20 / 157
第1章 黄泉の国から来た少女
#19 杏里、見つける
しおりを挟む
「わあ、素敵!」
バスから降りると、そこは一面の田園地帯だった。
よく育った稲が、川風にさざ波のように波打ち、晩春の陽射しにキラキラと輝いている。
修学旅行以外、ほとんど旅行というものをしたことのない杏里にとって、ここはまさに別天地といってよかった。
バスターミナルを出て、車の行き来の少ない目抜き通りを、ぶらぶらと歩く。
黄色い帽子をかぶった可愛らしい小学生の一団。
自転車に乗った老人。
犬を連れて散歩する、素朴ななりをした老女。
木造平屋建ての古びた家々が両側に立ち並ぶ往来は、まるで昭和初期の日本にタイムスリップでもしたかのようだ。
「日本にも、まだこんないいところがあるんですね」
スキップしながら歩く杏里に、韮崎が半ばあきれ顔で注意した。
「あのな、これは仕事だぞ。おまえ、何さっきからウキウキしてんだよ」
「だってとっても空気が綺麗なんですもん」
零にも見せてやりたい。
そう、切に思う。
まだ謎の多い零だが、これまでに、杏里には想像もできない凄絶な人生を歩んできたのは間違いない。
その零に、こんな心和む風景を、ひと目見せてあげられたら…。
「ここだな」
メモ帳に目を落としながら歩いていた韮崎だ立ち止まったのは、一軒の茶屋の前だった。
時代劇に出てくるような、本格的和風の店である。
『白川茶』と書かれた薄緑色ののぼりが風にはためく横に、ござを敷いた長い縁台がひとつ。
名物の新茶を自宅で製造し、それを和菓子と一緒に客に提供する、そんな仕組みの店らしい。
縁台に腰を下ろすと、韮崎が煙草に火をつけた。
「いらっしゃいませ」
待つほどもなく、白いかっぽう着姿の中年女性が入り口から姿を現した。
丸い顔に笑みを浮かべているが、目は泣きはらしたように赤い。
「いつ来てもいいね。この白川は」
うまそうに目を細めて煙を吐き出しながら、韮崎が言う。
杏里が初めて目にする好々爺ぶりである。
「あとひと月もすれば、鮎の解禁だな。飛騨川の鮎の友釣りか。楽しみだね」
ニラさん、こんな演技もできるんだ。
傍に棒立ちになって眺めていると、柔和なおかみさんの顔つきが急に変化した。
「お客さん、そんな呑気なこといってるけど、ほんとは刑事さんなんだろ? 眼が笑ってないもの」
「あんた、鋭いね」
韮崎が、悪戯を見つかった小学生のような顔をして、ぽりぽりとごま塩頭を掻く。
「大方、うちの文代のこと、探りに来たんだろ? もう、話すことはみんな話したのに、警察はしつこいね。こんなとこで油を売ってる暇があったら、とっとと犯人捕まえておくれよ」
おかみさんの小さな目に涙が光っているのを見て、たまらず杏里は声をかけていた。
「あの、その前に、文代さんのご仏前に、お線香をあげさせていただけませんか? 犯人なら、必ず捕まえてみせますから」
「あ、あんたは?」
おかみさんが驚いたように杏里を見た。
「このボインちゃんも刑事だ。とてもそうは見えないがな」
韮崎の言葉にムッとする杏里。
ボインって何? 死語を通り越して、もう化石だし。
「あらまあ、なんでまた」
おかみさんの涙の粒が大きくなる。
「悪いことは言わない。そんな危険な仕事、すぐに辞めちまいな。うちの文代みたいになる前に」
と、がらりと入り口の引き戸が開き、奥からステテコ姿の主人らしき男性が現れた。
「昼間っから、何騒いでるんだ? お客さんなら中に入ってもらえばいいだろう」
年のころは韮崎と同じくらいか。
背格好までよく似ている。
「刑事さんなんだって。それがあんた、この若い娘さんも」
「刑事だと?」
