サイコパスハンター零

戸影絵麻

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第5章 百合はまだ世界を知らない

#28 杏里と女医の謎⑥

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「私の専門は、心臓移植です。若い頃に渡米して技術を磨き、帰国後政府機関の認定をもらって、治療に応用しています。現在は大学病院でのサポートの傍ら、うちの医院でも移植手術を請け負っています。そのための最新機器はすべてそろえてありますので」
 よどみない口調で、摩耶が言う。
「民間の病院での移植手術というのは、珍しいんじゃありませんか? 認可とか、色々大変な気がしますけど」
「ええ、その通りです。ただ、私の場合は、それまでの実績が認められたのだと思います。患者がいて、ドナーがいても、専門医の数が少なすぎては、当然患者の命は救えません。その上わが国は、移植に必要な設備を備えた医療機関も不足しているときていますので」
「1年前のことですが、倉田静香さんも、摩耶さんの手術を受けていますよね? ひょっとすると、それも」
「はい。彼女はうちの医院で移植手術をした第一号の患者さんでした。宗教家の夫のつてもありまして、私が執刀することになった次第です。静香さんは、生まれつき心臓に欠陥がありましたから、延命には移植しかなかったのですよ。もちろん、手術自体は大成功でした。せっかく元気になられたのに、それが、こんなことになってしまって…。まだお若いのに、お気の毒としか言いようがありません」
 摩耶が長い睫毛を伏せた。
 そうか。
 被害者の入院は、心臓移植のためだったのか。
 杏里はようやく腑に落ちた気分だった。
 だが、静香が殺されたのは、手術から1年も経ってから。
 これはいったい、どういうことなのだろう?
「その陣内静香さんがお亡くなりになったのは、あなたもすでにご存じのようですが…。ちなみにあの日の夜、摩耶さんはどちらに?」
 部下に主導権を奪われ、むっとしていたのだろう。
 杏里が沈黙した隙を狙うように、韮崎が詰問を発した。
「あの日というのは、今月の1日、彼女が亡くなった日のことですね。それはお昼の聴収の際にもお答えしましたけれど、勤務後、翌日の朝までずっとひとりで自宅におりましたから、私にアリバイというものはありません。夫は教団の合宿とかで、家を空けておりましたので」
 摩耶の顔に、うんざりしたような表情が浮かんだ。
 さんざん聞かれた内容だったからだろう。
「ちなみに、きょうの手術についてもお教え願いたいのですが…それもやはり、心臓の?」
「はい。移植です。患者さんは中学生の女のお子さんで、うちに入院してからもう3か月になります。本当に一刻を争う状態だったのですが、先週ようやく適合するドナーが見つかり、急遽緊急手術を行うことにいたしました。しばらく経過を観察する必要はありますけれど、手術自体はおおむね成功だったと考えています」
「よろしければ、その患者さんのお名前をお教えいただけませんか?」
「それはちょっと…個人情報ですので、犯罪に関係あるとは思えませんし、私の口からは…」
「そうですか。わかりました」
 杏里はメモ帳をバッグにしまった。
「長らく時間をとらせてしまい、お疲れのところ、申し訳ありませんでした。でも、あとひとつだけ、よろしいでしょうか?」
「はい、何でしょう?」
「摩耶さんは、グノーシス主義について、どう思われますか? そちらの方面にもお詳しいと、秀英さんからもうかがったのですが」
 その瞬間、摩耶の頬がかすかに引きつったのを、杏里は見逃さなかった。

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