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第1章 黄泉の国から来た少女
#10 杏里、余韻にひたる
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翌朝、快適な気分で目が覚めた。
こんなに熟睡したのは何年ぶりだろう。
鏡に向かい、歯を磨きながら杏里は思った。
ゆうべは、零のベッドで、裸で抱き合いながら貪るように愛し合った。
といっても、責められるのは専ら杏里のほうだった。
零の巧みな指遣いと、あの不思議な舌の攻撃で、杏里は何度も絶頂に達し、そのまま疲れ果てて眠ってしまったのである。
女同士がこんなに素敵なものだったなんて…。
シャカシャカ歯ブラシを動かしながら、杏里は昨夜の経験を反芻して、知らず知らずのうちに赤くなっていた。
何よりも、愛撫が繊細なのだ。
実際、零は杏里の性感帯を知り尽くしているようにふるまった。
耳の後ろ、腋の下、うなじ、乳首、臍、そして体の中心に隠れたあの突起…。
先が二つに割れた零の蛇のような舌は、杏里を舐め回し、十分に昂ぶらせたあげく、中の深いところまで入り込んできた。
その間も指は別の生き物のように妖しく動き、体中の敏感な部分を責め立てる。
彼氏いない歴の長い杏里でなくとも、零のデリケートかつ大胆なテクニックの前では、誰でもたちまちのうちに昇天してしまったに違いない。
目覚ましなしで目を覚ますと、零はシーツにくるまってまだ眠っていた。
その白い陶器のような頬に軽くキスをして、起こさないようにそっとベッドを抜け出してきたのだが、それがなんだか新婚のカップルの儀式みたいで、杏里はずっとドキドキしっぱなしなのだった。
黒のパンツスーツの上下に着替え、食べかけのトーストを口にくわえて外に出る。
ノッテいるときにはなんでもうまくいくものなのか、ちょうどバスがバス停に停車するところだった。
「ラッキー!」
これできょうは遅刻しなくて済む。
朝から捜査会議なのだ。
絶対に遅れるわけにはいかない。
タラップを駆け上がると、車内は通勤のサラリーマンやOLで、すし詰め状態だった。
その光景を目の当たりにして、杏里はふと、交番勤務時代を思い出した。
わずか半年の勤務だったが、四半期の検挙数で、杏里は表彰されたことがあった。
結果的にその実績が刑事昇進に繋がったのだけど、杏里の場合はかなり特殊だった。
捕まえたのが、皆、痴漢だったからである。
杏里はただ、バスや地下鉄の中で己に痴漢行為を仕掛けてくる相手を、その場で現行犯逮捕したにすぎない。
それがいつのまにか、星の数ほどの検挙数にまで膨れ上がってしまったというわけだった。
私、元々、囮捜査官の素質、あったのかも。
今更のように、そう思う。
韮崎の眼のつけどころは、案外正しかったのかもしれない…。
30分前に照和署に到着し、ホワイトボードやパワーポイントの準備を整えた。
そのうちに、他の課の職員達に紛れて、お馴染みの一課の面々が集まってきた。
高山も三上も、あの元気だけが取り柄の野崎もみんなひどく眠そうな顔をしている。
最後にくわえ煙草の韮崎がやってきて、朝の会議が始まった。
きのう作っておいた資料を配り、パイプ椅子を持ってきて杏里自身も輪の中に混じった。
説明役は、見た目も声もいい三上巡査部長である。
「まだ半日の識鑑及びナシ割ですから大した収穫はないと思いますが、班ごとに結果の報告をお願いします。今日の午後には科捜研から防犯カメラの映像解析結果、玄関に残されていた足跡の分析結果、死体の状況などについて詳しい報告が届くはずですから、その前に現在判明している情報を共有しておきたいと思います。では、まず私と高山の聞き込みの結果から、先にお話しさせていただきます」
三上の報告にも、続いて立ち上がった第2班の山田の報告にも、特に目新しいものはなかった。
すべてきのうのうちに、杏里が報告書にまとめておいた通りである。
ただ、杏里としても、気になる点がないこともなかった。
まずは犯行時刻である。
おとといの朝、体調が悪いから欠勤する、という三浦文代からの電話を受け、店の女主人である長谷雅恵が様子見の電話を入れたのが、午後4時ごろ。
その時は文代本人が電話口に出て、単なる生理痛だから、明日には出勤できると思う、と答えたらしい。
鑑識が算定した死亡推定時刻は、その午後4時から午後7時の間なのである。
そしてもうひとつ、興味深い証言があった。
