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第5章 百合はまだ世界を知らない
#32 杏里と第2の猟奇殺人事件④
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あけぼの荘は、1棟から8棟まである、典型的な大規模市営住宅だった。
「では、自分はこれで」
名残惜しげに見つめる岡部に向かって軽く頭を下げ、杏里は植え込みに囲まれた入口をくぐった。
入ってすぐのところに、敷地内の地図を貼った看板が立っていた。
「5棟の1103号室…11階かあ。ずいぶん高いなあ」
迷路のような道をたどり、やっと目当ての棟にたどりついた杏里は、集合ポストで苗字を確かめた。
ポストの半数近くは住人が転居した後なのか、チラシ類がごみ入れのようにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
こういっちゃ悪いけど、とても心臓移植を受けるような家族が住む所とは思えない。
門外漢の杏里にも、移植手術がどれほど高額なものかはだいたい予想がつく、
ネットで募金を募ったという可能性もないこともないが、それならもっとニュースになっていてもよさそうだ。
それが、杏里の正直な感想だった。
落書きだらけのエレベーターで11階に上る。
箱の中がアンモニア臭いのは、野良犬か野良犬が入り込んで小便でもしたからだろうか。
杏里はハンカチで鼻と口を覆い、この悪臭が酔っ払った住人の立小便のものでないことを切に願った。
ドアが開き、通路に出ると、黄色の立ち入り禁止テープが目の前をさえぎっていた。
見張り番の警官に警察手帳を見せ、テープをくぐると、ちょうどそのタイミングで手前から3つ目のドアが開き、すらりとした白衣の人物が姿を現した。
科捜研の七尾ヤチカである。
「ニラさんは、中よ。あなたたちも見たいと思って、死体もまだ置いてある」
杏里に気づくと、軽く片手を上げ、ヤチカが言った。
化粧っけのない顔はげっそりとやつれ、目の下に隈ができている。
「ヤチカさんは、どこへ?」
杏里が訊くと、
「ちょっと休憩。煙草吸ってくる」
投げやりな口調で、ヤチカが言った。
「煙草ですか?」
杏里は目をしばたたいた。
韮崎じゃあるまいし。
「でも吸わなきゃ、やってられないって」
ヤチカが身を乗り出し、杏里の顔をじっとのぞき込む。
「ひとつ、教えてあげる。倉田静香の時は自信持てなかったから誰にも言わなかったけど、これではっきりした。いい? 杏里ちゃん。聞いて驚かないでよ。死体は、内側から腹を喰い破られてる。そう。わかった? すなわちこれは、あたしたち人間じゃなくって、零にこそふさわしい事件だってことだよ」
「では、自分はこれで」
名残惜しげに見つめる岡部に向かって軽く頭を下げ、杏里は植え込みに囲まれた入口をくぐった。
入ってすぐのところに、敷地内の地図を貼った看板が立っていた。
「5棟の1103号室…11階かあ。ずいぶん高いなあ」
迷路のような道をたどり、やっと目当ての棟にたどりついた杏里は、集合ポストで苗字を確かめた。
ポストの半数近くは住人が転居した後なのか、チラシ類がごみ入れのようにぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
こういっちゃ悪いけど、とても心臓移植を受けるような家族が住む所とは思えない。
門外漢の杏里にも、移植手術がどれほど高額なものかはだいたい予想がつく、
ネットで募金を募ったという可能性もないこともないが、それならもっとニュースになっていてもよさそうだ。
それが、杏里の正直な感想だった。
落書きだらけのエレベーターで11階に上る。
箱の中がアンモニア臭いのは、野良犬か野良犬が入り込んで小便でもしたからだろうか。
杏里はハンカチで鼻と口を覆い、この悪臭が酔っ払った住人の立小便のものでないことを切に願った。
ドアが開き、通路に出ると、黄色の立ち入り禁止テープが目の前をさえぎっていた。
見張り番の警官に警察手帳を見せ、テープをくぐると、ちょうどそのタイミングで手前から3つ目のドアが開き、すらりとした白衣の人物が姿を現した。
科捜研の七尾ヤチカである。
「ニラさんは、中よ。あなたたちも見たいと思って、死体もまだ置いてある」
杏里に気づくと、軽く片手を上げ、ヤチカが言った。
化粧っけのない顔はげっそりとやつれ、目の下に隈ができている。
「ヤチカさんは、どこへ?」
杏里が訊くと、
「ちょっと休憩。煙草吸ってくる」
投げやりな口調で、ヤチカが言った。
「煙草ですか?」
杏里は目をしばたたいた。
韮崎じゃあるまいし。
「でも吸わなきゃ、やってられないって」
ヤチカが身を乗り出し、杏里の顔をじっとのぞき込む。
「ひとつ、教えてあげる。倉田静香の時は自信持てなかったから誰にも言わなかったけど、これではっきりした。いい? 杏里ちゃん。聞いて驚かないでよ。死体は、内側から腹を喰い破られてる。そう。わかった? すなわちこれは、あたしたち人間じゃなくって、零にこそふさわしい事件だってことだよ」
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