旦那が杏里をしげしげと眺めた。
「それにしてはまた、ずいぶんとボインちゃんだな」
ここまで言われると、もはや苦笑するしかない。
「だが、残念だな。いくらボインちゃん相手でも、もう警察に話すことなんてないんだよ」
迷惑そうに太い眉をひそめる主人に、すかさず杏里は言った。
「私たち、文代さんの小学校時代のお話を聞きたくて来たんです。例えば、鬼頭千佳さんのこととか」
「チカちゃん? チカちゃんがどうかしたの?」
身を乗り出してきたのは、おかみさんのほうだった。
「ニュース見てませんか? 殺されたんです。文代さんと同じ手口で。つい、きのうのことです」
「ば、ばか、そんなこと、いきなりべらべらしゃべるやつがあるか!」
慌てる韮崎を、おかみさんが遮った。
「ま、まさか…それ、本当なの? あのチカちゃんが…? おとうさん、これ、どういうこと?」
「わ、わからん。と、とにかく、中で話そう。さ、入ってくれ。恵子、お茶だ、お茶」
まぶしそうに微笑む少女の遺影に手を合わせ、目をつぶると、いいようのない悲しみとともに、犯人に対する怒りがふつふつとこみ上げてきた。
ごめんね、助けてあげられなくって。
痛かったでしょうね。
怖かったよね。
でも、この仇は、きっと取ってあげるから…。
座布団ごとくるりと振り向くと、韮崎もちょうど顏を上げたところだった。
「こちらへ」
主人にうながされるまま、卓袱台の前に座る。
卓袱台の上には、香ばしい香りを放つ熱いお茶と羊羹が出ていた。
「いい匂いですね」
湯呑を両手で慈しむように挟み、鼻先で臭いを味わいながら、杏里は言った。
「摘みたての葉を使ってるから」
少し表情を和ませて、おかみさんが杏里を見た。
「ふだん、ペットボトルのお茶しか飲んでないから、気づきませんでした。本物のお茶って、こんないい香りのするものだったなんて」
「あんた、いい子だね。うちで採れたお茶っ葉あげるから、帰ったら思う存分味わうといいよ」
お土産ゲット。
横目で韮崎の様子を窺うと、おまえに任せた、といわんばかりに顎をしゃくってみせた。
「それで、チカさんのことですけど、おふたりとも、ご存じなかったんですね」
「テレビはね、見ないようにしてるの。うちの文代のこと、興味本位で色々言うから」
おかみさんが手の甲で目尻を拭う。
文代が子宮を摘出されていたことは、もちろんマスコミにはオフレコだ。
だが、県警本部発表の『体の一部を持ち去られていた』という曖昧な表現は、かえってさまざまな憶測を呼んだらしく、テレビのワイドショーも週刊誌も、事件を猟奇殺人として興味本位に取り上げているものが多かった。
「鬼頭千佳さんと、文代さんは、仲が良かったんですよね?」
「小学校時代は、3人でいつも一緒にいたよ。文代と、チカちゃんと、葵ちゃん。ただ、中学に入るとすぐ、チカちゃんのご両親が交通事故で亡くなって、チカちゃんは那古野の親戚のおうちに引き取られていったの。中2の時には葵ちゃんのお家が、お父さんのお仕事の関係で那古野に引っ越すことになってね、残ったのは結局文代ひとりだった。その文代も、高校を出ると、那古野に出たいと言い出して…。あの時、もっと強く止めておけば、こんなことにはならなかったのに…」
「済んだことは仕方ないさ。文代は少しの間でも、好きな花に囲まれて暮らすことができたんだ。何度も言ってるだろうが。おまえさんが自分を責める必要はないんだって」
「でもね…お父さん。私、もしもあの時って、つい思っちゃうんだよ。そうすると、もう眠れなくってね…。8年前、文代が神隠しに遭った時も、ちょうどこんな気分だったなあって、急に思い出したりしてさあ…」
え?
