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第1章 転校生

#6 素顔を晒す 

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 燦々と初夏の陽射しが降り注ぐ校舎の屋上には、心地よい風が吹き渡っていた。
 その風が杏里の髪をなびかせ、スカートの裾を翻すのを、私は目を細めて見守った。
 明るい陽光の下で改めて見る杏里は、まさに天使さながらだった。
 こんな美しい生き物がこの世に存在していいのか、とすら思う。
 そう再認識することで、否が応でも緊張が高まっていく。
 この後の杏里の反応次第で、どんな手を使うか、それを判断しなければならないからだ。
 そう。
 先ほども書いたように、食事の時、私はマスクを外す。
 私の素顔に触れた時、杏里がどんな反応を示すのか。
 問題は、そこだった。
 考えられる可能性は、ふたつである。
 ひとつめは、ほとんどの人間がそうであったように、あまりにも醜い私の顔に拒否反応を示し、この場から逃げ出した挙句、二度と傍に寄って来なくなる、というもの。
 もうひとつは、非常に稀な例ではあるのだが、杏里が私に同情して、その後もあれこれ世話を焼こうとする、というケース。
 可能性は恐ろしく低いが、できれば後者であってほしかった。
 これまで1、2度しか起こったためしがないのだけれど、それなら私ひとりの力でなんとか対処できるからだ。
 前者の場合だと、かなり面倒なことになる。
 母の力を借りねばならなくなるからだ。
 私は傷つき、これを境に不登校になる。
 その原因を私から聞き出した母は、いつものように学校に怒鳴りこむ。
 杏里が親と一緒に我が家まで謝罪に来るように仕向け、後は以前の悪ガキ親子の時同様、母娘ともども監禁凌辱して、口外されないよう写真や動画をたくさん撮っておく。
 とまあ、こんな具合である。
 が、今回だけは、できるならその方法は避けたかった。
 私は杏里を母の手に渡したくなかったのだ。
 彼女を自分だけの愛玩動物として独占したい。
 一緒にいる時間が長くなればなるほど、その思いが強くなっていく。
 杏里の真っ白な柔肌に最初に触れるのは、断じてこの私でなければならない。
 そしてただ蹂躙するだけでなく、私は彼女に最高の愉悦を感じさせてやるのだ。
 地獄の苦しみの後に来る、天にも昇るようなすさまじい快楽を…。

 給水塔の陰まで杏里を導くと、私は段差に腰をかけ、膝の上に弁当箱を置いた。
 すべてにおいてものぐさな母が弁当など作ってくれるわけがないから、これは今朝方早起きして自分で用意したものである。
 おかずはすべて昨夜の夕食の残り物だったが、私の弁当箱を覗いた杏里は、
「すごいね」
 と素直に感嘆の声を上げてくれた。
 杏里はと見ると、コンビニで買ったらしい菓子パン2つと小さな牛乳のパックをひとつ持ってきているだけである。
 母親がいないのか、あるいは共働きで多忙なのだろうか。
 これは私にとって大いにプラス要素になりそうだった。
 意を決して、マスクに手をかける。
 こんなに逡巡するのは初めてだった。
 私は杏里に嫌われたくなかったのだ。
 今のところ、杏里は常人に接するのとまったく変わらない態度で私に接してくれている。
 こんなに優しい笑顔を向けてくれる人間に出会ったのは、生まれて初めてと言っていいくらい。
 なのにそれが、終わってしまう。
 マスクを取る。
 たったそれだけのことで。
「どうしたの?」
 マスクの紐に手をかけたまま震えていると、心配そうに杏里がたずねてきた。
「具合でも悪いの? 泣いてるの?」
 私はゆるゆると被りを振った。
 そして杏里の可愛らしい顔を正面から見据えると、空気の洩れるような声でゆっくりと言った。
「知ってた? 私、化け物なんだよ」
 
 


 

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