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#24 恵比寿神社の謎③
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摂津国は、現在の大阪府北中部と兵庫県の南東部にあたり、古代においては瀬戸内海航路の起点でもあった。
淀川・大和川が合流する難波津があるため、津国とも呼称されている。
ともあれー。
今、夜叉姫と犬丸の目の前に広がっているのは、陰々滅々たる湿地帯である。
延々と続く丈高い葦の茂みと、水面から立ちのぼる靄のせいで、ずいぶんと視界が悪い。
あれから近江で宿をとり、十分休養してから今朝方摂津国に向けて旅立った。
摂津に入ってから道々島尾神社の所在地をたずね歩いた末、漸く辿り着いたのがここだったというわけだ。
「ちっ、なんとも気の滅入るところだぜ。狐に化かされたんじゃなかろうな」
厚い雲が垂れこめた陰気な空の下、果てしなく広がる湿原を眺めて、うんざりしたように犬丸がつぶやいた。
きのうはあんなに晴れていたのに、きょうは朝から今にも降り出しそうな鬱陶しい曇天が続いている。
犬丸には反発することのほうが多い夜叉姫だが、さすがにこれには同感だった。
こんなところに神社があるのか、と思う。
足元までひたひたと押し寄せてくる汚い水は、海水でも混じっているのか、ひどく生臭い。
宿を発つ時、夜叉姫は仕留め用の仕事着に着替えてきている。
下級妖怪”もくもく連”を取りつかせた、例の漆黒の小袖である。
-傀儡衆に気をつけよー
という、あの西宮神社の宮司の言葉が、つい気になったからだった。
「あ、あれ」
あるかなきかの風に、一瞬、靄が薄れた。
そのわずかの間に黒々とそびえる鳥居が見えた気がして、夜叉姫は叫んだ。
「神社があるぞ。水面から鳥居が」
「ああ、俺にも見えた。ったく、とんだ厳島神社だな」
「鳥居へと続く道が、あそこに」
目を凝らしてみると、湿地帯の中央部に向かって伸びる畦道のようなものが、うっすらと見えてきた。
「しゃあねえな。気味が悪いが、行くしかあるまい」
犬丸が先頭に立ち、畦道を歩く。
濡れた粘土を踏み固めたような、ぬるぬる滑る道である。
「だいたい、辻斬りの下手人を仕留めるだけなのに、なぜこんな目に遭わねばならぬのだ?」
疲れも加担して、夜叉姫は機嫌が悪い。
宿の朝食の半ば以上を姉者に横取りされたせいもある。
「俺に当たるな。撫佐だって、石上神宮とやらにひとりで行かされてるんだ。相棒があるだけマシだと思え」
「その石上神宮とは、なんなのじゃ」
「よくは知らんが、神社とは表の顔で、その実古代物部氏の武器庫らしい」
「武器庫?」
「噂によれば、黎明期、この国を支配していた神々の武器が今も保管してあるそうだ」
「神々の武器? 仕留めにそんな大げさなものがなぜ必要なのじゃ?」
「そんなの元締めに訊けよ。どうせ相手が大怨霊だからだろ? 平将門ばりの。ううっ、しかし、やけに匂うな」
犬丸が会話の途中で鼻をひくつかせた時だった。
何気なく水面に目をやった夜叉姫は、あることに気づいて、思わずぎゃっと悲鳴をあげた。
半分濁った水中に、おぞましいものが沈んでいる。
それもひとつやふたつではない。
数え切れぬほどの、おびただしい数だ。
「どうした? いきなり抱きつきやがって。 こんなところで発情か?」
「ば、馬鹿、み、見ろ、し、死体・・・」
夜叉姫が指差すほうを見るなり、
「げ」
潰れた蛙みたいにうめく犬丸。
あろうことかー。
ふたりはいつのまにか、屍蝋化した死人たちの恨めしげな顔に、左右を取り囲まれているのだった。
淀川・大和川が合流する難波津があるため、津国とも呼称されている。
ともあれー。
今、夜叉姫と犬丸の目の前に広がっているのは、陰々滅々たる湿地帯である。
延々と続く丈高い葦の茂みと、水面から立ちのぼる靄のせいで、ずいぶんと視界が悪い。
あれから近江で宿をとり、十分休養してから今朝方摂津国に向けて旅立った。
摂津に入ってから道々島尾神社の所在地をたずね歩いた末、漸く辿り着いたのがここだったというわけだ。
「ちっ、なんとも気の滅入るところだぜ。狐に化かされたんじゃなかろうな」
厚い雲が垂れこめた陰気な空の下、果てしなく広がる湿原を眺めて、うんざりしたように犬丸がつぶやいた。
きのうはあんなに晴れていたのに、きょうは朝から今にも降り出しそうな鬱陶しい曇天が続いている。
犬丸には反発することのほうが多い夜叉姫だが、さすがにこれには同感だった。
こんなところに神社があるのか、と思う。
足元までひたひたと押し寄せてくる汚い水は、海水でも混じっているのか、ひどく生臭い。
宿を発つ時、夜叉姫は仕留め用の仕事着に着替えてきている。
下級妖怪”もくもく連”を取りつかせた、例の漆黒の小袖である。
-傀儡衆に気をつけよー
という、あの西宮神社の宮司の言葉が、つい気になったからだった。
「あ、あれ」
あるかなきかの風に、一瞬、靄が薄れた。
そのわずかの間に黒々とそびえる鳥居が見えた気がして、夜叉姫は叫んだ。
「神社があるぞ。水面から鳥居が」
「ああ、俺にも見えた。ったく、とんだ厳島神社だな」
「鳥居へと続く道が、あそこに」
目を凝らしてみると、湿地帯の中央部に向かって伸びる畦道のようなものが、うっすらと見えてきた。
「しゃあねえな。気味が悪いが、行くしかあるまい」
犬丸が先頭に立ち、畦道を歩く。
濡れた粘土を踏み固めたような、ぬるぬる滑る道である。
「だいたい、辻斬りの下手人を仕留めるだけなのに、なぜこんな目に遭わねばならぬのだ?」
疲れも加担して、夜叉姫は機嫌が悪い。
宿の朝食の半ば以上を姉者に横取りされたせいもある。
「俺に当たるな。撫佐だって、石上神宮とやらにひとりで行かされてるんだ。相棒があるだけマシだと思え」
「その石上神宮とは、なんなのじゃ」
「よくは知らんが、神社とは表の顔で、その実古代物部氏の武器庫らしい」
「武器庫?」
「噂によれば、黎明期、この国を支配していた神々の武器が今も保管してあるそうだ」
「神々の武器? 仕留めにそんな大げさなものがなぜ必要なのじゃ?」
「そんなの元締めに訊けよ。どうせ相手が大怨霊だからだろ? 平将門ばりの。ううっ、しかし、やけに匂うな」
犬丸が会話の途中で鼻をひくつかせた時だった。
何気なく水面に目をやった夜叉姫は、あることに気づいて、思わずぎゃっと悲鳴をあげた。
半分濁った水中に、おぞましいものが沈んでいる。
それもひとつやふたつではない。
数え切れぬほどの、おびただしい数だ。
「どうした? いきなり抱きつきやがって。 こんなところで発情か?」
「ば、馬鹿、み、見ろ、し、死体・・・」
夜叉姫が指差すほうを見るなり、
「げ」
潰れた蛙みたいにうめく犬丸。
あろうことかー。
ふたりはいつのまにか、屍蝋化した死人たちの恨めしげな顔に、左右を取り囲まれているのだった。
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