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第1部 激甚のタナトス
#10 父親
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あずさと別れ、家が近づくにつれて、足取りが重くなった。
明日からの学園生活については、一応めどがついた。
あずさ、小田切先生、水谷先生。
少なくとも杏里には味方がいるのだ。
それがわかっただけでも、きょう一日を耐え抜いた甲斐があった。
だが、商店街を抜けて、川へと下る道を歩く頃には、得体の知れぬ不安が杏里の心の中でふくらみ始めていた。
明日を迎えるためには、”きょうの夜”という、もうひとつの長い時間をクリアしなければならないのだ。
そのことに、ふと思い当たったのだった。
海抜0メートル地帯に、ごちゃごちゃと軒の低い家々がひしめいている。
トタンで屋根や壁を葺いただけのあばら家も多い。
住人の所得の低さが如実に表れた町並みだった。
あずさの家のある商店街や学校周辺と比べると、この辺りの家は犬小屋並みのレベルといってよかった。
その中に、杏里が父と2人で暮らすアパートもあった。
どぶ臭い狭い路地を、両側にはみ出した植木鉢の列に触れないように注意しながら、そろそろと進む。
突き当たりに、2階建ての木造アパートが見えてきた。
立てつけの悪い玄関の扉を開けて中に入り、集合ポストから鍵を出す。
そのまま奥へ抜けると、左右に通路が伸びていた。
左に回った一番奥、110号室が、杏里の住居である。
鍵を開け、鉄扉を開ける。
なかは薄暗かった。
柱のスイッチを押そうと手を伸ばして、杏里ははっと息を呑んだ。
上がりがまちの先。
正面の四畳半の部屋。
その天井から、何か白いものがぶら下がっていた。
2本の足が、ゆらゆら揺れている。
「姉さん」
後ろに下がった。
背中が扉にぶつかって、ガンという大きな音を立てた。
よろめいた。
次に顔を上げると、幻は消えていた。
そうだ。
杏里は懸命に自分に言い聞かせた。
そんなこと、あるわけがない、
姉さんが死んだのは、ここじゃない。
あれは、前の家でのことなのだ。
-ニンシン、してたんだって。
ーまだ、中学3年生だったんでしょ?
ーいやねえ、最近の若い子は・・・。
お通夜の席での、親戚たちの会話が耳の奥に蘇った。
杏里はカバンを放り出すと、中に飛び込み、狂ったように家中の電気をつけて回った。
蛇口をひねり、風呂の湯をめいっぱい出す。
ブラウスも下着も全部脱いで、洗濯機に放り込んだ。
体を動かしていないと、頭がどうにかなりそうだった。
湯船に半分ほどお湯がたまったところで、待ちきれず中に浸かった。
シャワーを全開にして、スポンジでごしごし顔を洗う。
ボディシャンプーを全身に塗りたくり、肌が赤らむまでこすった。
たった一日で体がひどく穢れてしまった気がした。
だからあんな、ありもしない幻を見るのだ、と思った。
落ち着くと、蛇口をしめて、たっぷりたまったお湯に体を沈めた。
どれだけそうして、放心状態でいたのか。
ふと、杏里は、涼しい風が頬を撫でるのに気づいた。
見ると、さっきしっかり閉めたはずなのに、浴室の戸が少し開いている。
すりガラス越しに、黒い影がうずくまっているのが見えた。
「だれ?」
声を出すと、さっと影が引っ込んだ。
杏里はあわてて湯船を出ると、濡れたタオルで前を隠してそっと蛇腹戸に近づき、外を覗いてみた。
誰も居ない。
急いで脱衣所に出て、新しい下着を着け、Tシャツを上からかぶった。
ショートパンツを穿き、台所に出る。
気のせいか。
ほっと安堵の吐息をつく。
洗濯機のスイッチを入れ、流し台に向き直った。
冷蔵庫を覗き、食材を確かめる。
洗濯が終わるまでの間に、夕ご飯の支度をしなければならない。
そろそろ父が帰宅する時間なのだ。
流し台に包丁とまな板を並べたときだった。
ふいに、すぐ後ろで人の気配がした。
腕が伸びてきて、体を抱き締められた。
両側から、乳房を鷲掴みにされた。
「お父さん・・・?」
杏里はつぶやいた。
この臭い。
機械油と煙草の混じったこの臭いは、まちがいなく父のものだ。
「お、遅くなってごめんなさい。い、今すぐ、ご飯つくるから・・・」
荒い息が耳にかかる。
ショートパンツの尻の割れ目の部分に、何か固い棒のようなものが当たっている。
それは割れ目に沿ってリズミカルに動き、次第に固く、大きくなっていくようだ。
その棒状のものは、なぜかすごく熱かった。
-いい頃だ。
耳元で、そんなつぶやきが聞こえてきた。
-もう、いい頃だ。
「おとうさんったら」
杏里は身をひねって逃れた。
振り向くと、案の定、作業着姿の父が目の前に立っていた。
何かに取り憑かれたようなまなざしで、じいっと杏里を見つめている。
ただし、顔を、ではない。
品定めするように、杏里の胸のあたりを凝視しているのだった。
杏里の身体は、華奢な割に第二次性徴がはっきりしている。
発育が良すぎて、ただでさえ窮屈な胸周りー。
下着をつけていないせいで、白いTシャツの生地を通して、うっすらと乳綸が透けてしまっている。
そこに、父の眼は釘づけになっているのだ。
ズボンの前が、不自然に膨らんでいた。
とっさに杏里は目を逸らした。