杏里は自分の耳を疑った。
おかみさんの台詞の中に、奇妙な単語が混じっていることに気づいたからだった。
「あの、8年前の神隠しって、それ、何のことですか?」
勢い込む杏里に、どうしたものかといった表情で、夫婦が眼を見合わせた。
旦那がうなずくと、やがて、意を決したように、おかみさんが話し出した。
「裏の河原でね、小6の夏休み、文代たち3人が神隠しに遭ったの。町中総出で捜し回ったけど、見つからなかった。川に流されたんだろうってことになって、次の日捜索隊を出そうってことになったんだけどね。…ところが、一夜明けてみると、3人とも元のように河原に戻ってきてるじゃないの。なんだかぼんやりして、何があったのか、なんにも覚えてないって顔で…」
「待ってください。神隠しに遭ったのは、3人なんですね? 文代さんと、チカちゃんと、もうひとり」
「そうだよ。相馬葵ちゃん。派手な顔立ちの、おませな子だったね」
帰りの電車の中。
杏里は膝の上に置いた駅弁にも手をつけず、珍しくじっと考え込んでいた。
三浦文代と鬼頭千佳の共通点は、案外簡単に見つかった。
8年前の、神隠しである。
それが何を意味するのかまでは、わからない。
だが、わかったことが、もうひとつある。
次の犠牲者だ。
杏里は手の中の年賀状を裏返してみた。
文代の遺品として、実家に送られてきたもののひとつだった。
差出人は相馬葵。
今年の元旦の日付である。
住所は、那古野市緑区だ。
裏には、振り袖姿の少女の写真。
成人式のリハーサルに、着物を着て自撮りしたスナップ写真のようである。
相馬葵は、弾けるような笑顔が印象的な、かねり目立つ顔立ちの少女だった。
「間に合うといいですね」
顔を上げると、杏里は韮崎に声をかけた。
「ああ」
窓から暮れなずむ外の風景を眺めながら、韮崎がうなずいた。
店を出るなり、韮崎はすでに三上に電話をかけていた。
相馬葵を探し出し、大至急、保護するようにと。
「私、思いついちゃったんですけど」
しばしためらった末、迷いを吹っ切るように杏里は口を切った。
「何をだ」
うわの空で韮崎が応える。
「囮になるんです」
「はあ?」
韮崎が窓から杏里に視線を移す。
「私、その相馬葵って子とすり替わって、囮になろうと思うんです」
「なんだと?」
あんぐりと口を開ける韮崎。
「おまえ…本気で言ってるのか?」
「はい」
杏里はきっぱりとうなずいてみせた。
「そうして私、今度こそ、犯人、捕まえようと思います」
バスから降りると、そこは一面の田園地帯だった。
よく育った稲が、川風にさざ波のように波打ち、晩春の陽射しにキラキラと輝いている。
修学旅行以外、ほとんど旅行というものをしたことのない杏里にとって、ここはまさに別天地といってよかった。
バスターミナルを出て、車の行き来の少ない目抜き通りを、ぶらぶらと歩く。
黄色い帽子をかぶった可愛らしい小学生の一団。
自転車に乗った老人。
犬を連れて散歩する、素朴ななりをした老女。
木造平屋建ての古びた家々が両側に立ち並ぶ往来は、まるで昭和初期の日本にタイムスリップでもしたかのようだ。
「日本にも、まだこんないいところがあるんですね」
スキップしながら歩く杏里に、韮崎が半ばあきれ顔で注意した。
「あのな、これは仕事だぞ。おまえ、何さっきからウキウキしてんだよ」
「だってとっても空気が綺麗なんですもん」
零にも見せてやりたい。
そう、切に思う。
まだ謎の多い零だが、これまでに、杏里には想像もできない凄絶な人生を歩んできたのは間違いない。
その零に、こんな心和む風景を、ひと目見せてあげられたら…。
「ここだな」
メモ帳に目を落としながら歩いていた韮崎だ立ち止まったのは、一軒の茶屋の前だった。
時代劇に出てくるような、本格的和風の店である。
『白川茶』と書かれた薄緑色ののぼりが風にはためく横に、ござを敷いた長い縁台がひとつ。
名物の新茶を自宅で製造し、それを和菓子と一緒に客に提供する、そんな仕組みの店らしい。
縁台に腰を下ろすと、韮崎が煙草に火をつけた。
「いらっしゃいませ」
