82 / 157
第4章 百合と外道と疾走するウロボロス
#26 杏里、潜入する
しおりを挟む
杏里愛用の拳銃は、ベレッタ・ナノである。
携帯性を重視した女性用の拳銃で、照和署には一丁しか支給されていない。
弾は6発しか装填できないが、ハンドバッグに入れて持ち運べるのが、他の何よりも嬉しい。
S&Wなどの大型の拳銃は、かさばりすぎて、杏里には不向きなのだ。
構えた時、Gカップの胸にグリップがつかえてしまうのである。
発達し過ぎた胸に関する悩みは他にもあるが、今はそれどころではない。
すぐ抜けるようにベレッタをヒップホルスターに収め、その上からコートを羽織る。
黒いタートルネックのセーターに膝の部分が開いたダメージジーンズという、私服姿である。
勤務中はポニーテールにしている髪を肩に流しているため、いつもとかなりイメージが違って見えるはずだった。
これなら、張り込み中の刑事や警官たちにも気づかれずに済むだろう。
照和署に最も近い川奈駅から地下鉄に乗り、八事駅で環状線に乗り換える。
零にはついさっきスマホで連絡を入れ、車庫への引き込み線のある矢田駅で待ち合わせをすることにしてあった。
満員に近い電車の中、吊革につかまって揺られながら、考える。
地龍って、どんな生きものなのだろう。
龍というからには、相当大きいに違いない。
被害者たちの死体の状況から見て、肉食でかなり獰猛な性質であることは疑いの余地がない。
果たして私と零のふたりだけで退治できるだろうか。
これが満月の時で、零の体調がMAXであればそんな心配も要らないのだが、如何せん今日明日は新月なのだ。
零ときたら、杏里特製のミルクでなんとか意識を保っているような有様なのである。
状況によっては、韮崎の言うように余計な手出しはせず、素直に応援を呼ぶほうが得策なのかもしれなかった。
矢田駅でいったん地下鉄を降りると、配置が完了したのだろう、人ごみの中に私服刑事らしい男たちの姿が目についた。
顔を見られないようにうつむいて、小走りに駅員詰所に急ぐ。
ガラス窓をノックして用件を告げると、
「あ、ご苦労様です。先ほどお電話いただいた照和署の刑事さんですね。いや、しかし、本当に刑事さんですかあ? 全然そんなふうには見えないなあ」
眼鏡の奥で丸い眼をパチクリさせて、若い駅員が言った。
そう言われるのは慣れているから、
「これでいいですか?」
警察手帳を顔の横に並べて見せた。
「あ、い、いや、失礼いたしました。あ、あと5分で車庫行きの列車が参りますので、今しばらくベンチにでもかけてお待ちください。あ、車庫のほうには私のほうから連絡を入れておきますのでどうぞご心配なく」
泡を食ってうろたえる童顔の駅員にお礼を言って、忍び足でホームに戻る。
柱の陰から周囲を観察してみたが、零の姿はない。
キョロキョロしているうちに、列車がホームに滑り込んできた。
-この列車はこの矢田駅が終点になります。大曽根方面へおいでの方は、そのままホームで次の列車をお待ちください。
高山や野崎が言っていた通りのアナウンスだ。
降りてくる人々に紛れて、杏里は急いで列車の中に滑り込んだ。
回送列車に乗るところを張り込み中の刑事たちに観られでもしたら、説明が面倒だ。
ホームから死角になる位置に座り、こっそり周りを見回してみる。
当然ながら、車両の中には誰もいない。
困ったな。
杏里は唇を噛んだ。
零、どうしちゃったんだろう?
また体調が悪くなったのだろうか?
そういえば、さっきの電話の声もなんだか辛そうだった。
あれからベッドにもぐりこんで、二度寝してしまったのではなかろうか?