見てはいけないものを見てしまった気がした。
「おかえり、なさい」
杏里は弱々しく微笑んだ。
父は、うなずきもしなかった。
明日からの学園生活については、一応めどがついた。
あずさ、小田切先生、水谷先生。
少なくとも杏里には味方がいるのだ。
それがわかっただけでも、きょう一日を耐え抜いた甲斐があった。
だが、商店街を抜けて、川へと下る道を歩く頃には、得体の知れぬ不安が杏里の心の中でふくらみ始めていた。
明日を迎えるためには、”きょうの夜”という、もうひとつの長い時間をクリアしなければならないのだ。
そのことに、ふと思い当たったのだった。
海抜0メートル地帯に、ごちゃごちゃと軒の低い家々がひしめいている。
トタンで屋根や壁を葺いただけのあばら家も多い。
住人の所得の低さが如実に表れた町並みだった。
あずさの家のある商店街や学校周辺と比べると、この辺りの家は犬小屋並みのレベルといってよかった。
その中に、杏里が父と2人で暮らすアパートもあった。
どぶ臭い狭い路地を、両側にはみ出した植木鉢の列に触れないように注意しながら、そろそろと進む。
突き当たりに、2階建ての木造アパートが見えてきた。
立てつけの悪い玄関の扉を開けて中に入り、集合ポストから鍵を出す。
そのまま奥へ抜けると、左右に通路が伸びていた。
左に回った一番奥、110号室が、杏里の住居である。
鍵を開け、鉄扉を開ける。
なかは薄暗かった。
柱のスイッチを押そうと手を伸ばして、杏里ははっと息を呑んだ。
上がりがまちの先。
正面の四畳半の部屋。
その天井から、何か白いものがぶら下がっていた。
2本の足が、ゆらゆら揺れている。
「姉さん」
後ろに下がった。
背中が扉にぶつかって、ガンという大きな音を立てた。
よろめいた。
次に顔を上げると、幻は消えていた。
そうだ。
杏里は懸命に自分に言い聞かせた。
そんなこと、あるわけがない、
姉さんが死んだのは、ここじゃない。
あれは、前の家でのことなのだ。
-ニンシン、してたんだって。
ーまだ、中学3年生だったんでしょ?
ーいやねえ、最近の若い子は・・・。
お通夜の席での、親戚たちの会話が耳の奥に蘇った。
杏里はカバンを放り出すと、中に飛び込み、狂ったように家中の電気をつけて回った。
蛇口をひねり、風呂の湯をめいっぱい出す。
ブラウスも下着も全部脱いで、洗濯機に放り込んだ。
体を動かしていないと、頭がどうにかなりそうだった。
湯船に半分ほどお湯がたまったところで、待ちきれず中に浸かった。
シャワーを全開にして、スポンジでごしごし顔を洗う。
ボディシャンプーを全身に塗りたくり、肌が赤らむまでこすった。
たった一日で体がひどく穢れてしまった気がした。
だからあんな、ありもしない幻を見るのだ、と思った。
落ち着くと、蛇口をしめて、たっぷりたまったお湯に体を沈めた。
どれだけそうして、放心状態でいたのか。
ふと、杏里は、涼しい風が頬を撫でるのに気づいた。
見ると、さっきしっかり閉めたはずなのに、浴室の戸が少し開いている。
すりガラス越しに、黒い影がうずくまっているのが見えた。
「だれ?」
声を出すと、さっと影が引っ込んだ。
杏里はあわてて湯船を出ると、濡れたタオルで前を隠してそっと蛇腹戸に近づき、外を覗いてみた。
誰も居ない。
急いで脱衣所に出て、新しい下着を着け、Tシャツを上からかぶった。
ショートパンツを穿き、台所に出る。
気のせいか。
ほっと安堵の吐息をつく。
洗濯機のスイッチを入れ、流し台に向き直った。
冷蔵庫を覗き、食材を確かめる。
洗濯が終わるまでの間に、夕ご飯の支度をしなければならない。
そろそろ父が帰宅する時間なのだ。
流し台に包丁とまな板を並べたときだった。
ふいに、すぐ後ろで人の気配がした。
腕が伸びてきて、体を抱き締められた。
両側から、乳房を鷲掴みにされた。
「お父さん・・・?」
杏里はつぶやいた。
この臭い。
機械油と煙草の混じったこの臭いは、まちがいなく父のものだ。
「お、遅くなってごめんなさい。い、今すぐ、ご飯つくるから・・・」
荒い息が耳にかかる。
ショートパンツの尻の割れ目の部分に、何か固い棒のようなものが当たっている。
それは割れ目に沿ってリズミカルに動き、次第に固く、大きくなっていくようだ。
その棒状のものは、なぜかすごく熱かった。
-いい頃だ。
耳元で、そんなつぶやきが聞こえてきた。
-もう、いい頃だ。
「おとうさんったら」
杏里は身をひねって逃れた。
振り向くと、案の定、作業着姿の父が目の前に立っていた。
何かに取り憑かれたようなまなざしで、じいっと杏里を見つめている。
ただし、顔を、ではない。
品定めするように、杏里の胸のあたりを凝視しているのだった。
杏里の身体は、華奢な割に第二次性徴がはっきりしている。
発育が良すぎて、ただでさえ窮屈な胸周りー。
下着をつけていないせいで、白いTシャツの生地を通して、うっすらと乳綸が透けてしまっている。
そこに、父の眼は釘づけになっているのだ。
ズボンの前が、不自然に膨らんでいた。
とっさに杏里は目を逸らした。
見てはいけないものを見てしまった気がした。
「おかえり、なさい」
杏里は弱々しく微笑んだ。
父は、うなずきもしなかった。
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