待つほどもなく、白いかっぽう着姿の中年女性が入り口から姿を現した。
丸い顔に笑みを浮かべているが、目は泣きはらしたように赤い。
「いつ来てもいいね。この白川は」
うまそうに目を細めて煙を吐き出しながら、韮崎が言う。
杏里が初めて目にする好々爺ぶりである。
「あとひと月もすれば、鮎の解禁だな。飛騨川の鮎の友釣りか。楽しみだね」
ニラさん、こんな演技もできるんだ。
傍に棒立ちになって眺めていると、柔和なおかみさんの顔つきが急に変化した。
「お客さん、そんな呑気なこといってるけど、ほんとは刑事さんなんだろ? 眼が笑ってないもの」
「あんた、鋭いね」
韮崎が、悪戯を見つかった小学生のような顔をして、ぽりぽりとごま塩頭を掻く。
「大方、うちの文代のこと、探りに来たんだろ? もう、話すことはみんな話したのに、警察はしつこいね。こんなとこで油を売ってる暇があったら、とっとと犯人捕まえておくれよ」
おかみさんの小さな目に涙が光っているのを見て、たまらず杏里は声をかけていた。
「あの、その前に、文代さんのご仏前に、お線香をあげさせていただけませんか? 犯人なら、必ず捕まえてみせますから」
「あ、あんたは?」
おかみさんが驚いたように杏里を見た。
「このボインちゃんも刑事だ。とてもそうは見えないがな」
韮崎の言葉にムッとする杏里。
ボインって何? 死語を通り越して、もう化石だし。
「あらまあ、なんでまた」
おかみさんの涙の粒が大きくなる。
「悪いことは言わない。そんな危険な仕事、すぐに辞めちまいな。うちの文代みたいになる前に」
と、がらりと入り口の引き戸が開き、奥からステテコ姿の主人らしき男性が現れた。
「昼間っから、何騒いでるんだ? お客さんなら中に入ってもらえばいいだろう」
年のころは韮崎と同じくらいか。
背格好までよく似ている。
「刑事さんなんだって。それがあんた、この若い娘さんも」
「刑事だと?」
旦那が杏里をしげしげと眺めた。
「それにしてはまた、ずいぶんとボインちゃんだな」
ここまで言われると、もはや苦笑するしかない。
「だが、残念だな。いくらボインちゃん相手でも、もう警察に話すことなんてないんだよ」
迷惑そうに太い眉をひそめる主人に、すかさず杏里は言った。
「私たち、文代さんの小学校時代のお話を聞きたくて来たんです。例えば、鬼頭千佳さんのこととか」
「チカちゃん? チカちゃんがどうかしたの?」
身を乗り出してきたのは、おかみさんのほうだった。
「ニュース見てませんか? 殺されたんです。文代さんと同じ手口で。つい、きのうのことです」
「ば、ばか、そんなこと、いきなりべらべらしゃべるやつがあるか!」
慌てる韮崎を、おかみさんが遮った。
「ま、まさか…それ、本当なの? あのチカちゃんが…? おとうさん、これ、どういうこと?」
「わ、わからん。と、とにかく、中で話そう。さ、入ってくれ。恵子、お茶だ、お茶」
まぶしそうに微笑む少女の遺影に手を合わせ、目をつぶると、いいようのない悲しみとともに、犯人に対する怒りがふつふつとこみ上げてきた。
ごめんね、助けてあげられなくって。
痛かったでしょうね。
怖かったよね。
でも、この仇は、きっと取ってあげるから…。
座布団ごとくるりと振り向くと、韮崎もちょうど顏を上げたところだった。
「こちらへ」
主人にうながされるまま、卓袱台の前に座る。
卓袱台の上には、香ばしい香りを放つ熱いお茶と羊羹が出ていた。
「いい匂いですね」
湯呑を両手で慈しむように挟み、鼻先で臭いを味わいながら、杏里は言った。
「摘みたての葉を使ってるから」
少し表情を和ませて、おかみさんが杏里を見た。
「ふだん、ペットボトルのお茶しか飲んでないから、気づきませんでした。本物のお茶って、こんないい香りのするものだったなんて」
「あんた、いい子だね。うちで採れたお茶っ葉あげるから、帰ったら思う存分味わうといいよ」
お土産ゲット。
横目で韮崎の様子を窺うと、おまえに任せた、といわんばかりに顎をしゃくってみせた。
「それで、チカさんのことですけど、おふたりとも、ご存じなかったんですね」
