激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【覚醒編】

戸影絵麻

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第2部 背徳のパトス

プロローグ

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 彼にとって、"死"は虹の色をしていた。  

 彼が最初に他者の死を意識したのは、小学校の低学年の頃ー。

 きっかけは、子猫だった。
 寒い冬の朝のことである。
 彼の小学校では、子どもたちは必ず朝近所の公園に集まり、集団登校するのが習わしになっていた。
 その日の朝も、いつもと同じ、彼にとっては辛い一日の始まりになるはずだった。
 殻はいわゆるいじめられっ子だ。
 特に、気の強い女子たちとっての恰好の玩具なのである。
 その朝も例にもれなかった。
 ところがー。
「かわいい」
「爪、ピンク色してる」
「やだ、女の子みたい」
 上級生の女子たちに取り囲まれ、いつものようにからかいの的にされていた時である。
 ふいに、澄んだ早朝の空気の中を、獣じみた声が引き裂いたのだ。
 
 声のしたほうに、子どもたちは一斉に駆けた。
 公園の脇の道に、軽トラックが一台止まっている。
 エンジンをかけ、今にも動き出そうとしたその車のほうから、叫び声は上がったようだった。
 上級生の女子にひきずられるようにしてトラックのそばまで行った彼は、見た。
 車の後輪の下に、子猫が挟まっていた。
 大方、暖を求めて眠っているところを、急にトラックが動き出し、逃げる暇もなく轢かれたという感じである。
 下半身が完全につぶれ、裂けた腹から肉色の腸がはみだしていた。
 彼が強く心を引かれたのは、その眼だった。
 死を迎える瞬間、彼を正面から見つめてきた猫の瞳孔。
 その瞳の色が、だしぬけに変わったのだ。
 黒から、おそろしく綺麗な虹の色に。
 
 死は美しい。
 これこそが、彼の心にその事実が刻み込まれた瞬間だった。

 彼に再び死について考えるきっかけを与えてくれたのは、蛙である。
 小学校高学年の夏のことー。
 盆休みに彼の一家が帰省する祖父母の家は、山深い田舎で、農業を営んでいた。
 母屋の前には広大な水田が広がり、その周囲を丈の高い向日葵と玉蜀黍が囲んでいた。
 田んぼでは、蛙が面白いように釣れた。
 釣り針に黄金虫をつけ、稲の間に垂らす。
 そうすると、五秒としないうちにまるまると肥え太ったトノサマガエルが食いついてくるのである。
 釣るのは楽しかったが、問題は釣った後だった。
 そんなにたくさんの蛙を飼うわけにもいかないのだ。
 ただ逃がしてやるというのも釈然としなかった。
 そこで彼は一計を案じた。
 実験してみることにしたのである。
 その夜、花火のときに使うつもりだった爆竹。
 それを蛙の口の中に押し込み、導火線に火をつけた。
 鈍い音を立て、蛙は爆ぜた。
 臓物を巻き散らして果てた蛙の死体は、鳥のササミに似ていた。
 ほとんど血を流すことなく、ただ体が裏返しになっているだけだった。
 内臓をすべてぶちまけたその中は、ただの肉色の空洞に過ぎなかった。
 
 蛙の魂は、どこにいったのだろう?
 それがそのとき彼の抱いた疑問だった。
 魂の行方を確かめたくて、それ以降100匹以上の蛙を彼は爆殺した。
 父に見つかり、殴り飛ばされるまで実験は続いたが、疑問の答えはついに見出せずじまいだった。
 どちらにせよ、蛙の死はあのときの子猫の死ほど美しくはなかった。
 彼はもう一度、あの生き物が死に至る瞬間の虹色の輝きを見たいと思った。
 あれこそが、魂の色に違いない。
 彼はそう確信していたのだ。

 中学に上がってからの一年間、彼はひそかに実験を続けた。
 彼の住む海辺の街には野良猫が多く、獲物には事欠かなかった。
 が、望む結果は得られなかった。
 何か方法が間違っているのか、獣たちは彼の前でただ苦しみもがいて死んでいくだけだった。
 そのうち、彼は小動物に飽き足らなくなった。
 人間で試してみたい。
 強くそう願うようになった。
 死に至る人間を、目の前でじっくり、時間をかけて観察してみたかった。
 人間相手なら、きっとあの虹色の魂を見ることができるはずだ。
 そう思ったのである。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 
 壊れかけた漁師小屋の片隅で、少女はうめいていた。
 彼が注射器で打った麻酔薬が切れかけてきたようだった。
 白い額にびっしりと細かい汗をかき、苦しげに眉を寄せている。
 小柄ながら、二次性徴の跡の著しい体つきをしていた。
 丸みを帯びた肩の線。
 ブラウスの下の張り切った胸。
 くびれた腰から張り出した腰にかけてのラインは、ほとんど一人前の女のそれに近い。
 短いチェックのスカートがめくれあがり、脂の乗った真っ白な太腿がむき出しになっている。
 太腿の奥に薄いピンクが覗いているのは下着の色に違いなかった。
 
