冬休み、帰省するなり部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。だから、事情は本人からではなく、すべて学校の先生から聞いたような次第なんだが」
「くだらないですね」
憮然として、私は昆布茶に口をつけた。
パンチラ画像を待ち受けにする邦彦も馬鹿なら、そんなことをネタに大騒ぎする周りも大馬鹿である。
「ああ、くだらない」
教授がおかしそうに笑った。
「まったく君の言う通りだよ」
「で、どうして私なんですか?」
いい加減足が痛くなってきて、いらいらと私は訊いた。
10万円のため、どんなことでも我慢するつもりだったけど、正直正座でずっと座ってるのはいくらなんでも辛すぎる。
「今思うと、君と一緒だった頃の邦彦が、人生で一番楽しそうだったからだよ。あの頃もいじめられっ子だったが、君に助けてもらった時のことを話す彼の目は、いつも興奮できらきら輝いていた。あの目をもう一度見られないかと思ってね」
「どうでしょう。もう、何年も前のことですし」
気のない口調で、私は言った。
はっきり言って、その程度の根拠で私を頼られても困るのだ。
「それがそうでもないんだよ。君に実際会ってみて、ようやく得心した」
銀縁眼鏡の奥で、教授の眼がきらりと光ったようだった。
「邦彦がスマホの壁紙にしていたアイドル。なんと、今の君にそっくりなんだ」
が、同じ和室といっても、うちのアパートの部屋とは全然違う。
まず、広い。
柱も天上板も年季が入っていて、重厚な雰囲気だ。
そして、本がやたら多い。
天井まで届く書棚が部屋の三方の壁を覆っているのだが、そこにハードカバーの単行本がぎっしり詰め込まれているのだ。
目の前には漆塗りの見るからに高級そうな卓袱台があり、その向こうに和服姿のやせた中年男が座っている。
邦彦の父、早瀬和夫その人だ。
手元には湯気を上げる湯呑があって、中には飴色の液体が入っている。
昆布茶である。
なぜ昆布茶?
これが上流家庭の接待法なのだろうか。
新陳代謝の活発なJKとしては、初夏のこんな暑い日には、さわやかなコーラでもお願いしたいところだった。
「いやあ、びっくりした。見違えたよ」
電子煙草をくゆらせながら、芥川龍之介、いや、早瀬和夫が破顔した。
「あのおてんばで真っ黒な女の子が、君みたいな美人に成長するなんて。いやはや、時の流れとは恐ろしい」
「はあ。一応あたしも高校生になりましたから」
電子煙草って煙が出ないから、赤ん坊のおしゃぶりみたいで馬鹿っぽい。
そんなどうでもいいことを考えながら生返事をすると、
「どこの高校だね? 君が通っているのは」
と、痛い質問が飛んできた。
これ答えたら帰れって言われたりして。
半ばやけくそで、地元最底辺校の名前を出す。
が、教授の頭の中のリストには幸いうちの学校は入っていなかったらしく、不思議そうな顔で、
「ほう」
と言っただけだった。
「それで、邦彦、いえ、邦彦君はどうして引きこもっちゃったんですか?」
これ以上身元を探られたらやばいことになる。
そんな強迫観念に駆られ、私は素早く本題に入ることにした。
だいたい、学校でも孤高のぼっち生活を満喫している私には、のんびり時候の挨拶から入るなんてことは無理なのだ。
「それが、きっかけは些細なことでね」
教授が苦虫を噛み潰したような顔になる。
あ、苦虫で思い出したけど、この人、専攻はなんと『昆虫学』なのだという。
昆虫なんて、ゴキブリくらいしか知らない私にとって、もう、雲の上の存在というしかない。
「邦彦の持ってるスマホの待ち受け画面が、彼の好きなアイドルのパンチラ画像だったらしいんだ。それを同級生に見られ、うわさが一気に拡散して、そこからいじめが始まったとまあ、こういうわけさ。東京の私立中学の寮生活で、ただでさえストレスがたまっていたところに、クラスを挙げての陰湿ないじめだ。周りからすっかり変態扱いされた邦彦は、去年の冬休み、帰省するなり部屋に閉じこもって出てこなくなってしまった。だから、事情は本人からではなく、すべて学校の先生から聞いたような次第なんだが」
「くだらないですね」
憮然として、私は昆布茶に口をつけた。
パンチラ画像を待ち受けにする邦彦も馬鹿なら、そんなことをネタに大騒ぎする周りも大馬鹿である。
「ああ、くだらない」
教授がおかしそうに笑った。
「まったく君の言う通りだよ」
「で、どうして私なんですか?」
いい加減足が痛くなってきて、いらいらと私は訊いた。
10万円のため、どんなことでも我慢するつもりだったけど、正直正座でずっと座ってるのはいくらなんでも辛すぎる。
「今思うと、君と一緒だった頃の邦彦が、人生で一番楽しそうだったからだよ。あの頃もいじめられっ子だったが、君に助けてもらった時のことを話す彼の目は、いつも興奮できらきら輝いていた。あの目をもう一度見られないかと思ってね」
「どうでしょう。もう、何年も前のことですし」
気のない口調で、私は言った。
はっきり言って、その程度の根拠で私を頼られても困るのだ。
「それがそうでもないんだよ。君に実際会ってみて、ようやく得心した」
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