「テレビはね、見ないようにしてるの。うちの文代のこと、興味本位で色々言うから」
おかみさんが手の甲で目尻を拭う。
文代が子宮を摘出されていたことは、もちろんマスコミにはオフレコだ。
だが、県警本部発表の『体の一部を持ち去られていた』という曖昧な表現は、かえってさまざまな憶測を呼んだらしく、テレビのワイドショーも週刊誌も、事件を猟奇殺人として興味本位に取り上げているものが多かった。
「鬼頭千佳さんと、文代さんは、仲が良かったんですよね?」
「小学校時代は、3人でいつも一緒にいたよ。文代と、チカちゃんと、葵ちゃん。ただ、中学に入るとすぐ、チカちゃんのご両親が交通事故で亡くなって、チカちゃんは那古野の親戚のおうちに引き取られていったの。中2の時には葵ちゃんのお家が、お父さんのお仕事の関係で那古野に引っ越すことになってね、残ったのは結局文代ひとりだった。その文代も、高校を出ると、那古野に出たいと言い出して…。あの時、もっと強く止めておけば、こんなことにはならなかったのに…」
「済んだことは仕方ないさ。文代は少しの間でも、好きな花に囲まれて暮らすことができたんだ。何度も言ってるだろうが。おまえさんが自分を責める必要はないんだって」
「でもね…お父さん。私、もしもあの時って、つい思っちゃうんだよ。そうすると、もう眠れなくってね…。8年前、文代が神隠しに遭った時も、ちょうどこんな気分だったなあって、急に思い出したりしてさあ…」
え?
杏里は自分の耳を疑った。
おかみさんの台詞の中に、奇妙な単語が混じっていることに気づいたからだった。
「あの、8年前の神隠しって、それ、何のことですか?」
勢い込む杏里に、どうしたものかといった表情で、夫婦が眼を見合わせた。
旦那がうなずくと、やがて、意を決したように、おかみさんが話し出した。
「裏の河原でね、小6の夏休み、文代たち3人が神隠しに遭ったの。町中総出で捜し回ったけど、見つからなかった。川に流されたんだろうってことになって、次の日捜索隊を出そうってことになったんだけどね。…ところが、一夜明けてみると、3人とも元のように河原に戻ってきてるじゃないの。なんだかぼんやりして、何があったのか、なんにも覚えてないって顔で…」
「待ってください。神隠しに遭ったのは、3人なんですね? 文代さんと、チカちゃんと、もうひとり」
「そうだよ。相馬葵ちゃん。派手な顔立ちの、おませな子だったね」
帰りの電車の中。
杏里は膝の上に置いた駅弁にも手をつけず、珍しくじっと考え込んでいた。
三浦文代と鬼頭千佳の共通点は、案外簡単に見つかった。
8年前の、神隠しである。
それが何を意味するのかまでは、わからない。
だが、わかったことが、もうひとつある。
次の犠牲者だ。
杏里は手の中の年賀状を裏返してみた。
文代の遺品として、実家に送られてきたもののひとつだった。
差出人は相馬葵。
今年の元旦の日付である。
住所は、那古野市緑区だ。
裏には、振り袖姿の少女の写真。
成人式のリハーサルに、着物を着て自撮りしたスナップ写真のようである。
相馬葵は、弾けるような笑顔が印象的な、かねり目立つ顔立ちの少女だった。
「間に合うといいですね」
顔を上げると、杏里は韮崎に声をかけた。
「ああ」
窓から暮れなずむ外の風景を眺めながら、韮崎がうなずいた。
店を出るなり、韮崎はすでに三上に電話をかけていた。
相馬葵を探し出し、大至急、保護するようにと。
「私、思いついちゃったんですけど」
しばしためらった末、迷いを吹っ切るように杏里は口を切った。
「何をだ」
うわの空で韮崎が応える。
「囮になるんです」
「はあ?」
韮崎が窓から杏里に視線を移す。
「私、その相馬葵って子とすり替わって、囮になろうと思うんです」
「なんだと?」
あんぐりと口を開ける韮崎。
「おまえ…本気で言ってるのか?」
「はい」
杏里はきっぱりとうなずいてみせた。
「そうして私、今度こそ、犯人、捕まえようと思います」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる