サイコパスハンター零

戸影絵麻

文字の大きさ
47 / 157
第2章 百合と髑髏の狂騒曲

#16 杏里、泡を吹く

しおりを挟む
 玄関の戸は、古めかしい引き戸だった。

 零がガラス部分に苦無を当て、音もなくガラスを切る。

 丸く穴が開いたところで、中に手を突っ込んで鍵をはずした。

 半分ほど開けた引き戸から、薄暗い玄関に滑り込む。

 とたんに、嫌な臭いが鼻腔を襲った。

 左手に台所がある。

 強い臭気は冷蔵庫から漏れているようだ。

 天井近くまである、粗末な台所にはおよそ不似合いな、大型の冷蔵庫である。

 零の目配せに応じて三和木に上がり込み、冷蔵庫の扉をそっと開けてみた。

 限界まで温度が下げられているらしく、白い冷気が杏里を襲った。

 中には気色の悪いものが、いっぱいに詰まっていた。

 臭気は明らかにそこから出ている。

「う」

 杏里は思わず手で口を押えた。

 これって、まさか…。

 背筋に氷柱が生じたような気がした。

「な…なんで、こんなものが?」

 大小のタッパに詰められた灰色の物体。

 ラップに包まれた、牛のバラ肉みたいな赤黒い肉塊。

 そして、ビニール袋に入った、一抱えもありそうな丸いボール状のもの。

「これはおそらく脳だ。そして、これは頭部。今までの犠牲者のものじゃない。明らかに大人の女性のものだ。その他の肉はたぶん、胴体の一部だろうな」

 杏里の思いを代弁するように、低く押し殺した声で、零が言った。

 嘔吐寸前の杏里に比べ、ひどく淡々としている。

 その時、何かの動く気配がした。

「起きたか」

 零が立ち上がった。

 ガラス戸が開き、やせた若者が姿を現した。

 よれよれのTシャツとスウェットのズボン。

 髪の毛は寝ぐせがついて、ボサボサのありさまだ。

 写真の男だった。

 岩田守25歳。

 3件の首狩り事件の際、問題の時間に現場にいた最有力の容疑者である。

「な、な、なんだ? お、おまえらは?」

 ひどい吃音で、男が誰何した。

「こっちこそ訊きたいね」

 零が苦無を逆手に握り直す。

「ここにある人間の残骸は、何のためのものだ? まさか食材というわけでもないだろう」

「み、見たのか?」

 男が震え出す。

 おこりにかかったように、ぶるぶる震えている。

「ああ」

 零がすっと右腕を伸ばし、男の喉元に苦無を突き立てた。

「おまえは何を隠している? 言わないと、殺す」

「お、俺は、ただあれを育てるように言われただけだ。そ、育てれば、きっといいことがあるからって、あ、あいつが言うから…」

 男が、うわ言のように言った。

「誰に、何を」

 零が苦無を突き上げる。

 男の生白い喉に血が滲んだ。

「い、1ヶ月程前のことだ。し、親戚の家に用があって、ひ、日間賀島に船で渡った。そ、その時、は、浜で気持ちの悪い子どもに声をかけられた。こ、これを、育ててみないか、と」

「子ども? どんな子どもだった?」

「の、のっぺらぼうの、ば、化け物みたいなやつだ…。と、とても、逆らえなくって…」

 男の震えは止まらない。

 嘘を言っているようには見えなかった。

 杏里ははっとした。

 のっぺらぼうと言えば、外道。

 赤い真珠事件で遭遇した、あの正体不明の化け物である。

 でも、”あれ”とか”これ”って、いったい何のことだろう?

「冷蔵庫の中の残骸は、おまえの言う”あれ”とやらの餌なんだな」

 零は情け容赦ない。

「あ、ああ…」

「じゃあ、あの首は何なんだ? おまえはなぜ、人間の首を集めている?」

「そ、それは…」

 その時、ガタリという音がした。

 男の背後で、何かが動いたのだ。

 他に誰かいるのだろうか。

 男と同居しているという、母親か。

「どけ」

 零が男を突き飛ばした。

 がらりと引き戸を開け放つ。

 非常灯に照らされた八畳ほどの和室。

 その奥の庭に面したサッシ戸が半開きになっていて、何かが部屋の中に這い上がろうとしている。

 月明かりの中に浮かび上がったその異形を目に留めた瞬間、杏里は声を限りに悲鳴を上げた。

「いやあ!」

 髑髏だった。

 小ぶりの髑髏が動いている。 

 うつろな眼窩をこちらに向け、右に左に傾きながら、ぎこちなく畳の上を這ってくる。

「この雑魚めが」

 零が着物の袂をを広げた。

 その表面で百の目玉がが一斉に開眼した。

 動きの留まった髑髏に向けて、零の右手から苦無が飛んだ。

 一撃で髑髏が砕けた。

 そしてその中から現れたのは、およそ信じがたいものだった。

 そいつのあまりのグロテスクさに、気が遠くなった。

 失神する寸前、零が杏里を抱き留めた。

「終わった」

 零が言った。

「応援を呼ぶんだ。気を失う前に」

 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...