ちょうどその頃、現場の隣室にあたる103号室の女子大生の部屋に元カレが訪ねてきて、部屋の前の通路で住人とその男との間で、ちょっとした言い合いになったというのだ。
よりを戻そうと迫る元カレと女子大生の口喧嘩はおよそ1時間ほど続き、根負けした男のほうが退散したのが午後5時30分過ぎ。
その間、104号室のドアは閉まったままで、誰も出入りしなかったとふたりは証言していた。
つまり、犯行が行われたのは、その後、午後5時30分から午後7時のあいだの約1時間半、という線が濃厚なのだった。
「よし、この時間帯に絞ってもう一度関係者のアリバイを確認するんだ。なんなら文代の行きつけのコンビニ、あるいは店の常連客にまで、聞き込みの範囲を広げてもいい。何かわかったら、すぐに笹原に連絡を入れろ。笹原はここで待機して情報のとりまとめだ。きょうの報告書とパワポは、まあまあよくできていた。昼には科捜研からの報告も入ることだし、この調子で頼む」
報告が終わると、韮崎がてきぱきと指示を出した。
「えー? またひとりで留守番ですかぁ?」
と口を尖らせたのは、杏里である。
「なんだ、文句でもあるのか」
早速韮崎がぎょろ目で睨んできた。
「私もつれてって下さいよお。だいたい、ニラさんはどこ行くんですかあ? 私も一緒じゃ、だめなんですかぁ」
「俺は県警本部だ。報告がてら、類似の事件がなかったかどうか、一課の連中に話を聞いてくるつもりだ。コンピュータのデータべースではわからない生の情報があるかもしれんからな。いいから、おまえはここにいろ。科捜研の報告でこれはというものがあったら、俺のケータイにすぐ連絡するんだ。いいか、わかったな」
ちっともよくないよ。
こんな眠い仕事。
ぶつぶつ言いながら会議の後片付けをしていると、あっというまに5人ともいなくなってしまった。
「あーあ、つまんないの。眠くなったら、私、遠慮なく寝ちゃうからね。文句言わないでよ」
パソコンを立ち上げ、起動を待つ。
いきなり、
windowsを更新しています。コンピュータの電源を切らないでください。
の表示が出た。
「んもう! サイアク!」
今朝までのあの高揚感はどこへ行ったのだろう。
零に会いたい。
零と抱き合って…。
机の上に頬杖をつき、なかなか進まない%表示とにらめっこしている時だった。
ふいにドアが開き、甲高い声が飛んできた。
「あれえ? 一課の連中、誰も居ないの? せっかくこのヤチカさんがじきじきに、すっごいお土産もってきてやったってのに」
こんなに熟睡したのは何年ぶりだろう。
鏡に向かい、歯を磨きながら杏里は思った。
ゆうべは、零のベッドで、裸で抱き合いながら貪るように愛し合った。
といっても、責められるのは専ら杏里のほうだった。
零の巧みな指遣いと、あの不思議な舌の攻撃で、杏里は何度も絶頂に達し、そのまま疲れ果てて眠ってしまったのである。
女同士がこんなに素敵なものだったなんて…。
シャカシャカ歯ブラシを動かしながら、杏里は昨夜の経験を反芻して、知らず知らずのうちに赤くなっていた。
何よりも、愛撫が繊細なのだ。
実際、零は杏里の性感帯を知り尽くしているようにふるまった。
耳の後ろ、腋の下、うなじ、乳首、臍、そして体の中心に隠れたあの突起…。
先が二つに割れた零の蛇のような舌は、杏里を舐め回し、十分に昂ぶらせたあげく、中の深いところまで入り込んできた。
その間も指は別の生き物のように妖しく動き、体中の敏感な部分を責め立てる。
彼氏いない歴の長い杏里でなくとも、零のデリケートかつ大胆なテクニックの前では、誰でもたちまちのうちに昇天してしまったに違いない。
目覚ましなしで目を覚ますと、零はシーツにくるまってまだ眠っていた。
その白い陶器のような頬に軽くキスをして、起こさないようにそっとベッドを抜け出してきたのだが、それがなんだか新婚のカップルの儀式みたいで、杏里はずっとドキドキしっぱなしなのだった。
黒のパンツスーツの上下に着替え、食べかけのトーストを口にくわえて外に出る。
ノッテいるときにはなんでもうまくいくものなのか、ちょうどバスがバス停に停車するところだった。
「ラッキー!」
これできょうは遅刻しなくて済む。
朝から捜査会議なのだ。
絶対に遅れるわけにはいかない。
タラップを駆け上がると、車内は通勤のサラリーマンやOLで、すし詰め状態だった。
その光景を目の当たりにして、杏里はふと、交番勤務時代を思い出した。
わずか半年の勤務だったが、四半期の検挙数で、杏里は表彰されたことがあった。
結果的にその実績が刑事昇進に繋がったのだけど、杏里の場合はかなり特殊だった。
