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第2章 謝肉祭

#2 歪んだ虚像

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 いつもなら30分かかる道を、20分で走り抜けた。
 太郎の足が速いせいもあった。
 太郎は私の前後をはしゃぎ回りながら走り、学校の正門が見えてくると、そこが目的地だと分かったのか、小柄な私を引きずるようにして門の中に飛び込んだ。
 学校にはまだ部活を終えたばかりの生徒たちがちらほら残っていて、ドーベルマンを引き連れて飛び込んできた私を見るや否や、みんな恐怖に青ざめてすくみあがった。
 無理もない。
 奇怪なマスクの怪人が、怪物のような犬と一緒に校内に乗り込んできたのである。
 誰だって悲鳴を上げて逃げ出したくなるに違いない。
 土足のまま廊下に上がり、階段を駆け上がる。
 途中ですれちがった女教師は、私の顔と太郎を見るなり危うく失神しかける始末で、注意の言葉をかけることすら忘れてしまったようだった。
 そんなわけで、だれにも邪魔されずに教室にたどり着くと、私は自分の席に駆け寄った。
「よかった、あったあ」
 フックにかかったままのスマホを発見して、私はへなへなと椅子に座り込んだ。
 脱力感が半端なかった。
 スマホを握りしめてしばらく机に突っ伏していると、太郎がくんくん騒ぎ出したので、頭をなでて大人しくさせ、引き綱をスマホの代わりにフックにかけてやった。
 両手が自由になったところで、右の手のひらの中のスマホに目を落とす。
 省エネモードで画面が暗くなっている画面を、ボタンを押して復活させる。
 まだ録画モードが続いていたので、いったん切って、動画を巻き戻した。
 ずっと走りづめだったせいで、私はもう一歩も動けないほど疲弊してしまっていた。
 だから、体力が回復するまで、杏里の姿を見て気を休めようと思ったのだ。
 再生のマークにタッチすると、動画が始まった。
 杏里の胸から下、ちょうどスカートと太腿のあたりまでが映っている。
 夏服を押し上げるたわわな下乳。
 胸のサイズを際立たせるようにきゅっとくびれた腰。
 超ミニ丈のスカートから伸びた太腿は、真っ白でむっちりしていて、とってもやわらかそうだ。
 ほとんど動きはなかった。
 それでも、机の下で杏里が足を組み替えると、スカートがずり上がって下着がのぞいた。
 更に少し早送りする。
 と、今度は杏里が椅子ごと体を動かして、スマホのほうを向いた。
 5時限めの放課になって、私に話しかけているところなのだろう。
 正面を向いた杏里は、完全に盗撮状態だった。
 少し開き気味の腿と腿の間から、しっかり三角ゾーンが見えてしまっているのだ。
 私は興奮した。
 太郎が傍にいなかったら、危なくまた自慰にふけるところだった。 
 が、残念なことに至福の時間は10分ほどで終わり、最後の6時限目の授業のシーンになった。
 そこは後でゆっくり見ることにして、最後のほうまで早送りした時である。
 終わりがけに妙なシーンが挿入されているのに気づいて、私は動画を通常モードに戻した。
 掃除のため、いったん席を立った杏里がまた戻ってきている。
 私が引っ掛かったのは、杏里の傍に誰か立っていることだった。
 スカートが見えるから、女子である。
 杏里ほどではないが、かなり丈の短いスカートを履いている。
 誰だろう?
 腰から下しか映っていないので、それが誰なのかさっぱり見当がつかない。
 何をしてるんだろう?
 ざわざわと胸の底が波打った。
 なんだかひどく嫌な予感がした。
 ともすれば目を逸らしたくなるのを我慢して、じっと成り行きを見守った。
 予感は当たったようだった。
 女生徒がいきなり足を広げると、椅子に座った杏里の膝の上に、どさりとまたがったのだ。
 私はカッと頭に血が上るのを感じた。
 ふたりは向かい合うような格好になり、互いに胸を押しつけ合っている。
 こちらを向いた杏里の顔から私が表情を読み取るより早く、女生徒がその上に覆いかぶさった。
 杏里の首に両腕を回し、キスをし始めたのだ。
 杏里は抵抗しなかった。
 されるがままに上体をのけぞらせ、少女の長いキスを受け入れてしまっている。
「何、これ…」
 私の手からスマホが落ちた。
 今見たものが信じられなかった。
 貧血を起こした時のように、手足の先の感覚がなくなっていく。
「ううっ」
 うめき声が喉から漏れた。
 怒りに任せて机を蹴飛ばすと、
 きゃうん、
 驚いて太郎が鳴いた。
 私はスマホをつかみあげると、狂ったようにラインのメッセージを打ち始めた。
 思いつく限りの呪詛の言葉を書き連ね、杏里に送った。
 画面をにらんで、反応を待つ。
 すぐに既読マークがついた。
 が、返信は来なかった。
「どういうこと?」
 私はうめいた。
「裏切ったんだね…杏里」
 無意識のうちに、そうつぶやいていた。
 歯ぎしりするほど悔しかった。
「どうなるか、わかってるの?」
 もう一度蹴ると、机がひっくり返った。
 また、悲しげに太郎が鳴いた。
 その太郎の首を抱きしめ、私は言った。
「行こう、太郎。復讐だよ」
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