地獄極楽仕留屋稼業 ~聚楽第異聞~

戸影絵麻

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#25 恵比寿神社の謎④

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 腐った寒天のような水面を通して、底に沈んだ屍が透けて見えている。
 男だけでなく、女もいれば、子どももいる。
 そのすべてに共通しているのは、うつろに開いた眼窩から飛び出した白濁した眼球である。
「急ごう、犬丸。怨霊どもに憑依されぬうちに」
 夜叉姫は、歯の根が合わぬほどガタガタ震えている。
 化生という、人間ばりの知能を備えた上級妖怪の身をもってしても、この死骸の山には耐えられない。
 そもそも妖怪と違い、怨念を抱いて死んだ者たちの霊魂は始末が悪いのだ。
 考える機能に欠けているから、やたらめったら憑りついてきて悪さをする。
 その行動原理があまりに不条理すぎて、正直つき合っていられないのである。
 左右の水面を見ないようにして、ただひたすら湿地の中を伸びる土の道を歩く。
 時折、生温かい風が吹いてきて、強烈な腐敗臭を運んでくる。
 そのたびに生い茂った葦が揺れ、何かが近づいてくるみたいな異様な緊迫感が高まってきた。
「ちょいと、犬丸」
 畦道を半ばまで来た時、たまりかねて夜叉姫は先を行く犬丸の逞しい背に呼びかけた。
「うちの気のせいじゃろうか? さっきからどうも、何者かに見られておる気がして仕方ないのじゃが」
「ああ、それは」
 犬丸が突然立ち止まったので、夜叉姫は必然的にその背中にぶつかった。
「痛っ! なんじゃ、急に」
「そいつはな、全然気のせいなんかじゃないってことさ。気づかないか? 周りをよく見てみろ」
「そ、そんなこと言って、うちを脅す気か?」
 ブルって犬丸の腕にしがみついた時である。
 周囲の水面が泡立ち、丸く黒いものがあぶくのようにいくつも浮かび上がってくるのが目に入ってきた。
 顔である。
 ぬめりとした丸い顔に、まぶたのない大きな眼が飛び出している。
 頬から下は鱗で覆われ、首のつけ根に魚の鰓そっくりの亀裂がある。
「もしかして…」
 うなじの産毛が総毛立つのを感じながら、夜叉姫はうめいた。
「あれが、傀儡衆?」
「たぶんな」
 犬丸が肩をすくめて、ぼやいた。
「大方、俺たちを神社に行かせまいと、そういうことなんだろう」
 
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