125 / 157
第5章 百合はまだ世界を知らない
#38 対決④
しおりを挟む
港へ向かう幹線道路に車を乗り入れると、大型トラックやコンテナ車の数が増えてきた。
港の工場地帯から引き揚げてくる車両が、ヘッドライトをぎらつかせながら反対車線を爆走していく。
軽自動車の貧弱な板金だけが頼りの杏里は、さながら野獣の群れに逆らって走る兎にでもなった気分だった。
現場まであと30分くらいだろうか。
早く車の運転から解放されたいと思う。
こんな気分のまま、夜の工業道路をドライブするなんて、我ながら自殺行為としか思えない。
「でも、そんなこと言ったって、T郡が人魚の里だなんて、しょせん言い伝えに過ぎないんでしょ? 栗栖重人が、その、人魚の子孫だなんて証拠は、どこにもないんじゃない?」
両手でハンドルにしがみつきながら、杏里は言い返した。
人魚の存在自体を否定する気はない。
厳密に言えば正体不明だが、それらしきものは確かに存在する。
拳銃で撃たれても、刃物で刺されても死なない刑事。
杏里自身がそうなのだから。
「まあね。けど、わたしは何も、インターネットで拾ったデマを信じてるわけじゃない。お館さまの蔵書にあった郷土史の記述をもとにしゃべってるんだ。そもそも、海を渡ってきたカタリ派が、隠遁先にどうしてT郡を選んだのか…。それは、そこに彼らの求めるものがあったからじゃないかと思うのさ」
「彼らの求めるもの…?」
「イデア界から降臨し、悪に取り込まれて記憶をなくした”純粋者”…この世に光を取り戻すカギとなる聖処女、ソフィア」
「零の話は唐突すぎてわけがわかんないよ。それが今度の事件に、何の関係があるの? これは現実で、神話や聖書の中の話じゃないんだよ」
「すまない。ちょっと先走ったか」
ヘッドライトの光芒の中で、零が苦笑した。
「とにかく、これだけは覚えておいてくれ。栗栖重人は、その特異体質を利用して、数々の奇跡を起こして信者を集めた。ところが、何者かが彼を殺した。そしてさらに言えば、杏里、おまえの故郷だったかもしれない三重県のT郡、人魚の里も今はない」
「ない…?」
「10年前の9月。超大型台風があのあたりを直撃した。その嵐の最中、暴風雨に紛れて何者かが村人たちを惨殺し、一夜にして村は壊滅したそうだ。あまりの異様な出来事に、報道管制が敷かれ、村人たちの死は台風による津波のせいとされた。思うんだが、杏里、おまえはその時の生き残りじゃないのかな」
「…え?」
杏里は絶句した。
危うく急ブレーキを踏みそうになり、あわてて左足をブレーキペダルから放した。
幹線道路の降り口が見えてきている。
目的地まであと少し。
「おまえの見る夢…それはきっと、その最後の夜の記憶なんだろう」
港の工場地帯から引き揚げてくる車両が、ヘッドライトをぎらつかせながら反対車線を爆走していく。
軽自動車の貧弱な板金だけが頼りの杏里は、さながら野獣の群れに逆らって走る兎にでもなった気分だった。
現場まであと30分くらいだろうか。
早く車の運転から解放されたいと思う。
こんな気分のまま、夜の工業道路をドライブするなんて、我ながら自殺行為としか思えない。
「でも、そんなこと言ったって、T郡が人魚の里だなんて、しょせん言い伝えに過ぎないんでしょ? 栗栖重人が、その、人魚の子孫だなんて証拠は、どこにもないんじゃない?」
両手でハンドルにしがみつきながら、杏里は言い返した。
人魚の存在自体を否定する気はない。
厳密に言えば正体不明だが、それらしきものは確かに存在する。
拳銃で撃たれても、刃物で刺されても死なない刑事。
杏里自身がそうなのだから。
「まあね。けど、わたしは何も、インターネットで拾ったデマを信じてるわけじゃない。お館さまの蔵書にあった郷土史の記述をもとにしゃべってるんだ。そもそも、海を渡ってきたカタリ派が、隠遁先にどうしてT郡を選んだのか…。それは、そこに彼らの求めるものがあったからじゃないかと思うのさ」
「彼らの求めるもの…?」
「イデア界から降臨し、悪に取り込まれて記憶をなくした”純粋者”…この世に光を取り戻すカギとなる聖処女、ソフィア」
「零の話は唐突すぎてわけがわかんないよ。それが今度の事件に、何の関係があるの? これは現実で、神話や聖書の中の話じゃないんだよ」
「すまない。ちょっと先走ったか」
ヘッドライトの光芒の中で、零が苦笑した。
「とにかく、これだけは覚えておいてくれ。栗栖重人は、その特異体質を利用して、数々の奇跡を起こして信者を集めた。ところが、何者かが彼を殺した。そしてさらに言えば、杏里、おまえの故郷だったかもしれない三重県のT郡、人魚の里も今はない」
「ない…?」
「10年前の9月。超大型台風があのあたりを直撃した。その嵐の最中、暴風雨に紛れて何者かが村人たちを惨殺し、一夜にして村は壊滅したそうだ。あまりの異様な出来事に、報道管制が敷かれ、村人たちの死は台風による津波のせいとされた。思うんだが、杏里、おまえはその時の生き残りじゃないのかな」
「…え?」
杏里は絶句した。
危うく急ブレーキを踏みそうになり、あわてて左足をブレーキペダルから放した。
幹線道路の降り口が見えてきている。
目的地まであと少し。
「おまえの見る夢…それはきっと、その最後の夜の記憶なんだろう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる