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第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#23 杏里、いたわる
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その後の聞き込みで判明したのは、八事日赤駅で発見された死体の身元くらいのものだった。
駅の近くで不動産業を営む50歳の男性で、ズボンのポケットから出てきたバーの領収書が身元判明の決め手になったのである。
殺害された3人に接点はまるでなく、やはり通り魔的な犯行の可能性が高い、というのが合同捜査会議を前に韮崎班の出した結論ではあったが、犯人が大型肉食獣か人間かという点になると意見が割れ、結局そのままその日はお開きになった。
帰り道、ふと思いついて杏里はドラッグストアで注射器と牛乳を購入した。
家に帰るとまず風呂を浴び、身体を綺麗にした。
次に空いたペットボトルに牛乳を満たし、そこに自分で採血した血をかき混ぜながら少しずつ溶かし込んでいった。
できあがったピンク色の特製飲料を持って、2階に上がる。
突き当りの零の部屋のドアをそっとノックして、
「零、起きてる?」
そう声をかけると、珍しく、
「ああ」
と不愛想な声が返ってきた。
「よかった」
部屋の中に入ると、非常灯のオレンジの明かりの下で、零がまた苦無を研いでいた。
暖房を入れず、下着の上に綿入れを羽織っただけのおかしな格好をしている。
「電気つけていい? いいもの作ってきたの」
「いいけど、足元気をつけな。苦無踏むと足の指、ちぎれるから」
「ヤなこと言わないでよ。ほら、点いた」
カーペットの上にじかに座って、丸テーブルの上にペットボトルを置いた。
「おいしそうでしょ? 飲んでみて」
「何だよ? これ」
零が体の向きを変え、杏里の対面に座った。
キャップをはずし、しばらく胡散臭そうに匂いを嗅いでいたが、
「いい匂いだ」
そうつぶやいて、ひと口飲んだ。
「どう?」
味わうように口をもぐもぐさせていた零が、ふいに目を見開いて正面から杏里を見た。
「杏里、これ」
「わかった?」
「おまえの血が、入ってる?」
「うん。私がいない時でも補給できるように、牛乳に混ぜてみたの」
「むちゃ美味いな」
零がつぶやき、ごくりごくりと喉を鳴らして飲み始めた。
「よかったぁ、気に入ってもらえて。零ったら、ここんところずっと寝てばかりで、病気みたいだったんだもん」
「病気ではないが…」
手の甲で口を拭って、零が話し始めた。
「里に居る時は、この時期はほとんど寝て過ごしてた。バイオリズムの低下が激しくてさ。お館様は、また零の冬眠が始まったって、いつも笑ってたけど」
「零ってば、冬眠するんだ…。なんか、熊みたい」
「熊はひどいな」
苦笑する零。
久しぶりに見る笑顔に、杏里は嬉しくなった。
「ね、これ毎日作って冷蔵庫に入れておくからさ、飲みたくなったらいつでも飲んで」
「ありがとう。助かるよ」
「そうしたら、少しは元気になるかな?」
「ああ。他の月の新月の時くらいまでには、回復するだろうよ。もう身体があったまってきたし」
「実はね。ついに目覚めちゃったみたいなんだ」
体調がどん底の零に無理を押しつけることになる。
そう思うと胸が痛んで、杏里は目を伏せた。
が、零の返事は想定外のものだった。
「知ってるよ。だから苦無を研いでいた」
「え? ニュース見たの?」
零はほとんどテレビを見ない。
だから尚更意外だった。
「いや、感じたから」
首を横に振って、短く零が答えた。
「夜中に地震があった。それでわかった」
「うそ。私、何にも感じなかったけど」
「物理的な地震じゃない。霊的な波動の乱れというか」
「地龍?」
「だな。邪神ウロボロス」
「明日の捜査会議の結果次第では…」
「ふたりで行動することになる。そう言いたいんだろ?」
「ごめんね。こんな体調悪い時に」
杏里はうなだれた。
「いや。私も初めからそのつもりだったから。儀式を完遂させたのは私のミスだ。あの時止めていれば…」
零の眉間に縦じわが寄った。
「違う。零のせいじゃない」
杏里は零の手を取った。
「あれは、運命みたいなものだったんだよ」
「運命?」
「そう。だから、今度こそ、その運命に逆らわなきゃ」
「杏里はたくましいな。可愛い顏してるのに」
「やだ。何それ」
「久しぶりに、抱いてやる」
赤くなった杏里に、零が言った。
「特性牛乳のお礼に、私の指と舌で、天国に行かせてやるよ」
「そ、そんなこと、誰もお願いしてないよ」
「でも、濡れてる。匂いでわかるさ」