捕まえたのが、皆、痴漢だったからである。
杏里はただ、バスや地下鉄の中で己に痴漢行為を仕掛けてくる相手を、その場で現行犯逮捕したにすぎない。
それがいつのまにか、星の数ほどの検挙数にまで膨れ上がってしまったというわけだった。
私、元々、囮捜査官の素質、あったのかも。
今更のように、そう思う。
韮崎の眼のつけどころは、案外正しかったのかもしれない…。
30分前に照和署に到着し、ホワイトボードやパワーポイントの準備を整えた。
そのうちに、他の課の職員達に紛れて、お馴染みの一課の面々が集まってきた。
高山も三上も、あの元気だけが取り柄の野崎もみんなひどく眠そうな顔をしている。
最後にくわえ煙草の韮崎がやってきて、朝の会議が始まった。
きのう作っておいた資料を配り、パイプ椅子を持ってきて杏里自身も輪の中に混じった。
説明役は、見た目も声もいい三上巡査部長である。
「まだ半日の識鑑及びナシ割ですから大した収穫はないと思いますが、班ごとに結果の報告をお願いします。今日の午後には科捜研から防犯カメラの映像解析結果、玄関に残されていた足跡の分析結果、死体の状況などについて詳しい報告が届くはずですから、その前に現在判明している情報を共有しておきたいと思います。では、まず私と高山の聞き込みの結果から、先にお話しさせていただきます」
三上の報告にも、続いて立ち上がった第2班の山田の報告にも、特に目新しいものはなかった。
すべてきのうのうちに、杏里が報告書にまとめておいた通りである。
ただ、杏里としても、気になる点がないこともなかった。
まずは犯行時刻である。
おとといの朝、体調が悪いから欠勤する、という三浦文代からの電話を受け、店の女主人である長谷雅恵が様子見の電話を入れたのが、午後4時ごろ。
その時は文代本人が電話口に出て、単なる生理痛だから、明日には出勤できると思う、と答えたらしい。
鑑識が算定した死亡推定時刻は、その午後4時から午後7時の間なのである。
そしてもうひとつ、興味深い証言があった。
ちょうどその頃、現場の隣室にあたる103号室の女子大生の部屋に元カレが訪ねてきて、部屋の前の通路で住人とその男との間で、ちょっとした言い合いになったというのだ。
よりを戻そうと迫る元カレと女子大生の口喧嘩はおよそ1時間ほど続き、根負けした男のほうが退散したのが午後5時30分過ぎ。
その間、104号室のドアは閉まったままで、誰も出入りしなかったとふたりは証言していた。
つまり、犯行が行われたのは、その後、午後5時30分から午後7時のあいだの約1時間半、という線が濃厚なのだった。
「よし、この時間帯に絞ってもう一度関係者のアリバイを確認するんだ。なんなら文代の行きつけのコンビニ、あるいは店の常連客にまで、聞き込みの範囲を広げてもいい。何かわかったら、すぐに笹原に連絡を入れろ。笹原はここで待機して情報のとりまとめだ。きょうの報告書とパワポは、まあまあよくできていた。昼には科捜研からの報告も入ることだし、この調子で頼む」
報告が終わると、韮崎がてきぱきと指示を出した。
「えー? またひとりで留守番ですかぁ?」
と口を尖らせたのは、杏里である。
「なんだ、文句でもあるのか」
早速韮崎がぎょろ目で睨んできた。
「私もつれてって下さいよお。だいたい、ニラさんはどこ行くんですかあ? 私も一緒じゃ、だめなんですかぁ」
「俺は県警本部だ。報告がてら、類似の事件がなかったかどうか、一課の連中に話を聞いてくるつもりだ。コンピュータのデータべースではわからない生の情報があるかもしれんからな。いいから、おまえはここにいろ。科捜研の報告でこれはというものがあったら、俺のケータイにすぐ連絡するんだ。いいか、わかったな」
ちっともよくないよ。
こんな眠い仕事。
ぶつぶつ言いながら会議の後片付けをしていると、あっというまに5人ともいなくなってしまった。
「あーあ、つまんないの。眠くなったら、私、遠慮なく寝ちゃうからね。文句言わないでよ」
パソコンを立ち上げ、起動を待つ。
いきなり、
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の表示が出た。
「んもう! サイアク!」
今朝までのあの高揚感はどこへ行ったのだろう。
零に会いたい。
零と抱き合って…。
机の上に頬杖をつき、なかなか進まない%表示とにらめっこしている時だった。
ふいにドアが開き、甲高い声が飛んできた。
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