上 下
55 / 77
第2章 謝肉祭

#36 公開私刑③

しおりを挟む
 別に洒落を言うつもりはないけれど、これぞ潮時だった。
 私は机の下から這い出ると、ゆっくりと理沙に歩み寄った。
「やめなさいよ。いい加減」
 理沙が振り向き、驚いたように目を見張る。
 その顔にちらっと怯えの表情が浮かんだが、それも一瞬のことだった。
「何あんた? いつ入ってきたの?」
「いいから、杏里を降ろして。自由にしてあげて」
 杏里は、もう誰も触っていないのに、宙づりにされたまま、ぴくぴく全身を痙攣させている。
 白目をむき、口からよだれを垂らしているさまは、さながら精神崩壊した重病人のようだ。
 私の中でまたしても嫉妬の炎が燃え上がった。
 これは私の役目だったのに。
 私こそが、杏里をとことん追いつめて、性の奴隷にするはずだったのに…。
「今更そんなこと、できるはずないでしょ」
 理沙が鼻で笑った。
「これはあたしたち3年A組の謝肉祭なの。ぼっちのあんたに文句言われる筋合いなんてない」
「ぼっちでもお化けでも、なんとでも言いなさいよ。私は杏里を助けるんだから」
 そう言い捨てて、杏里のもとに一歩足を踏み出そうとした時だった。
「おい、待てよ」
 突然、強い力で肩をつかまれた。
 振り向くと、長身の男子生徒が私を見下ろしていた。
「おまえ、何勝手なこと言ってんだよ。まだ俺たち、終わってないんだよ」
 素っ裸の男子生徒の股間では、半勃ちになった長いペニスが獲物を求める蛇のように揺れている。
 包皮がすっかりむけて、成熟した亀頭がむき出しになった立派な一物である。
「そうだよ。邪魔すんなよ、この化けもんが」
 輪の中から別の男子が立ち上がり、迫ってきた。
 私は恐怖に駆られ、マスクをむしり取った。
 ふたつの口から歯をむき出して、ふたりを威嚇する。
「げ、気色悪。素顔見せんなって」
 いきなり回し蹴りが飛んできて、私の脇腹に炸裂した。
「おい、こいつも脱がせちまえ」
 声がしたかと思うと、わっとばかりに何本もの手が襲いかかってきた。
 たちまちのうちにスカートをむしり取られ、上着を脱がされ、下着をはぎ取られて、私は丸裸のまま、無様に床に転がされた。
 自分が虫けらにでもなった気がして、胎児のように必死で身を縮こまらせる。
「何、その不格好な身体」
 床にうずくまる私を見て、理沙が吹き出した。
「顔だけかと思ったら、あんた体も奇形じゃん」
 屈辱で身体中が熱くなった。
「きも。なんか妖怪みたい。なんかいたよな、こんな恰好した妖怪」
「牛鬼じゃね?」
「土蜘蛛とか」
 男子たちの間に笑いが伝染する。
「どうする? この妖怪パンツ? うつるとマジやばいから焼却炉で燃やすか」
 私の下着を振り回す男子に向かって、
「やめてよ。返してよ」
 起き上がると、私は叫びながら飛びかかった。
 と、だしぬけにこぶしが飛んできて、私の右頬に開いた口にめり込んだ。
 唇が切れ、血がしぶく。
 よろめいたところに、膝蹴りが来た。
 鳩尾を蹴られ、あまりの激痛に私はせき込んだ。
 横倒しに床に沈むと、今度は右の口を足の裏でぐりぐり踏みつけられた。
「奇形児は大人しくしてりゃいいんだよ」
「怪獣のくせに俺らと対等な口、きいてんじゃねえ」
「前々から気に入らなかったんだよなあ。きもい顔してテストだけいい点とりやがってさあ」
 腕をつかまれ、振り回された。
 背中を机にたたきつけられ、私は悲鳴を上げた。
「そこで黙って見てろよ。おまえのダチ、おれらがズボズボにしてやっから」
「足腰立たねえくらい、やりまくってやっからよ」
「どうせこいつ、好き女なんだろ? さっきからずっと喜んでたじゃねえか」
「生まれながらのビッチって感じだったよな。たまんねえから、俺もう2回も抜いちまった」
 民度の低いバカばっかり。
 胸の奥で精一杯悪態をついてみたけど、いかんせん体中が痛くて動けない。
 その間にも教室の中央には、新たな舞台が用意されていた。
 2列に並べられた机。
 その上に、戒めを解かれた杏里がうつぶせに横たえられている。
「杏里…」
 口に出してみたけど、声の代わりに血を吐いただけだった。
 綺麗なハート形のお尻をこちらに向けたまま、杏里はまだびくびく痙攣している。
 そこに、輪を離れた男子生徒たちが、ひとりふたりとゾンビみたいにぞろぞろ集まっていく。
「一列に並んで。ひとりずつ、順番だよ」
 理沙が言った。
「ただ、口のほうがいいってやつは、杏里の横に来な」
「じゃ、俺、口」
「ゴムないけど、中出しOk?」
「中でも顔でもどこにでも出してやりな。じゃ、いい? 時間ないからすぐ始めるよ。さ、よーい、スタート」
 理沙の合図で、最初の男子が杏里の尻をつかんだ。
 やめて!
 私は声にならぬ叫びを上げた。
 それ以上、杏里を汚さないで!
 心の底からそう思ったのだ。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,062pt お気に入り:1,335

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:11,416pt お気に入り:24,900

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:875pt お気に入り:3,275

悪役令嬢の中身が私になった。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:347pt お気に入り:2,628

吸血少女ののんびり気ままなゲームライフ

SF / 連載中 24h.ポイント:1,499pt お気に入り:106

退魔の少女達

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:437

転生した月の乙女はBADエンドを回避したい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:1,199

処理中です...