硬直した杏里の背後に回ると、零がネグリジェの襟元から手を入れてきた。
「あん…」
思わず喘ぐと、笑いを含んだ声で、零が言った。
「せっかちだな。私はまだ、なんにもしてないぞ」
駅の近くで不動産業を営む50歳の男性で、ズボンのポケットから出てきたバーの領収書が身元判明の決め手になったのである。
殺害された3人に接点はまるでなく、やはり通り魔的な犯行の可能性が高い、というのが合同捜査会議を前に韮崎班の出した結論ではあったが、犯人が大型肉食獣か人間かという点になると意見が割れ、結局そのままその日はお開きになった。
帰り道、ふと思いついて杏里はドラッグストアで注射器と牛乳を購入した。
家に帰るとまず風呂を浴び、身体を綺麗にした。
次に空いたペットボトルに牛乳を満たし、そこに自分で採血した血をかき混ぜながら少しずつ溶かし込んでいった。
できあがったピンク色の特製飲料を持って、2階に上がる。
突き当りの零の部屋のドアをそっとノックして、
「零、起きてる?」
そう声をかけると、珍しく、
「ああ」
と不愛想な声が返ってきた。
「よかった」
部屋の中に入ると、非常灯のオレンジの明かりの下で、零がまた苦無を研いでいた。
暖房を入れず、下着の上に綿入れを羽織っただけのおかしな格好をしている。
「電気つけていい? いいもの作ってきたの」
「いいけど、足元気をつけな。苦無踏むと足の指、ちぎれるから」
「ヤなこと言わないでよ。ほら、点いた」
カーペットの上にじかに座って、丸テーブルの上にペットボトルを置いた。
「おいしそうでしょ? 飲んでみて」
「何だよ? これ」
零が体の向きを変え、杏里の対面に座った。
キャップをはずし、しばらく胡散臭そうに匂いを嗅いでいたが、
「いい匂いだ」
そうつぶやいて、ひと口飲んだ。
「どう?」
味わうように口をもぐもぐさせていた零が、ふいに目を見開いて正面から杏里を見た。
「杏里、これ」
「わかった?」
「おまえの血が、入ってる?」
「うん。私がいない時でも補給できるように、牛乳に混ぜてみたの」
「むちゃ美味いな」
零がつぶやき、ごくりごくりと喉を鳴らして飲み始めた。
「よかったぁ、気に入ってもらえて。零ったら、ここんところずっと寝てばかりで、病気みたいだったんだもん」
「病気ではないが…」
手の甲で口を拭って、零が話し始めた。
「里に居る時は、この時期はほとんど寝て過ごしてた。バイオリズムの低下が激しくてさ。お館様は、また零の冬眠が始まったって、いつも笑ってたけど」
「零ってば、冬眠するんだ…。なんか、熊みたい」
「熊はひどいな」
苦笑する零。
久しぶりに見る笑顔に、杏里は嬉しくなった。
「ね、これ毎日作って冷蔵庫に入れておくからさ、飲みたくなったらいつでも飲んで」
「ありがとう。助かるよ」
「そうしたら、少しは元気になるかな?」
「ああ。他の月の新月の時くらいまでには、回復するだろうよ。もう身体があったまってきたし」
「実はね。ついに目覚めちゃったみたいなんだ」
体調がどん底の零に無理を押しつけることになる。
そう思うと胸が痛んで、杏里は目を伏せた。
が、零の返事は想定外のものだった。
「知ってるよ。だから苦無を研いでいた」
「え? ニュース見たの?」
零はほとんどテレビを見ない。
だから尚更意外だった。
「いや、感じたから」
首を横に振って、短く零が答えた。
「夜中に地震があった。それでわかった」
「うそ。私、何にも感じなかったけど」
「物理的な地震じゃない。霊的な波動の乱れというか」
「地龍?」
「だな。邪神ウロボロス」
「明日の捜査会議の結果次第では…」
「ふたりで行動することになる。そう言いたいんだろ?」
「ごめんね。こんな体調悪い時に」
杏里はうなだれた。
「いや。私も初めからそのつもりだったから。儀式を完遂させたのは私のミスだ。あの時止めていれば…」
零の眉間に縦じわが寄った。
「違う。零のせいじゃない」
杏里は零の手を取った。
「あれは、運命みたいなものだったんだよ」
「運命?」
「そう。だから、今度こそ、その運命に逆らわなきゃ」
「杏里はたくましいな。可愛い顏してるのに」
「やだ。何それ」
「久しぶりに、抱いてやる」
赤くなった杏里に、零が言った。
「特性牛乳のお礼に、私の指と舌で、天国に行かせてやるよ」
「そ、そんなこと、誰もお願いしてないよ」
「でも、濡れてる。匂いでわかるさ」
硬直した杏里の背後に回ると、零がネグリジェの襟元から手を入れてきた。
「あん…」
思わず喘ぐと、笑いを含んだ声で、零が言った。
「せっかちだな。私はまだ、なんにもしてないぞ」
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