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#3 夜叉姫、仕留めを請け負う
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「少ないですけど、これが仕留め料です。私が、おっかあの手伝いをして、必死で貯めたお金です」
画像が揺らぎ、金属音が響く。
少女が井戸に金子を投げ入れたのだ。
そしてその金子は、今、和尚の手の中にある。
銅銭が10枚ほど。
いつもなら、ひとり小判一枚は固いのに、これではあまりといえば…。
後頭部で姉者がうめくのが聞こえてきた。
「おい、夜叉。話が違うではないか。これではぼた餅ぐらいしか食えぬではないか」
髪を結って縛ってあるから声は外に漏れないが、犬丸に聞かれたら大笑いされるところである。
「えーい、やめたやめた!」
その犬丸が、弾かれたように起き上がる。
「犬の敵に犬を仕留めろだと? そんな馬鹿げた仕事がどこにある? 第一、なんだ、そのはした金は? まるっきり餓鬼の小遣いじゃねえか。俺に飴玉でも買えっていうのかよ? 和尚、悪いが俺は下ろさせてもらうぜ」
「まあ、犬丸が犬の仇を取るために犬を仕留めるだなんて、共食いみたいなもんだからな」
ここぞとばかりに夜叉姫は声を立てて笑ってやった。
が、その時にはすでに犬丸の姿はない。
「撫佐、おぬしはどうする?」
和尚が傍らの蓑男に訊く。
「わしは…」
撫佐が笠を深く下ろして顔を隠した。
「姫次第だ。姫が請け負うというなら、助太刀をするまで」
「ふむ。ならば、夜叉姫、おぬしはどうなのだ?」
和尚のフクロウそっくりの眼が、夜叉姫を見据えた。
「いいよ」
夜叉姫はうなずいた。
最初、度肝を抜かれたのは確かである。
が、犬丸への対抗心が、それに打ち勝った。
あの馬鹿がやらないなら、うちひとりでも仕留めてやる。
それに、少女の涙はほんものだった。
考えてみれば、人の命より犬の命ほうが下等だと、誰が決めたのだ?
あの少女にとって、その太助とかいう犬が家族同然の存在であるというなら、それはもはや他人がとやかく言うことではないだろう。
「その代わり、抜けた犬丸の分は、うちがもらう」
「よかろう」
和尚が銅銭を撫佐の前に三分の一、夜叉姫の前に三分の二、床を滑らせて寄こした。
「決行は明日の夜半。昼間のうちに依頼人の様子を探っておけ。少しでも怪しいところがあれば、この仕事、取りやめにしてもかまわぬ」
「怪しいところって?」
夜叉姫は小首をかしげた。
依頼人は子どもなのだ。怪しいも何もないだろう。
「このご時世じゃ。すべてを疑ってかかるのが道理というもの」
梟和尚が静かな声で言った。
「天下を統べる太閤は、すでに気が触れておる。為政者が狂えば、世の中も狂う。何があってもおかしくはない」
三条が原に晒された秀次の首。
穴の中に蹴落とされる、血にまみれたおんな子どものおびただしい死骸。
その回想に、夜叉姫は思わず吐き気を覚えた。
確かに、あれは人間の所業ではない。
化生の自分ですらそう思うのだから、間違いない。
この文禄の世は、あろうことか、鬼畜に治められているのだ。
画像が揺らぎ、金属音が響く。
少女が井戸に金子を投げ入れたのだ。
そしてその金子は、今、和尚の手の中にある。
銅銭が10枚ほど。
いつもなら、ひとり小判一枚は固いのに、これではあまりといえば…。
後頭部で姉者がうめくのが聞こえてきた。
「おい、夜叉。話が違うではないか。これではぼた餅ぐらいしか食えぬではないか」
髪を結って縛ってあるから声は外に漏れないが、犬丸に聞かれたら大笑いされるところである。
「えーい、やめたやめた!」
その犬丸が、弾かれたように起き上がる。
「犬の敵に犬を仕留めろだと? そんな馬鹿げた仕事がどこにある? 第一、なんだ、そのはした金は? まるっきり餓鬼の小遣いじゃねえか。俺に飴玉でも買えっていうのかよ? 和尚、悪いが俺は下ろさせてもらうぜ」
「まあ、犬丸が犬の仇を取るために犬を仕留めるだなんて、共食いみたいなもんだからな」
ここぞとばかりに夜叉姫は声を立てて笑ってやった。
が、その時にはすでに犬丸の姿はない。
「撫佐、おぬしはどうする?」
和尚が傍らの蓑男に訊く。
「わしは…」
撫佐が笠を深く下ろして顔を隠した。
「姫次第だ。姫が請け負うというなら、助太刀をするまで」
「ふむ。ならば、夜叉姫、おぬしはどうなのだ?」
和尚のフクロウそっくりの眼が、夜叉姫を見据えた。
「いいよ」
夜叉姫はうなずいた。
最初、度肝を抜かれたのは確かである。
が、犬丸への対抗心が、それに打ち勝った。
あの馬鹿がやらないなら、うちひとりでも仕留めてやる。
それに、少女の涙はほんものだった。
考えてみれば、人の命より犬の命ほうが下等だと、誰が決めたのだ?
あの少女にとって、その太助とかいう犬が家族同然の存在であるというなら、それはもはや他人がとやかく言うことではないだろう。
「その代わり、抜けた犬丸の分は、うちがもらう」
「よかろう」
和尚が銅銭を撫佐の前に三分の一、夜叉姫の前に三分の二、床を滑らせて寄こした。
「決行は明日の夜半。昼間のうちに依頼人の様子を探っておけ。少しでも怪しいところがあれば、この仕事、取りやめにしてもかまわぬ」
「怪しいところって?」
夜叉姫は小首をかしげた。
依頼人は子どもなのだ。怪しいも何もないだろう。
「このご時世じゃ。すべてを疑ってかかるのが道理というもの」
梟和尚が静かな声で言った。
「天下を統べる太閤は、すでに気が触れておる。為政者が狂えば、世の中も狂う。何があってもおかしくはない」
三条が原に晒された秀次の首。
穴の中に蹴落とされる、血にまみれたおんな子どものおびただしい死骸。
その回想に、夜叉姫は思わず吐き気を覚えた。
確かに、あれは人間の所業ではない。
化生の自分ですらそう思うのだから、間違いない。
この文禄の世は、あろうことか、鬼畜に治められているのだ。
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