地獄極楽仕留屋稼業 ~聚楽第異聞~

戸影絵麻

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#5 情報収集

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 夜叉姫が眼をつけたのは、年の頃12歳くらいの、粗末ななりをした蜆売りの娘である。
 小さな身体に不似合いな長さの天秤棒を担ぎ、黒い蜆を入れた籠を危なっかしく揺らしながら、人波に逆らうようにして歩いている。
 おかっぱ頭に黒目がちな大きい眼。
 悲しげなその瞳と、顎のあたりの黒子にに覚えがあった。
 まぎれもなく、きのう水鏡の中に見た、あの依頼人の少女である。
 しばし観察してみたが、梟和尚の危惧したような怪しげな所は微塵もない。
「ちょうどいい、姉者、仕事をやろう」
 ほとんど唇を動かさずにささやくと、
「ふむ。あの娘に話しかければよいのじゃな」
 耳の後ろから、打てば響くように返事が返ってきた。
 客に呼び止められ、少女が長屋の軒下に立ち止まるのを見て、夜叉姫はそのすぐ近くに移動した。
 少女の回りを囲む長屋の女房達に混じって、近づけるだけ近づいた。
 袖が触れ合うくらいの位置に立ち、娘ー幸に背中を向ける。
 こうしておけば、話しかけたのが夜叉姫だと、気取られることもない。
「三軒長屋の幸か」
 姉者の声が聞こえた。
 幸の耳だけにようやく届くくらいの、低い声である。
「あ、あなたは?」
 驚いたような幸の声。
「聞かずの井戸に願をかけたのは、ぬしじゃろう」
「し、仕留屋さま…」
「しっ! 声が大きい。それに、”さま”は要らぬ」
「は、はい」
 ふたりの会話を聞きながら、夜叉姫は傍に立ってあらぬ方角を見つめている。
 ちょうど、連れ合いを待つ町娘の風情である。
「訊かれたことだけに答えるがいい。まず、おぬしの仇はどこにおる」
「たぶん、聚楽の跡かと…。太助が殺された時、私はちょうど、関白様のお城の塀に沿って、歩いているところでした」
「…聚楽と申すか」
 姉者が一瞬、口ごもるのがわかった。
 夜叉姫同様、その名に不吉な響きを感じ取ったからに違いない。
「おとといの夕刻のことです。そこに突然あの魔犬が現れて、太助は私を守ろうと…」
「魔犬じゃと?」
「はい。あれはただの犬ではありませぬ。だから、私ごときの力では、どうにもならないのです。どうか、仕留屋さま、太助の仇を」
「ただの犬ではないとは、どういうことじゃ?」
 混乱した姉者が訊き返した時だった。
「ちょいあんた、何さっきからぶつぶつひとりごと言ってんの? 早く蜆を売っておくれでないかい?」
 客の中から不満の声があがり、それきり会話は打ち切りになった。
 髪を元に戻し、何事もなかったように人混みを離れる夜叉姫。
「聚楽に、魔犬か」
 もと来たほうに歩き出すと、夜叉姫の後ろで姉者がつぶいやいた。
「夜叉よ。これは案外骨の折れる仕事かもしれぬぞよ」
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