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#21 奇跡
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いったん閉まりかけたふすまが、また徐々に開き始めた。
すき間からのぞく丸い顔。
目がやたら大きく見えるのは、比奈の特徴だ。
「比奈ちゃん、そんなとこにいたんだ」
芙由子は泣き笑いのような表情を蚊に浮かべ、囁くように言った。
「よかった。比奈ちゃんが無事で」
2、3度まばたきをすると、比奈が押し入れの中から這い出してきた。
窓から差し込む街灯の明かりの中に、その愛くるしい顔が浮かび上がる。
芙由子は安堵のあまり、身体中の力が抜けていくのを感じた。
明かりの中に浮かび上がった比奈の貌には、染みひとつついていない。
栄養が足りないせいだろう。
眼ばかり大きく見えるのは、おそらくそのせいだ。
だが、あの殴られた跡のような目の周りの隈は消えているし、芙由子がされたように、ナイフで傷つけられた痕もない。
本当によかった、と思う。
この子が無事でいてくれて。
「あんまり近くに来ないでね。お姉ちゃん、今、ちょっと臭いから」
目の前にちょこんと座った比奈に向かって、バツの悪い口調で、芙由子は言った。
お姉ちゃん、と口にしてしまってから、おばちゃんというべきだったかと少し反省する。
27歳といえば、比奈の母親より年上かもしれないのだ。
どうしたの?
とでもいいたげに、芙由子を見上げる比奈。
何か答えないと悪い気がして、
「お姉ちゃん、お漏らししちゃったの。大人の癖に、情けないでしょ・
おどけた口調でそう言うと、
「比奈もするよ」
突然、比奈がしゃべった。
小鳥がさえずるような、可愛らしい声。
いつか名前を聞いて以来、久しぶりに聞く声だった。
芙由子はわけもなく感動した。
この子、ちゃんとしゃべれるんだ。
「じゃ、比奈ちゃんとお姉さんは、お友だちだね」
「うん」
手を引っ込める暇もなかった。
いきなり比奈が、芙由子の右手を握ってきた。
「名前も、おんなじ」
比奈が、笑った。
薄暗い部屋の中、ふいにそこにだけ陽が射したような、屈託のない明るい笑顔だった。
「お姉ちゃん、汚いから」
あわてて手を引っ込めようとした。
だが、比奈は放そうとしない。
そのうち、膝立ちの姿勢になると、芙由子の頬に空いたほうの手を伸ばしてきた。
ナイフでつけられた傷のあたりを、指先でそうっと触っている。
ひりつくような痛みが、嘘のように引いていくのがわかった。
「比奈ちゃん…何、してるの?」
次に比奈が触ってきたのは、芙由子の右の乳房に刻まれた醜いバツ印である。
「治るよ」
バツ印に沿って人差し指を動かしながら、比奈が言った。
「比奈の指はね、お怪我を治すことができるんだ」
すき間からのぞく丸い顔。
目がやたら大きく見えるのは、比奈の特徴だ。
「比奈ちゃん、そんなとこにいたんだ」
芙由子は泣き笑いのような表情を蚊に浮かべ、囁くように言った。
「よかった。比奈ちゃんが無事で」
2、3度まばたきをすると、比奈が押し入れの中から這い出してきた。
窓から差し込む街灯の明かりの中に、その愛くるしい顔が浮かび上がる。
芙由子は安堵のあまり、身体中の力が抜けていくのを感じた。
明かりの中に浮かび上がった比奈の貌には、染みひとつついていない。
栄養が足りないせいだろう。
眼ばかり大きく見えるのは、おそらくそのせいだ。
だが、あの殴られた跡のような目の周りの隈は消えているし、芙由子がされたように、ナイフで傷つけられた痕もない。
本当によかった、と思う。
この子が無事でいてくれて。
「あんまり近くに来ないでね。お姉ちゃん、今、ちょっと臭いから」
目の前にちょこんと座った比奈に向かって、バツの悪い口調で、芙由子は言った。
お姉ちゃん、と口にしてしまってから、おばちゃんというべきだったかと少し反省する。
27歳といえば、比奈の母親より年上かもしれないのだ。
どうしたの?
とでもいいたげに、芙由子を見上げる比奈。
何か答えないと悪い気がして、
「お姉ちゃん、お漏らししちゃったの。大人の癖に、情けないでしょ・
おどけた口調でそう言うと、
「比奈もするよ」
突然、比奈がしゃべった。
小鳥がさえずるような、可愛らしい声。
いつか名前を聞いて以来、久しぶりに聞く声だった。
芙由子はわけもなく感動した。
この子、ちゃんとしゃべれるんだ。
「じゃ、比奈ちゃんとお姉さんは、お友だちだね」
「うん」
手を引っ込める暇もなかった。
いきなり比奈が、芙由子の右手を握ってきた。
「名前も、おんなじ」
比奈が、笑った。
薄暗い部屋の中、ふいにそこにだけ陽が射したような、屈託のない明るい笑顔だった。
「お姉ちゃん、汚いから」
あわてて手を引っ込めようとした。
だが、比奈は放そうとしない。
そのうち、膝立ちの姿勢になると、芙由子の頬に空いたほうの手を伸ばしてきた。
ナイフでつけられた傷のあたりを、指先でそうっと触っている。
ひりつくような痛みが、嘘のように引いていくのがわかった。
「比奈ちゃん…何、してるの?」
次に比奈が触ってきたのは、芙由子の右の乳房に刻まれた醜いバツ印である。
「治るよ」
バツ印に沿って人差し指を動かしながら、比奈が言った。
「比奈の指はね、お怪我を治すことができるんだ」
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