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第8部 妄執のハーデス

#84 2回戦③

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 すさまじい音に振り向くと、左手の壁に由羅が大の字になって叩きつけられていた。

 その両側に、リタとリナが立っている。

 ふたりの右手から伸びた銀色のチェーンのようなものが、由羅の両手に巻きついていた。

 杏里は息を呑んだ。

 ブレスレットだ。

 三つ子が右手首に装着していたシルバーのブレスレット。

 あれは、武器だったのだ。

 細い金属製の鎖を、手首に何重にも巻いて、腕輪に見せかけていたのに違いない。

 それにしても、恐るべきスピードだった。

 両側を駆け抜けざま、放ったチェーンで由羅の腕を捉え、勢いに任せて壁に叩きつける。

 リタとリナは、開幕5秒でそんな荒技を披露してみせたのだ。

 まるで見えなかった。

 胃の腑にこみ上げる冷たい恐怖とともに、杏里は悟った。

 この高速移動に、倉田彩名は負けたのだろう。

「くっそ、やりやがったな!」

 由羅が叫んだ。

 コウモリに似た髪が逆立ち、両の眼を怒りに見開いている。

「こんなもの!」

 両腕を曲げ、胸元まで引き寄せると、大きく頭上に振り上げた。

 腕力は明らかに由羅のほうが上だった。

「くっ!」

「わっ!」

 由羅に放り投げられる格好で、ふたりの少女が宙を舞う。

「死ね!」

 由羅がそのまま、チェーンごと少女たちを床に叩きつけようとする。

 と、その時、由羅の腕からチェーンが解けた。

 リタとリナが解いたチェーンを2階の手すりに巻きつけ、弾みをつけてさらに高く跳び上がる。

「死ぬのはおまえだよ!」

 ふたりの姿が、また消えた。

 と、次の瞬間、

「ぐわっ!」

 血反吐を吐いて、由羅がのけぞった。

 パタッ。

 軽い足音を響かせて、苦しむ由羅の前に、ふたりが着地する。

 リタの右手から伸びたチェーンが由羅の首に巻きつき、肉の間に食い込んでいる。

「あんたの鈍い動きじゃ、どだい無理なんだよ」

 リタのチェーンで首を締め上げられ、硬直した由羅に向かって、リナがチェーンを振り上げた。

 バシッ。

 銀色の閃光が走り、由羅の革の胴着が、あっさりと引き裂かれた。

 胸から腰へと斜めに裂け目ができ、乳房と腹の一部が覗いてしまっている。

 その小麦色の肌に、じわりと血が滲み始めた。
 
「いい気味だね。パットガールちゃん!」

 更にもう一撃。

 裂け目が交差し、X字型に由羅の肌があらわになる。

 ズタズタになったスカートが垂れ下がり、レギンスに包まれた下半身が丸見えになった。

「由羅…しっかりして」

 いたたまれなくなり、杏里がついそう声に出して叫んだ時だった。

「あんた、杏里ちゃんって言ったっけ?」

 背後から、楽しそうな声がした。

 おどろいて振り返ると、2メートルほど先に、3人目の少女、リサが立っていた。

 獲物を前にした肉食獣の眼をしている。

 にやりと笑うと、歌うような口調で、そのリサが言った。

「あんたさあ、相棒の心配してるひまなんて、ないと思うよ。あんたの相手は、このあたし。お互い、不死身のタナトス同士、どっちが先に死ねるか、ここでひとつ、じっくり試してみようじゃないの」

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