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#32 地下迷宮④
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「見たところ、横穴はひとつしかない。そろそろ終点といきたいところだがな」
前方に目を凝らして、犬丸がつぶやいた。
犬丸の指摘通りだった。
この大伽藍には、今出てきた穴以外には、正面にもうひとつ穴が開いているだけだ。
「気をつけろ。嫌な予感がする」
周囲を見回して、撫佐が言う。
「あれはなんだ? 今、動いたように見えたが」
ぐるりを囲んだ壁の床すれすれのところに、無数の壁龕が穿たれている。
その中に納まっているのは、人の形をした人形のようなものたちだ。
最初は彫刻の一部かと思ったが、よく見るとそうではなかった。
少女の顔をした、裸の球体関節人形である。
それが、見ているうちにゆらりと動き、碧眼の中から身を起こしたのだ。
「まずいぞ、敵だ」
法被を脱ぎ捨て、犬丸が身構えた。
裸の肌に見る間に剛毛が生え、めりめりと筋肉が音を立て、躰全体が大きくなっていく。
月が見えていなくても、どうやら獣化には支障がないらしい。
犬丸に続いて、撫佐が蓑を脱ぎ捨て、下帯一枚の姿になる。
短い毛に覆われた胸から下は、こちらも明らかに獣のものだ。
両手と両脚の間に畳まれた皮膜にだけ、体毛が生えていなかった。
人形たちが、ぎこちなく身体を傾けながら、歩いてくる。
木彫りの顔に埋め込まれたうつろな眼が、伽藍の上方から差してくる弱い光にきらめいている。
「あんまり強そうには見えないが、なんせこの数だ。気を抜くな」
犬丸に言われるまでもなかった。
何十体にも及ぶ、動く人形たち。
あまりぞっとしない眺めである。
「とりあえず、動きを止めてみる」
夜叉姫はするすると帯を解くと、小袖の前を開き、両手を広げてひと声叫んだ。
「出番だよ! もくもく連!」
それと同時に着物の柄が一転して、木の葉からすべて切れ長の女の眼に変わる。
が、人形たちの動きに変化はない。
三人を取り囲んだまま、じりじりと包囲の輪を狭めてくるだけだ。
「う、効かない」
夜叉姫は青ざめた。
「こやつら、生き物ではないと見える」
「まあ、そうだろうな」
犬丸がうなずいた。
「こいつら、どう見ても木偶人形だし」
人形たちの輪が、あと三間ほどに迫った時だった。
澄んだ音が響き渡ったかと思うと、数十体の人形の群れに変化が現れた。
かすかに隆起した裸の胸から、それぞれ二本、銀色に輝く刃物が飛び出してきたのである。
「ははん、そういうわけか」
この期に及んでも、犬丸はなぜかまだ余裕をかましている。
「俺たちを串刺しにするつもりだな」
「どうする? 周りには木も何も生えてない。飛び移るには、壁までちと遠すぎる」
近くに木の枝でもあれば、ろくろ首でもある夜叉姫は、いつものように首を巻きつけて脱出することができる。
それはムササビ男の撫佐も同じだが、なんせこの空間は筒状にがらんとしているだけで、手掛かりになりそうなものは何もない。
「俺に任せろ」
犬丸がにたりと笑った。
「俺が突破口を開いたら、撫佐は姫を抱えて飛べ。助走をつければ、風がなくてもなんとかなるだろう」
前方に目を凝らして、犬丸がつぶやいた。
犬丸の指摘通りだった。
この大伽藍には、今出てきた穴以外には、正面にもうひとつ穴が開いているだけだ。
「気をつけろ。嫌な予感がする」
周囲を見回して、撫佐が言う。
「あれはなんだ? 今、動いたように見えたが」
ぐるりを囲んだ壁の床すれすれのところに、無数の壁龕が穿たれている。
その中に納まっているのは、人の形をした人形のようなものたちだ。
最初は彫刻の一部かと思ったが、よく見るとそうではなかった。
少女の顔をした、裸の球体関節人形である。
それが、見ているうちにゆらりと動き、碧眼の中から身を起こしたのだ。
「まずいぞ、敵だ」
法被を脱ぎ捨て、犬丸が身構えた。
裸の肌に見る間に剛毛が生え、めりめりと筋肉が音を立て、躰全体が大きくなっていく。
月が見えていなくても、どうやら獣化には支障がないらしい。
犬丸に続いて、撫佐が蓑を脱ぎ捨て、下帯一枚の姿になる。
短い毛に覆われた胸から下は、こちらも明らかに獣のものだ。
両手と両脚の間に畳まれた皮膜にだけ、体毛が生えていなかった。
人形たちが、ぎこちなく身体を傾けながら、歩いてくる。
木彫りの顔に埋め込まれたうつろな眼が、伽藍の上方から差してくる弱い光にきらめいている。
「あんまり強そうには見えないが、なんせこの数だ。気を抜くな」
犬丸に言われるまでもなかった。
何十体にも及ぶ、動く人形たち。
あまりぞっとしない眺めである。
「とりあえず、動きを止めてみる」
夜叉姫はするすると帯を解くと、小袖の前を開き、両手を広げてひと声叫んだ。
「出番だよ! もくもく連!」
それと同時に着物の柄が一転して、木の葉からすべて切れ長の女の眼に変わる。
が、人形たちの動きに変化はない。
三人を取り囲んだまま、じりじりと包囲の輪を狭めてくるだけだ。
「う、効かない」
夜叉姫は青ざめた。
「こやつら、生き物ではないと見える」
「まあ、そうだろうな」
犬丸がうなずいた。
「こいつら、どう見ても木偶人形だし」
人形たちの輪が、あと三間ほどに迫った時だった。
澄んだ音が響き渡ったかと思うと、数十体の人形の群れに変化が現れた。
かすかに隆起した裸の胸から、それぞれ二本、銀色に輝く刃物が飛び出してきたのである。
「ははん、そういうわけか」
この期に及んでも、犬丸はなぜかまだ余裕をかましている。
「俺たちを串刺しにするつもりだな」
「どうする? 周りには木も何も生えてない。飛び移るには、壁までちと遠すぎる」
近くに木の枝でもあれば、ろくろ首でもある夜叉姫は、いつものように首を巻きつけて脱出することができる。
それはムササビ男の撫佐も同じだが、なんせこの空間は筒状にがらんとしているだけで、手掛かりになりそうなものは何もない。
「俺に任せろ」
犬丸がにたりと笑った。
「俺が突破口を開いたら、撫佐は姫を抱えて飛べ。助走をつければ、風がなくてもなんとかなるだろう」
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