 が、彼は少女のそうした性的な部分にはまったくといっていいほど、無関心だった。
 いつも持参しているリュックから、道具類を取り出した。
 そのなかから、針金を切断するときに使うニッパーをつかみ出す。
 近づくと、少女が薄く目を開き、彼を見上げた。
 もの問いたげに、彼の手元に視線を落とす。
 彼は無言で少女の右手を取った。
 絹でできているような、柔らかい手触りの手だった。
 少女の人差し指を、つまんで伸ばす。
 動かないように、左手で手首をつかんで固定する。
 ニッパーで、その薄桃色の爪の先を挟んだ。
 マニキュアもネイルアートも施されていない、無垢で綺麗な爪だった。
「何するの?」
 少女の瞳に怯えの色が浮かぶ。
 彼はうっすらと微笑み、ニッパーをねじった。
 べり、っと嫌な音を立てて、爪が半分はがれた。
 血がしぶき、少女の白いブラウスに飛び散った。
 少女が悲鳴を上げた。
 頭をのけぞらせて、全身を硬直させる。
 が、ロープで固く縛られているせいで、動くことができない。
 彼は少女のポニーテールの髪の毛をつかみ、顔をこっちに向けさせた。
 涙で潤み、赤く充血した眼が彼を睨んだ。
 まだだ、と思う。
 あの色は、まだ顕れていない。
 ニッパーを握り直す。
 今度はどの指にしようか。
 指はあと九本ある。
 いや、足の指を入れれば十九本か。
 それだけ指の爪をはがし、その後で更に痛みを加えてやれば、いくらなんでも顕れるはずだった。
 あの魂の色。
 虹の色が。




「どうだ、新しい学校は? 少しは慣れたか」
 テーブルの向こうから、ぼさぼさ頭の若者が訊いてきた。
 日曜日の朝。
 2LDKのマンションの一室。
 窓からは灰色の海が見える。
 ふわふわの髪の毛をポニーテールに纏めていた笹原杏里は、その声に顔を上げ、相手を見た、
 小田切勇次。
 両親の居ない杏里の"後見人”である。
 戸籍上は叔父ということになっているが、実質的には赤の他人だった。
 勇次は現在、この町の高校でスクールカウンセラーを務めている、
 ついこの間までは、隣町の中学校の補助教員だった。
 それが、どういう経緯でそうなったのか、杏里にはさっぱり見当がつかない。
 ただわかっているのは、彼の本職が保健室の補助教員やスクールカウンセラーではないらしい、というそのことだった。
 タナトスのサポート役。
 それが小田切勇次の本職なのだ。
「それが、拍子抜けするほど、何もなくって」
 髪をまとめ終え、一回大きく振ると、杏里は答えた。
「前の若葉台中学とは大違い。みんな親切で、やさしいし」
「ふーん」
 勇次が煙草に火をつける。
「しかし、今度の岬が丘中学周辺で、ここ一年ずっと小動物の惨殺事件が起きているのは事実なんだ」
 考え事をするときのいつもの癖で、しきりに顎の先を指でなでている。
「この近辺に、かなり強烈な"死の衝動"に駆られたやつがいることは、まず間違いない」
 ため息をついて、杏里は椅子から立ち上がった。
 その話は、ここへ来る前、もうひとりのサポーター、水谷冬美からも聞かされていた。
 前の事件でも、動物虐殺が確かに起こっていた。
 人間が犠牲になる前に、まず動物が殺される。
 理不尽だが、それがこの狂った世界のルールなのだ。

 大きく伸びをする。
 杏里はいわゆる童顔である。
 なのに、トレーナーを押し上げる胸は中学二年生とは思えぬほど発達している。
 腰は細くくびれ、その割に尻が大きい。
 大きいだけでなく、形良くしまっている。
 勇次に言わせると、それがいわゆる"タナトス”らしさ、というやつらしい。
「今回は、まず、いじめの相手探しからスタートですか」
「だな」
「私には、普通の中学生生活は送れない。そういうことですか」
「そうだ」
 勇次は取りつく島もない。
「おまえは女子中学生である前に」
「タナトス、なんですよね」
 杏里はドアに歩み寄った。
「だから人権はない?」
「まあな」
「ちょっと出かけてきます」
 大きく深呼吸して、杏里はいった。
 はらわたが煮えくり返る気分だったのだ。
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