思いを巡らせているうちに、ホーンが鳴って、ガタンと列車が動き出した。
んもう、しょうがないなあ。
杏里はシートにもたれ、天井を仰いだ。
こうなったら、私ひとりで乗り込むとするか…。
列車がトンネルに入り、ホームが見えなくなる。
心細さが募ってきた。
と、車両と車両の間の扉が開いて、零が姿を現した。
しなやかな長い髪。
透き通るような白い肌。
真紅の丈の短い着物から、すらりと伸びた長い手足。
その全体像は、まるで人形が生を吹きこまれたかのように、美しい。
真ん中だけ赤い瞳が、杏里を見た。
「待ったか?」
うっすらと微笑んで、零が言った。
ごとんと音がして、列車が振動する。
分岐点のポイントが切り替わった音だった。
携帯性を重視した女性用の拳銃で、照和署には一丁しか支給されていない。
弾は6発しか装填できないが、ハンドバッグに入れて持ち運べるのが、他の何よりも嬉しい。
S&Wなどの大型の拳銃は、かさばりすぎて、杏里には不向きなのだ。
構えた時、Gカップの胸にグリップがつかえてしまうのである。
発達し過ぎた胸に関する悩みは他にもあるが、今はそれどころではない。
すぐ抜けるようにベレッタをヒップホルスターに収め、その上からコートを羽織る。
黒いタートルネックのセーターに膝の部分が開いたダメージジーンズという、私服姿である。
勤務中はポニーテールにしている髪を肩に流しているため、いつもとかなりイメージが違って見えるはずだった。
これなら、張り込み中の刑事や警官たちにも気づかれずに済むだろう。
照和署に最も近い川奈駅から地下鉄に乗り、八事駅で環状線に乗り換える。
零にはついさっきスマホで連絡を入れ、車庫への引き込み線のある矢田駅で待ち合わせをすることにしてあった。
満員に近い電車の中、吊革につかまって揺られながら、考える。
地龍って、どんな生きものなのだろう。
龍というからには、相当大きいに違いない。
被害者たちの死体の状況から見て、肉食でかなり獰猛な性質であることは疑いの余地がない。
果たして私と零のふたりだけで退治できるだろうか。
これが満月の時で、零の体調がMAXであればそんな心配も要らないのだが、如何せん今日明日は新月なのだ。
零ときたら、杏里特製のミルクでなんとか意識を保っているような有様なのである。
状況によっては、韮崎の言うように余計な手出しはせず、素直に応援を呼ぶほうが得策なのかもしれなかった。
矢田駅でいったん地下鉄を降りると、配置が完了したのだろう、人ごみの中に私服刑事らしい男たちの姿が目についた。
顔を見られないようにうつむいて、小走りに駅員詰所に急ぐ。
ガラス窓をノックして用件を告げると、
「あ、ご苦労様です。先ほどお電話いただいた照和署の刑事さんですね。いや、しかし、本当に刑事さんですかあ? 全然そんなふうには見えないなあ」
眼鏡の奥で丸い眼をパチクリさせて、若い駅員が言った。
そう言われるのは慣れているから、
「これでいいですか?」
警察手帳を顔の横に並べて見せた。
「あ、い、いや、失礼いたしました。あ、あと5分で車庫行きの列車が参りますので、今しばらくベンチにでもかけてお待ちください。あ、車庫のほうには私のほうから連絡を入れておきますのでどうぞご心配なく」
泡を食ってうろたえる童顔の駅員にお礼を言って、忍び足でホームに戻る。
柱の陰から周囲を観察してみたが、零の姿はない。
キョロキョロしているうちに、列車がホームに滑り込んできた。
-この列車はこの矢田駅が終点になります。大曽根方面へおいでの方は、そのままホームで次の列車をお待ちください。
高山や野崎が言っていた通りのアナウンスだ。
降りてくる人々に紛れて、杏里は急いで列車の中に滑り込んだ。
回送列車に乗るところを張り込み中の刑事たちに観られでもしたら、説明が面倒だ。
ホームから死角になる位置に座り、こっそり周りを見回してみる。
当然ながら、車両の中には誰もいない。
困ったな。
杏里は唇を噛んだ。
零、どうしちゃったんだろう?
また体調が悪くなったのだろうか?
そういえば、さっきの電話の声もなんだか辛そうだった。
あれからベッドにもぐりこんで、二度寝してしまったのではなかろうか?
思いを巡らせているうちに、ホーンが鳴って、ガタンと列車が動き出した。
んもう、しょうがないなあ。
杏里はシートにもたれ、天井を仰いだ。
こうなったら、私ひとりで乗り込むとするか…。
列車がトンネルに入り、ホームが見えなくなる。
心細さが募ってきた。
と、車両と車両の間の扉が開いて、零が姿を現した。
しなやかな長い髪。
透き通るような白い肌。
真紅の丈の短い着物から、すらりと伸びた長い手足。
その全体像は、まるで人形が生を吹きこまれたかのように、美しい。
真ん中だけ赤い瞳が、杏里を見た。
「待ったか?」
うっすらと微笑んで、零が言った。
ごとんと音がして、列車が振動する。
分岐点のポイントが切り替わった音だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる